転生【悪魔①】


何度目かの悪夢ーーー



変異した僕は、人間の内臓をうまそうに食していた。引き裂いた口には、ベットリと血糊がついていて、赤黒く汚れている。



僕は、その『もう一人の自分』をただ黙ってそばで見ていた。



見ていることしか出来なかった。



僕の前に食い散らかした肉片が、飛んでくる。




ピチャッ………。



ピチャッ……。



腐ったピザに見えた。




どうしたら、夢から覚める?



『 夢? バカか、お前。これは、現実だよ 』



振り向いた僕は。



泣きながら、笑っていたんだ。




……………。



こわい………。



こわいよ……。



いつか、きっと………。





【 僕は、大切な人をこの手で殺すだろう 】





「サトル、大丈夫?」



目を開けるとナツが、僕の頭を撫でていた。




いつの間に?



どうして、僕の部屋に?



そんな疑問も今はどうでもよかった。



「しばらく側にいて。お願いだから……」



「うん。私は、ずっといるよ。だから、安心していいよ」



ありがとう。



「これからどうしたらいい?」



「私と一緒になって、幸せに暮らせばいいじゃん。毎日が、ハッピーデー」



「……いつか、ナツを襲うかもしれない。恐くて仕方ないよ。こんなに不安定な状態の僕といるのは危険だと思う。ナツなら、もっと違う誰かと幸せになれる」




ビシッッ!



頭にチョップをされた。結構強め。



「サトルじゃなきゃ嫌なの! バカなことばかり言ってると一生眠らせるよ?」



「……ごめん」




ナツは、もぞもぞと僕の布団の中に入ってくる。首筋から甘いシャンプーの香り。



ドクンッと心臓が、大きく跳ねた。



「一人で寝るから怖い夢を見るんだよ。だから、ね?  私と寝よ」



布団の中でナツが、僕の手を両手で握っている。



「……あったかい」



僕は、赤ん坊のようにナツの胸に顔を埋めた。それだけで全身を包まれているように安心出来た。



「甘えん坊だなぁ。ほ~ら、もっと触っていいよ~」



「………………」



「少しなら舐めてもいいよ~」



「……………………ゥ………」



「あ~ぁ、寝ちゃった。ちょっと残念。まぁ、いいや。良い子でねんねしてて。私は、ちょっとバイトしてくるから」



ナツが、静かに部屋を出ていく。僕は、その後ろ姿を夢と現実との間で見ていた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





走ってーー。


走ってーー。



彼から逃げる。



背後から聞こえる笑い声。どんなに必死に逃げても、彼は私を追ってきた。



「なんでっ!! なんで私が……」



悔しさが、涙が、目から溢れた。


なんとか暗闇に浮かぶコンビニの中に逃げることが出来た。額からは、大量の汗。



明るい。



陽気な流行曲が、店内に流れている。客は、私だけ。でも若い学生風の店員が二人いて、それだけで安心出来た。



「すみませんっ! 助けてください。追われているんです」



「追われてる?」



マッチ棒のように細く痩せた店員は、怪訝そうな顔で私と店の出入口を交互に見ていた。もう一人の小太りの店員は、パンコーナーで、バインダーを見ながら何かをチェックしていた。



「……誰も追ってきませんよ? お客様の勘違いじゃありませんか?」



「勘違いなんかじゃっっ! あっ、すみません。大声出して。でも、本当に。勘違いじゃないんです。信じてください」



「そうですか。あれ?  もしかして、アナタを追っていた男は、彼ですかぁ?」



店の入口。先程はいなかった彼が立っている。私を見つけると、目を細め、嬉しそうに笑いながら手を振った。口の中の牙が、今も光っている。



「そうですっ!! 彼です。アイツが、いきなり私を襲ってきたんです。早くっ、早く警察を呼んでくださいっ!!」



「警察? ふふふふ」 



「アハッハッハッ」



笑う店員。


その時、私は気付いた。彼らの目が、真っ赤に染まっていくのをーー



この店員も彼と同じ。化け物。


私は、その場に尻餅をついた。もう足に力が入らない。もちろん、逃げることも出来ない。



「な? やっぱり、ここに逃げ込むだろ? 人間の心理なんてこんなもん。賭けは、俺の勝ちだな」



彼が、ズボンに手を突っ込みながら店内に入ってきた。



「チッ! 仕方ないなぁ。じゃあ、僕は右足で我慢するよ。お前は、両手な」



「え~~、それだけじゃすぐにお腹すいちゃうよ。はぁ~、せっかくの上玉なのになぁ」



私は、死を覚悟して目を閉じた。


パパ……。ママ……。


ごめんなさい。こんな最期でごめんなさい。




その時、声がした。




「うわぁ~、スゴいぃ………。この本、スゴいぃ……。汁サンタ先生、相も変わらず天才だよ!! このエロ魔神。毎月、この安定したエロさ。スゴいな~。学校の図書館にもあればいいのにな~。………今度、ママに相談してみよっと!」



18禁の漫画、雑誌のコーナーで私と同じくらいの年の女の子が、立ち読みをしている。なぜか、お祭りの露店で売っているような、キャラクターの面をかぶっている。


店員二人が頭を掻きながら、女の子に近づく。



「なんだよ。いつの間に店に入ったんだ、こいつ」



「お嬢ちゃ~ん。お兄ちゃん達と遊ばない? 最高に面白いよ~」



小太りの店員が、女の子の肩に手を乗せた。




「あぁ?  誰の許可で触ってんだ、お前」




女の子は、そっと店員の腕を掴む。




そしてーーー




ビギュッ。




その腕を握り潰した。血のシャワー。周囲を真っ赤に染めていく。




「ひぎゃあぁあァア……あ、あぁ。お、おまえッ!!」



今にも千切れ落ちそうな腕を抱え、床にうずくまる太った店員。



その店員の頭を靴で踏みながら、女の子は私を見つめた。



「大丈夫?」



お面から覗く彼女の赤目を見た瞬間、恐怖で思考が停止した。



この女の子も……。



「チッ! おまえも獣人か。ずいぶん、舐めたことしてくれたな。仲間だからって、容赦しない。ここで、殺す」



彼が、女の子の前で仁王立ちになった。口からは、だらだらと涎を垂らしている。獣のような爪をカチカチ鳴らす。



「な・か・ま? ユーモアのセンスも最悪だな~。お前らは仲間じゃなくて、ただのゴキブリだよ。ゴキブリが、この辺りで好き勝手やってるからさ~、怒ったママに始末するように頼まれたんだ。だからさ。死ぬのは、お前らの方よ?」



「…………あっ、そ」




ビュッゥッ。




聞いたことのない音が、店内に響く。


彼の鞭のようにしなる腕が、女の子を襲う。私は、思わず目を閉じた。



……………………。


………………。


………。



静か。



ゆっくり……ゆっくりと目を開ける。




「いぃっ!」



私の周囲には、彼らと思われる物体が、そこらじゅうに散らばっていた。


女の子は、血で濡れた両手で漫画を持ち、何事もなかったかのようにまた読み進めている。


彼女が、あの化け物たちを倒したの?



どうやって……。



「ハハハ。はぁ~面白っ。さっすが、新人賞とっただけのことはあるねぇ」



なんで、笑えるの?



目の前には、死体が転がっているのに。



「へぇ~。まだ作者、高校生なんだ。天才っているんだなぁ」



この女……。正気じゃない。狂ってる。



顔が、痒くて痒くて堪らない。


私は、顔についていた肉片を指ですくい、床に思い切り投げ捨てた。



だんだんと。


意識が遠退きーーー。




気絶した。



次の日。


鋭い朝日で、目が覚めた。


私は公園のベンチで寝ていた。昨夜の体験は、悪夢以外の何物でもない。


私は、血で汚れた頬をそっと指先でさする。さまざまな感情が渦を巻き、私の頬をいつまでも流れていた。





《 7時間前  》




棚に並ぶ色とりどりの飲み物。



「ふぁ~ぁ、眠い。こんな夜中にさ~、美容にも悪いよ。このバイト……。時給200円だし。ママに抗議しないと」



バイトが終わり、私は甘~い紙パックのカフェオレを口に含んだ。


目の前の亡骸を無視して、私は気絶した女をおんぶして公園まで運んだ。



なるべ~く優しく、ベンチに寝かせる。



ドスッ!!



あっ、手が滑った。



「は~ぁ……。なんか、疲れた。殺すのは、簡単なのになぁ」



女は、気絶する前。


一瞬、私のことを見た。



今まで何度も何度も何度~も見てきた目をこの女もしていた。



それは、【軽蔑】



私は、漫画を読みながら、この女もついでに殺しちゃお! と考えた。


獣人ではなく、ただの人間。手を軽く振るだけで、女の首は彼方へ飛ぶはず。


黒い感情が、上半身を支配していく。倒れている女に、針のように変異させた指を近付けた。



女は、まだ悪夢にうなされている。



「…………」



私の頭に、一人の男の顔が浮かんだ。


はにかんだ顔。気の弱そうな。お世辞にも男前とは言えない。私の幼なじみ。



でも……。



この男は、私が世界で一番信頼している男でもある。



「サトル……」



私は、元の体に戻るとママにバイトが完了したことを報告した。


めちゃくちゃになったこのコンビニの後始末は、いつものようにママの仲間がしてくれるだろう。


来週には、違う店がオープンしているかも。



「やるか!」



私は、女を持ち上げた。予想より軽くて驚いた。これが、人間。人間の女の子の重さ。私達、新人類とは違う。


またマイナス感情が襲ってきたので、私は頭を振りながら公園まで走った。



家に帰る途中、サトルの家に寄り道した。


おじいさんは、出かけているようで不在だった。



「サトル?」



良かった……。すやすや寝てる。可愛い。



「おやすみ」



チュッ!



「……おやすみ」



チュッ! チュッ! チュッ! チュッ! チュッ! チュッ! チュッ。



私は、おでこにキスをして。



スキップしながら、家に帰った。




ーーーーーーーーーーーーーーーー





自由な時間は1分もなく、ただ勉強することだけに特化した部屋。



「はい。じゃあ、この問題分かる人っ!」



僕以外の塾生が、手を挙げている。


最近、塾をサボっていたせいか、全く塾の勉強についていけなくなっていた。


分からない所が分からない悪夢の極み。



先生を含め、周りの人間が僕を見下している。……そんな気がして、ひどく落ち着かない2時間だった。



孤立。



塾からの帰り道。憂鬱と焦りしかなかった。




「ねぇ、生田?」



声の主は、同じクラスで僕が苦手としている前園アンナだった。


はぁ~、憂鬱が倍々に膨れ上がる。



「一緒に帰ろうよ。今日は、パパの迎えがないからさ。女の子の独り歩きは、危ないでしょ?  生田、一応男だし。一人より、二人の方が安全だからさ」



「あぁ、うん。まぁ、別にいいけど……」



前園と二人、特に会話という会話もなく、夜道を歩く。


前園は、チラチラとこっちを見てくるが、必要以上に話しかけてくることはなかった。


いつも教室で僕を説教する人物とは、別人のように静か。



お月様が、雲に隠れた。周りの星たちが光を放ち、主を探している。





突然ーーー




「生田も獣人なの?」



も? 



あっ、そうか。前園も獣人だった。



「うん。どうして分かった?」



「お昼の時、獣人化を抑えるサプリ飲んでたから……」



あぁ、なるほど。見てないようで、周りを見ているんだなぁ。気軽に鼻とかほじれない。



「やっぱり、怖い?」



「怖い。……でも少しずつ慣れてきた。最初は、自分の体なのに自分じゃないようでさ。狂った自分が、誰かを傷つけるんじゃないか、殺すんじゃないかって、心配だったんだ。まぁ、だけど今はだいぶ落ち着いたよ」



「そっか。わたしもね、こわいよ……。でも生きたいって気持ちは、それ以上に強いから。だから、頑張る。状況が、良くなるまで」



そう呟き、前を向いた前園は見たことのない笑顔だった。



数分後。


二人の分かれ道。



僕は前園にサヨナラを言い、歩き出した。



「ねぇ、生田。ナツと仲良しだよね。えっと……、付き合ってるの?」



前園は、ずっと僕を見つめていた。



「付き合ってはいないよ」



僕は、ナツがいないことを確認した。もしこの場にいたら、ギャーギャー騒ぐだろうから。それは、すごく厄介。



「そっか。そうなんだ。良っ……。あっ! あのさ。ナツには、気を付けた方がいいよ? かなりヤバいことしているみたいだから」



「ヤバいこと?」



何のことだ。



「忠告したから! じゃあね、生田。また、今度一緒に帰ろ」



言い終わるより先に、前園は走って僕の前から消えた。



「速いな、足……」



僕は、ナツを信じてるよ。だから、心配いらない。雲の隙間からお月様が、やっと顔を出した。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





私は、いつものようにサトルの家経由で帰宅するとすぐにパジャマに着替え、ベッドに飛び込んだ。チンタラしていると寝る時間が、なくなっちゃう。



「……う~ん………………う~。はぁ…………………」



寝る時が、一番怖い。


夜が…この広い部屋が……一人が……怖い。怖くて怖くて、私はいつものように涙を流した。



世界に一人、取り残されたような気分。



このまま眠り続けて、夢から覚めなかったら? 



そんなくだらないことを真剣に考えてしまう。さっき、サトルにくっついて一緒に寝た時は、不安など一切感じなかった。むしろ、安心していたし。



やっぱり、私はのことが好きなんだ。改めて、そう思う。



サトルは。



私のこと好きでは………ないよね?



それは、分かってるよ。私だけの片想いだってことは。でも、いつか。私に振り向かせてみせる。




絶対にっ!!



覚悟しとけよ、サトル。



「……………」



やっと眠くなってきた……。


闇が、クスクス笑ってる……。



………………。


…………。


………。





【声】



声がする。



これは、ママの声だ。



私は、眠い目をどうにかこじ開けた。


目を開けたのに、この部屋は暗くて。


とても寒かった。




『ナツちゃん……。お願いだから。お薬飲んでちょうだい』



『ヤダッ!! 苦いもん』



『お薬飲まないと、この部屋から出れないのよ。それでもいいの?』



『いいもん。ずっとこの部屋にいる!』



ママは、悲しそうにうつむくと部屋を出ていった。



ねぇ、ママ。


どうして、私はこの部屋から出ちゃダメなの?


どうして、私は鎖で繋がれているの?



どうして……。どうして……。



私は、一人なの?




う~ん。……体が、重い。それに臭いなぁ。伸びた髪の毛で、前が見えない。



「……ぐギィ………」



あれれ? 


わたしって、こんなに大きかったっけ?


髪の毛だけじゃなくて、全身毛むくじゃらだし。



なんで? なんで?


ねぇ、ママ。



ワタシーーー




『 人間じゃないの? 』




ギィィィィ……。


ガッッ、シャン!!



あっ。ママだ!


やったぁ!! ご飯の時間。


もうお腹ペコペコ。



「ナツちゃん。お腹すいたでしょ? はい、どうぞ。 ゆっくり、食べなさいね。……大事な……命……なんだから」



ママは、私の目の前にご飯を置いた。


鼻を近づける。


はぁ……。はぁ……。ぁあ……美味しそうな匂い。はぁ……。この匂い。好きぃぃ!



「…………ぅ……ぅ……」



あれ? ご飯は、まだ眠っているみたい。



「ぅ……ん?……。っ!? えっ、 何? 何? いぃっ!!」



あっ。目を覚ました。


な~んだ、寝てた方が静かで良かったのに。


私を見て、何かを叫んでる。


あ~、うるさい。


うるさい、ご飯だなぁ。




ゴキュッ。




ふぅ……。やっと静かになった。首を折るのが一番速い食べ方。


ねぇ、あなた。ご飯食べる時は、静かにしなくちゃダメなんだよ?



食事中、珍しくママがずっと私を見ていた。



「ナツちゃん。ママと一緒にパパのところに行かない? こんな生活……そろそろ限界だし。ママも疲れちゃったな」



ママ……泣いてるの?



パパは、天国にいるんでしょ?



目の前のママの影が、大きく、大きくなっていく。ママだけど、今はもうママじゃない。


私の前に立つ。


立つのは、……巨大なバケモノ。



私を殺す気なんだ。



ねぇ、ママ。


まだ、わたし。死にたくない。


生きてちゃダメなの?



鎖を食いちぎる。



だから……。わたしね。



ママを殺すことにしたよ。




ーーーーーーーーーー。


ーーーーーーーー。


ーーーーー。



ぁ……。



はぁ………。



身体中が、痛い。



はぁ………。はぁ………。



血だらけになったけど、ママを気絶させることが出来た。私は、久しぶりに鉄の部屋を出た。


良い匂いがする玄関。その扉を壊して、外に出る。



「ギ………ギィ………」



わぁ、キレイな空。


やっぱり、お外サイコー。


本当に久しぶりの外の世界。


お月さまが、私を照らしている。小さな星の一つ一つが、私に笑いかけているよう。


私は、傷だらけの足を引きずりながら、一歩一歩前に進んだ。



どこが痛いのか、もうわからない。


私が歩くと、体のどこかで血が流れた。



はぁ……。はぁ………。



夜中のせいか、誰も歩いていない。


良かった。こんなバケモノの姿、誰にも見せられない。



はぁ……。はぁ………。



息が、うまく出来ない。もうすぐ、死ぬのかな。


イヤだな。死ぬの。


ねぇ……。誰か、助けて。




公園?



ブランコに滑り台。昔は、ママと二人で良く遊んだなぁ。


あれ?


昔っていつだっけ?



小さな男の子が砂場で遊んでいた。こんな夜中に。一人で。


小さな街灯があるだけで、あとは真っ暗。


それなのに、この子は楽しそうに遊んでいた。



「………ギ………ギ……」



本当に楽しそう。私も遊びたいなぁ。



あっ。私を見てる。



男の子は、しばらく私の姿を見ていた。でも、走ってどこかに行ってしまった。


逃げたのかな。そうだよね。こんなバケモノの姿見たら、誰だって逃げる。



私は、公園の砂場に倒れた。


もう一歩も動けない。


私の目の前に、さっきの男の子が作った砂のトンネルがあった。





はぁ………。


ぁ………。


……………。



このトンネルの先は、どこに続いているのかなぁ。


……………。


………。



まだ意識がある。


なかなか死ねない。



そんな私の体に触れている何か。


カラスかな。それともママに頼まれた死体処理班?



まぁ、どっちでもいいや。



ママは、あぁ言ってたけど……。天国に行けないよね。たぶん無理。たくさんの人を殺したから。だから、パパにも会えない。



「あれ?  おかしいなぁ。やり方は、ここを………こうで。こうして……。はぁ~、 わけ分からなくなってきた」



私は赤い目を半分だけ開けた。



「あっ! そっか。ここの結びかたは、こうだっけ。………よしっ! 出来た。 は~、やっと終わったぁ」



私の前に、さっき逃げた男の子がいた。



逃げたんじゃなかったの? 



どうして戻ってきたの?



「あっ、起きてる。……大丈夫?」



大丈夫なわけない。そんなことより、この男の子は、私のこと恐くないのかな。



このバケモノの体……。



全身、毛むくじゃら。目は、赤くて。狂暴な爪まである。



「包帯で巻いたから、動かないでね。ところで、君は狼?」



どうして。



「熊? 爪も大きいし。もしかして、新種かな」



どうしてーー



「君が、良くなるまで僕がそばにいるからね。だから、大丈夫だよ」



私にくっついて、寝てしまった男の子。


疲れたのかな。


私は、全身を覆う白い包帯を見つめた。



私達を優しく照らす、お月様。



ねぇ、ママ。


こんなに気分がいい夜は、初めてだよ。




「……………」




人の気配。しかも複数。



私を追ってきたママと、その仲間に違いない。闇の中に隠れている。もう私に逃げ場はない。



体を起こした。


まだ痛かったけど、この男の子のおかげで何とか動けるまで回復していた。


私の隣で、すやすや寝ている男の子。



……可愛い寝顔。



理由は、分からないけど。私の体は、いつの間にか元の人間の姿に戻っていた。



私は、見えない闇の主に声をかける。



「ママ……。さっきは、ごめんなさい」



闇の中からママが、姿を現した。さっき、あれだけ痛めつけたのに、もうかすり傷一つない。



やっぱり、ママは強い。



私の何倍も……。



「ナツちゃんは、何も悪くないよ。悪いのは、ぜんぶママなんだから」



ママは、泣いているみたいだった。


強いけど泣き虫。



「ごめんなさい。もうワガママ言わない……。お薬もちゃんと飲むから。だから、許して……」



「どうしたの? 別人みたいに素直ね」



ママは、私の横で寝ている小さな男の子をチラッと見た。



「この子のおかげ?」



その時、闇の中から狐のお面を被った数人の男女が姿を現した。



「この子供に、お嬢様の変化したお姿を見られました。したがって、この子供を今から消去します。我らの秘密を守るために」



消去?


 


この男の子は、私の命の恩人なんだよ?



そんな危ない刀や銃なんか持ってさ………。



「落ち着きなさいっ!」



それ以上、近づいたら。



近づいたらーーー





【  お前ら、全員喰ってやる  】





頭を噛み砕く。



………………。


…………。ザッ。



逃げるの速っ。まぁ、この方が楽だけど。



まぁるいお月様が、笑っている。


公園には、私とママと男の子だけになった。



「ナツちゃん? 明日は、キレイな姿でこの子に挨拶しないとね。レディとして」



「っ!?」



そういえば何日もお風呂に入っていなかった。だから、髪もボサボサ、ベタベタ。



急に恥ずかしくなって、家まで走って逃げた。



またね。…………ダーリン。




昨日と同じ時間。


昨日と同じ場所。


辺りは真っ暗。



私は、公園に行く。



いたっ!



やっぱり、いた。


今日も一人で、遊んでる。


私は、スキップしたい気持ちを抑えて、彼の元へ。


彼が遊ぶ砂場に、私も入った。


ママの高級シャンプー借りたから、良い匂いしてるでしょ?



この服だって、可愛いでしょ?



ねぇ、ねぇ、ねぇ。



私を見てーーー



あなたが望めば、何だって買ってあげるよ? (ママのカードで)



そんな汚れたスコップで遊ばなくてもいいんだよ?



「……………」



「ねぇ……。私を見て?」



「…………」



あれ? 聞こえなかったのかな。



「ねぇ!  ねぇってば!」



「……………うるさい」



「うるさい? この私が? なによ、それ………」



せっかく、私が会いにきてあげたのに。


昨日は、あんなに優しかったのに。



昨日のバケモノは、私なんだよ?


助けてくれたでしょ?


ねぇ……。




私、あなたのことがーー




この子の腕を思いきり掴んだ。



「いっ……て……」



「!!!?」



すぐに腕を離した。離したこの子の腕からは、血が流れている。私の爪が、腕に刺さって傷がついた。



「あっ……あっ……あの…………」



傷つけてしまった。一番大切な人を。



どうしよう。



どうしよう。



どうしよう。




どうしようーーーーーーー




「大丈夫。気にしなくていいよ」




「っ!!!」




男の子は持っていた自分のハンカチで傷口を押さえると、私にそう言った。


心に甘いシロップをかけられているような。そんな、ふわふわした気持ちになった。



やっぱり好き。


死ぬほど、あなたのことが。大好き。



私はしばらく黙って、この男の子の一人遊びを見ていた。




『僕は、サトル。君の名前は?』



『………ナツ。えっ………と。私…と……友達になって』



『うん。今日から僕たちは、友達だよ』




これは、私の命より大切な記憶。


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