到彦之3 荊楚の守将   

到彦之とうげんしは西府の守将として

二十年ばかり勤め上げた。

その威信は荊州けいしゅうの誰もが

知るところとなっていた。


徐羨之じょせんしらが劉義符りゅうぎふを廃立、合わせて

劉義隆りゅうぎりゅうを次の皇帝に、と迎えるに当たり、

今度は劉義隆をも亡きものに

するのではないか、と恐れ、

到彦之を護衛としてつけようとする。


到彦之はいう。


「彼の者らにこれ以上の大逆を働く

 つもりはありますまい。

 ならばこそ、朝服姿でああして

 頭を垂れておるのです。


 第一、あれを兵力と呼ぶのであれば、

 およそ我々を防ぐには足りません。


 彼らは己のなしたことの意味を

 理解しております。

 これ以上世論からの支持を失わぬよう、

 下手に出て参ったのです」

 

雍州ようしゅう、つまり西部戦線の前線を守っていた

褚裕之ちょゆうしが死亡すると、

到彦之は襄陽じょうように赴任となった。


徐羨之らは到彦之を雍州刺史に

推薦しようとしたが、

劉義隆はこれを却下。中央に召喚し、

皇帝直属の軍の取締に任じた。


到彦之が中央に呼ばれた、

その代任は謝晦しゃかいである。


中央からなんとか脱出できた謝晦。

だが外藩となっても、結局は

劉義隆からの征討を恐れねばならないのに

変わりはない。


到彦之と言えば、

劉義隆の覚えめでたい武門のひと。

何とか彼によしみを通じておかねば、

彼に攻め立てられてしまうこともあり得る。


なので、彼とはどうにかして

顔を合わせておかねばならない。

謝晦、到彦之が中央に出る

ルートに出向き、歓待の宴を開く。

そこでよしみを結びたい、と願い出た。


これに対して到彦之は、返礼として

自らの飼っていた馬や

上物の剣などを謝晦に渡す。


よし、これで到彦之は、こちらの

味方……にまではなるまいが、

そうひどくは攻め立ててこないだろう。


謝晦、大いに安堵をするのだった。




彥之佐守荊楚,垂二十載,威信為士庶所懷。及文帝入奉大統,以徐羨之等新有篡虐,懼,欲使彥之領兵前驅。彥之曰:「了彼不貳,便應朝服順流;若使有虞,此師既不足恃,更開嫌隙之端,非所以副遠邇之望也。」會雍州刺史褚叔度卒,乃遣彥之權鎮襄陽。羨之等欲即以彥之為雍州,上不許,徵為中領軍,委以戎政。彥之自襄陽下,謝晦已至鎮,慮彥之不過己,彥之至楊口,步往江陵,深布誠款,晦亦厚自結納。彥之留馬及利劍名刀以與晦,晦由此大安。


彥之は荊楚を守るを佐け、二十載に垂んとし、威信は士庶に懷さる所と為る。文帝の入奉大統に及び、徐羨之らの新たに篡虐の有るを以て懼れ、彥之をして兵を領し前驅せしめんと欲す。彥之は曰く:「了に彼は貳せず、便ち應に朝服にて流れに順いたり。若し虞れ有らしむらば、此の師は既にして恃むに足らず、更に嫌隙の端を開き、遠邇の望に副う所以に非ざるなり」と。雍州刺史の褚叔度の卒せるに會し、乃ち彥之を遣りて襄陽に權鎮せしむ。羨之らは即ち彥之を以て雍州に為さんと欲せど、上は許さず、徵じ中領軍と為し、以て戎政を委ぬ。彥之は襄陽より下り、謝晦の已に鎮に至るに、彥之の己に過ぎりざるを慮れ、彥之の楊口に至るに、步き江陵に往き、深く誠款を布かば、晦は亦た厚く自ら結納す。彥之が留馬、及び利劍名刀を以て晦に與わば、晦は此の由にて大いに安んず。


(南史25-3_政事)



改めて褚裕之の軍才、政才やばくねえか? と感じられて仕方ない。いや半端ないっしょこの人。


そして例によって到彦之の軍功は全然書かれない。どう考えても異常なくらいの信頼なのに、その信頼の由来を一切書かないとかマジでどーなってんだ。


ところで、徐羨之らが到彦之を雍州刺史にしようとしたって動きは少し気になります。到彦之、前線都督としての運用は正直キツイと思うんですよね。それともあれかな、そこに到彦之を持っていくことによって北魏の相手に手一杯にさせて、少しでも内圧を和らげよう、ってところなのかしら。もっとも結局失敗して、雍州には宋国大看板の一人である劉粋が赴任することになるわけですが。


なんつーか、「駆け引き」カテゴリが欲しいなあ。名前何にしよう。

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