転生【悪魔③】

私は、このクラスにいる生田サトルが気になっている。



もう……ずっと前から。




「前園さん? どうかしたの。さっきから、ボーとしてるけど」




心配そうに私の顔を覗きこむクラスメイト。




「あっ、ごめん。この問題の解き方だったよね。これは、」




視線の先、窓の外を死んだ魚のような目で眺めている生田。彼には、恐い存在だと思われているに違いない。




昼休み。




いつものように、隣のクラスのナツが我が物顔で教室に入ってきた。そして、当然のように生田とご飯を食べている。




私は、この時間が一番苦痛だった。我慢出来ない。




ママが早起きして、せっかく作ってくれたお弁当。生田とナツが気になって、いつも味わう余裕がない。




放課後。



私は、勉強をするふりをして教室に一人残っていた。静かな教室。射し込む夕陽。




急に………。



……急……に……。




なんでかな。



悲しくなってきて、涙がこぼれた。




ガラガラガラ。




「!?」




教室に誰かが入ってきた。私は、慌てて涙を拭くと教科書で顔を隠した。




「前園さん?  勉強してるんだ。すごいなぁ、やっぱり」



生田だ。  



顔に熱が集中するのを感じた。


この情けない泣き顔を見られたかな。




「何しに来たの?」




「忘れ物。体操着をさ」




「そう……。勉強の邪魔だから、早く出て行って」




こんなこと言いたくないのに!


なんで、私はいつも………こうなんだろう。




「うん。邪魔して、ごめん」




行かないで! 



行かないでよ……。




「泣いてるの?」



彼が、ドアの前で振り返る。




「泣いてない。早く出て行って!」




「えっ、でも。目が、真っ赤だし」




「目が乾燥したの。ただ、それだけ」



悩んだ様子の生田。急いで戻ってくると私の隣の席に座った。




「僕も勉強するよ。今度の模試は、結果出すから」




「……じゃあ、離れて座って。気が散る」




「分からないとこを教えてほしいんだ。特に数学がワケわからなくてさ。分からないとこが、分からないんだよ」




しばらく、一緒に勉強した。



それだけなのに。心が、満たされた。この時間が、終わらなければいいと思った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




朝から雨が、降っている。


憂鬱で。頭も痛い。


それでも私は、学校に行った。生田に会いたくて。




今度の模試が終わったら、彼に告白しよう。もう待てない。いや……私は、待ち過ぎた。


学校に着いても、調子が悪かった。熱っぽい。風邪かもしれない。




生田は………いた。


今日も窓の外を見ている。




ねぇ、生田。




外には、何があるの? 



アナタには、何が見えてるの?




フラフラする頭で、何とか授業を消化した。やっと、放課後になった。




はぁ……はぁ…ぁ……。




帰る生徒がいる中、逆に勢いよく教室内に入ってくる人物。隣のクラスのナツだ。



「ねぇ、サトル。一緒に帰ろうよ。ほらっ、早く! 早く!」




「ごめん。僕さ、勉強してから帰るよ」




「勉強~? その頭なら、勉強してもあまり変わらないと思うよ」




「ひどいな……。いいから、先に帰ってて。僕だって、意地があるんだよ」




「ふ~ん。…………分かった。もう、いいもん。二度と誘わないから。じゃあね、バカちん」




生田の悪口をわめき散らしながら、走り去るナツ。




…………………。




……………。




はぁ、やっと静かになった。



いつものように、生田と一緒に勉強した。


でも熱のせいか、内容が全く頭に入らない。




「前園さん?」




はぁ……ぁ……。




ドサッッ。




…………………。




………………………………。




気がつくと私は、保健室のベッドの上にいた。保健の末松先生が携帯ゲームをやりながら、チラチラ私を見ている。甘いリンゴ飴の匂いがした。




「あっ、目を覚ましたのね。 気分は、どう?」




「はい……。大丈夫です」




壁時計で時間を確認する。あれから一時間半たっている。寝たせいか、気分はだいぶ良かった。




「熱は、少し下がったみたいだけど。帰れそう?」




「はい。先生、ありがとうございました」




立ち上がると、まだ少し目眩がした。


部屋の隅っこで、居心地悪そうに薬棚を見ている生田。




「倒れたアナタを彼が、ここまで運んだのよ。ふふ……若いって羨ましいな~」



私は、慌てて保健室を後にした。




帰り道。



夜が、すぐそこまで来ている。




「大丈夫?」



「……うん」



「良かった。急に倒れたから、心配したよ」



「生田…………」



「何?」




アナタが、好きです。




「もうすぐ、模試だね! 頑張ろうね、お互い」



「うん。負けないよ」




彼の背中が見えなくなると、堪らなく寂しくなった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





今日は、運命の日。


塾の統一模試。やっと、終わった。


僕は、今までで一番の手応えを感じていた。前園さんのおかげだ。文句を言いながらも僕のバカな頭に真摯に向き合ってくれた。


お礼の一つでもしないとな。何が良いかな。う~ん。女子が、喜ぶもの。う~ん。




「生田……。一緒に帰らない?」




前園さんだ。最近、良く会うな。




「あぁ、うん。いいよ」



「模試、どうだった?」



「意外とできたよ。ありがとう、前園さん。テスト勉強手伝ってくれて。本当に助かったよ」



「えっ、あっ、うん。そう……。良かった。あのさ……生田。ちょっと、寄り道しない?」



僕は、前園さんと二人で小さな喫茶店に入った。客は、僕達以外に一人しかいない。ゆっくりくつろげそうだ。




「あのさ、生田……。今、好きな人いる?」



「いないよ」



「ナツは? 仲良しじゃない」



「ナツ……。ナツは…。う~ん」




「私は、好きだよ。生田……の…こと」




「へ?」




冗談じゃないことは、本人の顔を見たら分かる。前園さんが、僕に好意を持っていたなんて。




「……私、待ってるから。だから、いつか生田の気持ち聞かせてね」



「……………」



「そんなに嫌?」



「ちがうよっ! そんなんじゃ……」



「冷めちゃうよ。紅茶」



「あっ、うん。うまいな、コレ」



「ふふ、そうだね。本当に美味しい。良い香り……」




駅前で僕は、前園さんと別れた。





【 今でも後悔している。あの時、前園さんの気持ちに真剣に向き合わなかったこと。そして、前園さんを家まで送り届けなかったこと 】





「じゃあね、生田。また、明日!」



「うん。また、明日」




前園さんを見たのは、この日が最後になった。





ーーーーーーーーーーーーーーーー




生田と駅前で別れた私は、これ以上にないくらい興奮していた。舞い上がっている自分を抑えるのに必死だった。



家の前の通り。前方から男性が歩いてきた。背が高く、黒い帽子を深くかぶっていた。この辺りでは、見たことない顔。



すれ違いざま、一瞬、彼と目が合う。



「…………」




「…………………」





ただ、それだけ。





彼から、強い殺意を感じた。体を突き刺すような激しい怒りと憎しみ。




一度も会ったことがないこの男に恨まれる覚えはない。




だからこそ、




余計に不安になった。身の危険を感じた。





私は、慌てて校長に電話をかけた。校長なら、何とかしてくれる。私達、獣人を束ねる長だから。




ザザザ…ザザ…ザ…ザ…。




聞いたことのない雑音が、スマホから聞こえた。




妨害電波……?




私は急いで家に入ると、鍵を閉めた。しばらくドアスコープから外の様子を伺った。




「………………………」



もう男の姿はなかった。





「お帰りなさい。模試は、どうだった?」




「ママ………。私、見られた。たぶん獣人を狩る組織のメンバーだと思う。どうしよう……。どうしよう……ママ…………」




私は、泣きながらママに抱きついた。




ピンポーーン! 



ピンポーーン!!




「とっ、とにかく、中に入りなさい!!  自分の部屋にいて。絶対に出てきちゃ、ダメよ」




私は急いで階段を上がり、自分の部屋に入った。鍵を閉め、ドアに耳をぴったりくっつけて外の音を聞いた。




「……………」




無音。



しばらくたっても何の音もしないから、私は鍵を開け、階段を音をたてないように降りた。リビングでは、ソファーにママが座っている。




「ママッ!」



足元が、ぬるぬる滑る。



「……………マ…マ?」



ママは、口と鼻から大量の血を流して死んでいた。ソファーは血の海で、ママの右足は綺麗に切断されていた。



「俺に会ったのが、お前の運の尽きだ。そこの母親と同じように死ね。楽に殺してやる」




赤目の男。変異はしていないが、人間でもない。


私は、左手で思い切り右手を引っ掻いた。激しい痛み。この痛みで、覚醒できる。




「ママ…を……かえ…じ…て」




一秒、一秒、狂暴に変化していく私の体。




「バカな奴だ。お前……。最悪の選択をしたぞ」




「ギ………ギ………」





ねぇ、生田ーーー




私ね、ナツが羨ましくて、羨ましくて仕方なかったんだ。あんな風にアナタと話したい、ふざけて笑いたいってずっと思ってた。




だから。



だからさ。




短い間だったけど、一緒に勉強が出来て、あなたと話が出来て本当に楽しかったよ。




さっきは、告白もできたし。




「獣人になった己の悲運を恨め」




生田………。



先に待ってるから。




地獄で、告白の答え聞かせてね。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




退屈な授業。


その退屈さを加速させたのは、いつもなら教師に質問攻めをする前園さんがいないから。



1人いないだけで、お通夜のように静かな教室。



僕たちのクラスを引っ張ってくれた、リーダー的存在。


誰に対しても平等で。特に女子には慕われていた。




前園さん……。




彼女が消えてから、3週間がたった。本人もそうだが、両親も見つかっていない。


きっと、何かの事件に巻き込まれたのだろう。獣人と言うこともあり、表向きは引っ越しに伴う転校扱いになっている。




あの日ーー




僕が、前園さんを家まで送っていれば。




「くっ……そ……」




何度、後悔しても彼女は戻ってこない。



教室の窓ガラスに前園さんの顔が、ぼんやり浮かぶ。



何かを訴えている。そう感じた。



こんな僕に告白してくれた前園さん。彼女がどうなったのか、どうしても知りたい。




放課後、僕は校長室を訪れた。校長は、僕が来ることを分かっていたみたいだ。



「さぁ、入りなさい。そこのソファーに適当に座って」



「いえ、立っています。いきなりですが……。僕のクラスの前園さんは、どうなったんですか?」



「彼女は、死んだわ」



「死んだ?」 



その言葉を聞き、激しい目眩がした。自殺は、ありえない。



「……誰に殺されたんですか?」



「私達、獣人を狩っている腐った組織のメンバーよ。今、調査中だけどね」



「どうし…て……。くそっ! どうしてなんだよ!!」




壁を思い切り殴った。




「落ち着きなさいっ!!」




僕の傷ついた左手を校長は、その小さな両手で包む。




「黒い風が吹いたその日から、この世界は狂ってしまったの。憎しみが、どんどん大きくなって。膨れ上がった憎しみは、もう爆発寸前。組織のメンバーだけじゃない。獣人もみんな、憎しみに囚われているのよ。でもね、サトル君。アナタだけは、自分を失ってほしくない。『人間』のままでいてほしい。だから……。だから、ツラいとは思うけど、今回の前園さんのことは心にしまってて」




「………………」




「お願い」




「…………………分かりました」




本当に出来るだろうか、僕に。


校長が、言っていることは痛いほど分かる。僕を心配してくれているのも。




前園さん………。




僕は、どうしたらいい?





深夜2時。



僕のような弱い人間には、今回の事件はあまりにも衝撃が強く。精神を病みつつある僕の夢の中に必ず前園さんが出てくるようになった。




『生田……。どうして私を助けてくれなかったの?』




僕を責めた。




「ごめん」




『生田のこと、信じてたのに……。好きだったんだよ?』




「ごめん……」




謝ることしか出来ない自分が、どうしようもなく情けなく……。許せない。



不快な寝苦しさに我慢が出来なかった。家を飛び出した。靴も履かないで。



さっきから、体が燃えるように熱い。


発作を抑える薬は、寝る前に飲んだはずなのに。体内で狂暴な悪魔が、暴れ始めている。


僕は、ナツの家の前に立つと2メートル以上ある高い塀をジャンプして飛び越えた。もはや、人間の跳躍力を超えている。




玄関のドアの鍵は…………開いていた。




僕が、ここに来ることを予知していたかのよう。校長……。ナツの母親が、僕を待っている。異常な嗅覚が、居場所を突き止めた。



広い廊下。いくつもある扉。その一つを開け、中に入った。


出窓に腰掛け、校長は絵本の中の少女のように静かに星を見ていた。



「………不法侵入。それと器物損壊。まぁ、それはいいけど。いきなり、女性の寝室に入ってくるなんて。意外と大胆なのね、サトル君は」




「おばさん。お願いがあります。前園さんを殺した奴を僕に教えてください」



「復讐するの? ダメよ、それは。言ったでしょ。前園さんのことは、忘れなさいって」



「忘れられないんだよっ!!  いっ、いつも前園さんの顔が……顔が、浮かんできて……。もう限界なんだ。……お願いします。これ以上は…………もう………」



僕は、亡霊にとりつかれたようにフラフラ歩き、おばさんの両肩を掴んだ。


背中の肉にギリギリと僕の爪が食い込み、純白のネグリジェを赤色に染めていく。




「おばさん……はや…く……」



「死んでも言わないよ。サトル君には、復讐なんかさせたくないの。分かって」



背中が、温かい。後ろから、誰かに抱きしめられている。




「もう自分を許してあげて。私も背負うから」




ナツ………。



泣いてるの?




一気に頭の熱が冷めるのを感じた。体の変異も止まり、元に戻っていく。




僕の為に血を流し、泣いてくれる人がいる。




憎しみに打ち勝つ強さが欲しい。



『人間』として生きていかなければいけないから。




転生→【成功】


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