徐広3  晉德を荷いて  

桓玄かんげんが簒奪をなした時のこと。


安帝あんてい司馬徳宗しばとくそうが宮殿から追放された時、

徐広じょこうはそこに連なり、

人目もはばからずに号泣していた。

それは新たなる皇帝の誕生よりも

先帝の事情を優先するという、

いわば反逆にも近い行為であった。


そして、劉裕りゅうゆうの即位。


恭帝きょうてい司馬徳文しばとくぶんが位を退かん、とした時、

やはり徐広、号泣。

ビビったのは隣にいた謝晦しゃかいである。


「じょ、徐広さま。

 ちょっとまずくないですか?」


すると徐広は涙をひっこめ、答える。

あっ簡単に引っ込むんですね……。


「わしとそなたでは立場が違う。


 そなたは、

 王をよく補佐して参った功臣。

 故に王の即位と言う、

 千年に一度の僥倖に巡り合った。


 なれどわしは晋徳の庇護のもと、

 日々を過ごして参ったのじゃ。


 去らんとする元の主に対し、

 悲しまずになどおれようかよ」


そんな徐広に対し、

皇帝となった劉裕りゅうゆうは言う。


「祕書監、徐広どの。

 そなたは身を慎みながらも、

 多くの学績を挙げて来られた。


 そしてその官途も、

 粛々と務め上げてこられている。


 それらを鑑み、中散大夫として

 働いていただきたい」


 しかし、徐広は言う。


「臣はいささか耄碌が過ぎ、

 陛下への礼も満足に

 こなせぬようになってしまいました。

 建康での日々にも、どうにも辛さが

 勝ってしまっております。


 臣の一門は京口けいこうに生まれ、

 また墳墓も京口にございます。

 今、日々に募りましたるのは、

 若き日を過ごした故郷への想い。

 

 これまでいただいたご恩は

 到底忘れ去れぬにせよ、

 今はただ、故地にて

 のんびりと畑仕事をしたく思うのです。


 その地にてひっそりと死に絶えたとて、

 恨みはございませぬ」


その決意は、もはや

留めようのないものだったようである。

劉裕は引退を許可、

多くの退職祝いも渡した。


故郷に戻った徐広であったが、

その後も精力的な読書は続いた。


425 年に死亡、74 歳だった。


かれの著した答禮問とうれいもん

いわば宮中のコミュニケーション指南、

100 項目余りは、

遠くせいりょうの時代でも受け継がれている。


なお、良吏伝には甥の徐豁じょかつの伝がある。




初,桓玄篡位,安帝出宮,廣陪列悲慟,哀動左右。及高祖受禪,恭帝遜位,廣又哀感,涕泗交流。謝晦見之,謂之曰:「徐公將無小過?」廣收淚答曰:「身與君不同。君佐命興王,逢千載嘉運;身世荷晉德,實眷戀故主。」因更歔欷。永初元年,詔曰:「祕書監徐廣,學優行謹,歷位恭肅,可中散大夫。」廣上表曰:「臣年時衰耄,朝敬永闕,端居都邑,徒增替怠。臣墳墓在晉陵,臣又生長京口,戀舊懷遠,每感暮心。息道玄謬荷朝恩,忝宰此邑,乞相隨之官,歸終桑梓,微志獲申,殞沒無恨。」許之,贈賜甚厚。性好讀書,老猶不倦。元嘉二年,卒,時年七十四。答禮問百餘條,用於今世。廣兄子豁,在良吏傳。


初、桓玄の篡位せるに、安帝は宮を出で、廣は陪列し悲慟せば、左右に哀動す。高祖の受禪せるに及び、恭帝は位を遜く。廣は又た哀感し、涕泗交流す。謝晦は之を見み、之に謂いて曰く:「徐公は將た小過無からんか?」と。廣は淚を收め答えて曰く:「身と君は同じからず。君は王が興りを佐命し、千載の嘉運に逢ず。身は世に晉德を荷い、實に故主に眷戀せり」と。因りて更に歔欷す。永初元年、詔じて曰く:「祕書監徐廣、學優行謹にして位を恭肅に歷したらば、中散大夫たるべし」と。廣は上表して曰く:「臣が年は時に衰耄し、朝敬を永らきに闕き、都邑に端居し、徒に替怠を增す。臣が墳墓は晉陵に在らば、臣は又た京口に生長したり。舊を戀い遠を懷しみ、每に暮心を感ず。息道玄謬し朝恩を荷い、忝くも此の邑を宰せど、之く官に相い隨いて桑梓に歸終し、微志獲申せるを乞う。殞沒せるも恨み無し」と。之を許し、贈賜は甚だ厚し。性にして讀書を好み、老いて猶お倦まず。元嘉二年に卒す、時に年七十四。答禮問は百餘條にして、今世に於ても用いらる。廣が兄の子の豁、良吏傳に在り。


(宋書55-5_直剛)




徐広さんのカッコよさが爆発するエピソード。しかし伝を頭っから読んでくると、「あくまで国のために仕えたのであり、誰か家臣に仕えたわけではない」と言う感じの経歴だからこその振る舞いにも見えますね。そうすると司馬元顕しばげんけんにへつらうような形になってしまったお仕事はさぞ痛恨だったろうし、そこからは二度と同じ轍を踏むまい、と意思を固めたりもしたのでしょう。


いや、元々徐広さん大好きだったけど、ますます好きになりました。

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