20200411:遠隔操作のお人形

【第108回二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 遠隔操作

 一度言ってみたかった台詞

 仏の顔も三度まで

 声が聞こえない

 みんなとは違う


<ジャンル>

 現代。/あなたはお人形さん。わかる?


--------------------------


 イヤホンから声が聞こえてくる。

『あなたはお人形さん。わかる?』

 私はお人形。私はお人形。

『あなたは私の言うとおりに動くだけ。あなたは何も考えなくていい……考えない』

 私はお人形。私はお人形。

「私はお人形」

 声に出すと、そうだ、とどこかでしっくり来た。私はお人形なのだ。自分の意思を持たない。指示されたとおりに動く。指示が手取り足取りではなく、耳から入ってくるというだけの。

「私はお人形。遠隔操作で動くお人形」

『そう、いい子ね。その調子よ』

 あぁ、私は褒められた。いい子ね。幼い子供が抱えた人形の頭を撫でるように。撫でられている。そう感じる。

「私は、どうするの?」

『まずは部屋を出ましょう――』


 前から来る人が私の頭からつま先までを、ねっとりとした感触が思い浮かぶほどに眺めまわして過ぎていく。信号待ちの横断歩道の向こう側にいる人が、みんな揃って私の方をじろじろ見ている。ショーウィンドウに移った景色、私が歩く後ろの辺りを気にする癖がいつの間にやらついていた。

 みんなとは違う人種なのだと思い始めたのは何時だったろう。母は私には厳しくて、姉は私を拾い児だと喧嘩の度に暴露した。学校にはなじめなくて、かといって、学校さぼりの常習グループにも私はいれてもらえなかった。制服を着たまま行くあてもなく街を歩いた。声をかけてきたおじさんは、何をした覚えもないのに『お仕置き』を私に仕掛けてきた。『お仕置き』が終わり解放されたら、今度は母に頬を張られた。母は胸ポケットに突っ込まれていた『お仕置き後のやさしさ』を取り、私の足元に投げ捨てた。

 姉は言った。『アンタはみんなとは違う人種なんだから』――私はみんなとは『違う』んだ。私は思った。そして。

 ここにいるだけで歩いているだけで私はいけないことをしている。みんなとは違うから私は視線を集めてしまう。みんなとは違うから、この場所にいるべきではない。みんなとは違うから、そもそも存在すべきでない。

「仏の顔も三度まで、よ」

 三回目の『お仕置き』に遭った夜、母は言った。

 そうして私は、『施設』という名の収容所に、人形のように捨てられた。


『歩道をまっすぐ歩くの。その調子』

 すれ違う男性が上から下まで私を見続けようやく通り過ぎて視界から消えた。

 思わずほっと息を吐く。息を吐いたら、またすれ違う人と目が合った。私は人に見られている。

『お人形は見られているなんて感じない。お人形は見られていて当たり前だもの。見られて手に取られて遊ばれるもの。だから普通なのよ』

 普通。お人形はみられているのが当たり前。

 横切っていくあの人も、追い抜いてチラリと振り返ってきたあの人も、前から来て頭の上からつま先までを見続けたあの人も。

「人形はみられる」

『そうよ。そしてあなたはお人形だわ』

 そうだ。私は人形なのだ。

 フリルで綺麗なワンピースも。結ってもらった長い髪も。かわいく仕上げてもらったメイクも、ワンピースに合わせた靴も。

 ――それでも私も全くお人形さんを持っていなかったわけじゃないのだ。

『顔を上げて。胸を張って。あなたのお人形さんはどうだった?』

 顔を上げる。胸を張る。背筋を伸ばして一歩一歩と足を出す。どう歩くのが可愛いだろう? 足幅は? 手を振る角度は? 顎は上げた方がよいだろうか。歩き方はどんなものがよいのだろう?

 すれ違う人が私を見る。驚いたような顔をして上から下までじっくり見る。

 横切っていく人たちが私に気づく。ひそひそ声が時折聞こえる。

 かわいい。モデル? 何あれ御人形みたいにきれいだわ。

『いい調子よ。とてもお人形さんだわ。じゃぁ、次の角を左に曲がって。川沿いへ行きましょう』


 お人形は遊歩道も公園もまぶしい場所も木陰も気にしない。散歩中の犬も怖くないし、ボールが転がってきても動じない。だってお人形だもの。

『拾ってあげるの』

 お人形は言われたとおりに腰をかがめる。ボールを取る。取りに来た中学生にはいと渡す。お人形をじっと見ていた少年は、ボールを渡され慌てたように戻っていった。

『ニコッと笑ってもよかったわね』

 ううん。人形には感情なんてないでしょう?

 ジョギング中の人が追い抜いていく。散歩中の老夫婦とすれ違う。買い物袋を提げた女性と。作業着姿の男性と。仕事中らしいスーツの男と。

 スーツの男には覚えがあった。

「あ」

 足が止まってしまっていた。男は上から下までじっとりと見て、スカートを見て、胸元を見て、目を合わせて、にやりと笑んだ。

『どうしたの。何があったの。歩けないの?』

 私は人形。私は人形。私は遠隔操作のお人形。

 口の中で何度も唱えた。イヤホンはそうだと、歩けと、指示を飛ばす。

 なのに。

「僕の、お人形さん――」

 人形は一人で動き回ったりはしない。人形は何も聞かない。何も感じない。何をされても文句は言わない。人形には感情はない。人形は動かない。

 伸ばされた手を避けられなかった。人形についた枯葉を落とそうとでもするかのように手は伸ばされて。

『命令通りに動くのよ。どうし――』

 私を動かす声は途絶えた。


 声が聞こえない。イヤホンはない。リモコンはない。人形は動けない。

 男が私の腕をつかむ。無造作に人形を引きずるように掴んでそして歩き出す。

「ここで会ったが百年目。って、一度言ってみたかったセリフなんだよね」

 それとも江戸の敵を長崎で打つとか。男は嗤う。私は引きずられていく。

 砂まみれだ。私は思う。腕を掴まれただけの人形は引きずられて砂まみれ埃まみれになってしまう。これだけ汚れたらお風呂に入れないといけない。一緒に入って隅から隅まで洗って上げる。人形はそうして綺麗にするものなのだからね。あの時男は嗤って言った。

 私は人形。引きずられて、洗われて、乾かされてベッドに転がされる人形。動いてはいけない。文句を言ってはいけない。『お仕置き』される。そのための人形。

 私がみんなとは違うから。私がみんなに見られるから。私はお人形だから――。

 車の音を確かに聞いた。急ブレーキ。ゴムが焦げる嫌な臭い。扉が開いて、人が出てくる。男は止まる。私も止まる。

「『腕を振りほどいて!』」

 反射だった。腕を振った。男の腕があっさり外れた。男の横顔の目が見開かれた。

 そして私は、人形を大事に大事に扱ってくれる優しい女性の腕の中に捉えられた。

 目の前で男は拘束された。男はしばらく暴れていたが、そのままどこかへ連れていかれた。

 私は抱かれたまま、頭を撫でられている。

「泣いて、いいよ」

 泣いて。

 言われてそうして。――怖かったと、思い出した。


 *


 母親に連れてこられてた少女はやたらと綺麗な顔をしていた。一〇人いれば九人は振り返るだろう綺麗な顔に、しかし生き生きとした表情はみられなかった。

「もう、限界です」

 少女は性犯罪目的の拉致誘拐を三度も受けた。表面上は無事に戻ってきたものの、表情がなくなってしまっていた。

 打ち捨てられた、人形のように。

 彼女を社会復帰させるにはどうしたら良いか。

 彼女が施設に落ち着いたころ。

 試みの一つとして、イヤホンを渡したのだ。


「あなたはお人形さん。わかる?」

 お人形だったとしても、人間を演じることができるのであれば――。


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