第20話 紅葉と小百合の再会、それとなずなの復活

 家に帰ると、お客さんの靴が二人分置いてあった。

 ひとりは多分ひまわりちゃんの靴だなぁ。


 もう一人は誰だろう。

 大きさからすると、小学生ではないと思う。

 不思議に思いながらリビングに入ると、私はその人物の正体に驚いた。


「あ、おかえりなさい、なずなちゃん」

「紅葉さん!?」


 お客さんはひまわりちゃんのママ、紅葉さんだった。

 このタイミングで再会するとは、どこまでも私の心を惑わせる人だなぁ。


「うんうん、制服のなずなちゃんもかわいいですねぇ」

「うう……」


 紅葉さんのなめまわすような視線に、私は顔が熱くなってくるのを感じた。


「えっと今日はどうしたんですか?」


 私は今日一日悩んでいたことをいったん封印し、平常心を装って話す。


「今日は先輩に会いに来たんですよ」

「先輩って私に似てるって言ってた人ですよね? ……え、もしかして」


 そこまで言ったところで、私の後ろから、いないと思っていたお母さんがリビングに入ってきた。


「あ、なずなちゃん帰ってたんだ」

「お母さんこそ帰ってたんだね。どうしたの?」

「たまたま早く帰れたの、そしたらこの子が遊びに来たいって言うから」


 お母さんが視線を紅葉さんにむける。


「えへへ、だって偶然家が近かったんですよ? 遊びに行くしかないじゃないですか~」

「そうね、よく今まで気づかなかったなぁって思うわ」


 紅葉さんの言ってた私に似てる先輩ってお母さんのことだったのか。

 ……これって本当に偶然なのかな。

 もしかしたらそばにいたくてこっそり近くに住んでたなんてことも……。


 いや、さすがにそれはないか。

 紅葉さんなら会いたいと思ったらすぐに会いに来そうだし。


「いや~、やっぱり実際に会うと違いますね。お互い歳をとったもんですねぇ~」

「まあ高校生の娘がいるくらいだしね。……紅葉ちゃんはあんまり変わったようには見えないけど」

「ええ~、そうですか~? そんなことないと思うんですけどねぇ~」


 いやいや、そんなことあるでしょう。

 いくら私のお母さんがかわいい人だと言っても、高校生と間違えることはない。


 でも紅葉さんは今でもひまわりちゃんのママだとは信じられないくらいに若い。

 このままここにいるとまたおかしなことを考えそうなので、とりあえず私は退散することにしよう。


 ひまわりちゃんたちは柑奈ちゃんの部屋かな?

 私がリビングを出ようとすると、ちょうど扉が開いてふたりが入ってきた。


「あ、姉さん、おかえり」

「おかえりなさい、なずなさん!」

「うん、ただいま」


 柑奈ちゃんとひまわりちゃんがこっちに来ちゃったか。

 これじゃあふたりと過ごすためにはここにいないといけなくなってしまう。


 私の部屋に連れて行ってしまおうかな。

 そんなことを考えていると、突然紅葉さんから声がかかる。


「なずなちゃん、ちょっとこっちにきてください~」

「え? はい、なんでしょう」


 私は手招きされるままに紅葉さんのそばまで移動する。

 するとぐいっと服を引っ張られて、私の顔は紅葉さんの平らな胸元に収まってしまった。


「!?」

「むふふ、ねえ先輩、なずなちゃんを私にください!」

「へ?」


「「ええ!?」」


 突然の紅葉さんの発言に、お母さんだけでなく柑奈ちゃんやひまわりちゃんの思わず声をあげていた。


「えっと、さすがになずなちゃんをあげたりはできないかな」


 お母さんも苦笑いをしている。

 こんなお母さんの表情はあまり見たことがない。

 それくらい突拍子もない話だということだ。


「え~ダメですか~? ずっと家にいて欲しいんですけどね」

「まあまあ家も近いんだし、すぐに会いに来たらいいじゃない」


「む~、なずなちゃんはどう思いますか?」

「え? 私ですか!?」


 いきなり話が私の方に振られる。

 こんなのどう答えたらいいのか。


「えっと、それはまあ、紅葉さんはかわいいと思いますけど……」

「ありがとうございます! じゃあ決定ということで!」


「いやいや、待ってください! それとこれとは話が別で……」

「ぷふふ、やだなぁ、冗談ですよ冗談、人の家の子をもらっていけるわけないじゃないですか~」


「あ、はは、そうですよね~」

「ちょっと残念ですけどね」


 それはどういうことですか?

 もしかして私の答え次第では本当にお持ち帰りされるかもしれなかったとか?


「まあ、私がそんなことしたらひまわりちゃんに怒られちゃいますからね~」

「ちょっとママ! 余計なこと言わないで!」


 ひまわりちゃんが慌てて紅葉さんの口を塞ぎにかかっている。

 もう遅いと思うけどね。


「まあ、なずなちゃんが家に来たくなったらいつでも言ってくださいね」

「はい、でも私は柑奈ちゃんを一番大切にするって決めてますから」

「……そっか、いいお姉ちゃんしてるんですね」


 迷うことなく出てきた自分の言葉で、昨日から悩んでいたことの答えを出せた気がした。


 私はかわいい女の子なら誰でも好きになってしまうような人間かもしれない。

 ひまわりちゃんのことはもちろん大好きだし、珊瑚ちゃんや紅葉さんのことも好きだ。

 茜ちゃんのことも、彩香ちゃんや愛花ちゃん、お母さんのことも好きだ。


 でもそんなこととは関係なく、私は柑奈ちゃんを一番大切にしたい。

 だってたった一人の妹だから。


 よし、なんだかすっきりした。

 これで思う存分いろんな人を好きになれるね!


「……悩み事は解決しましたか?」

「え?」

「ふふふ」


 もしかして紅葉さん、私のことをそこまで理解してくれたの?

 あんな何のつながりもない話の流れが全部計画通り?

 ……まさかね。


「本当に紅葉ちゃんは昔からよくわからないのよね」

「先輩ひどいですよ~、私のことそんな風に思ってたんですか~」


「その先輩って言うのやめたら? もう学生じゃないんだし」

「そうですか? じゃあ、さ、さ、小百合さん……、きゃ~! なんか恥ずかしいです~!」


「あはは、今も変わってないかも……」


 長い付き合いであるはずのお母さんでも、紅葉さんはよくわからないらしい。

 でもやっぱり私は、この人のことが好きなのかもしれなかった。

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