20200404:焼却炉への旅

【第107回二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 勝者は敗者に従う

 目が合ったらおしまい

 死活問題

 春色リップ

 きらきらしい


<ジャンル>

 SFちっく。空気のある中で気密服を着て――生気はなかった


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 気密ヘルメットのバイザー二枚を通して伺う顔にはもう生気は見られなかった。空気があり漏れてもいない状態なのに気密服を着せられている乗組員は、そのままにするよう指示があった。見つけたら状態を確認し、位置を確認する。なるべく状態を保持するように言われていた。

 原因はわからなかった。SOSを繰り返すだけの救難信号をキャッチし駆け付けるまで三日ほど。それでも位置を考えたなら、十分に早い到着だといえるだろう。

 とはいえ、三日だ。

 受信してから三日であり、この宇宙船が信号を発してから三日、とは限らない。到着してみたら応答はなく、非常扉から侵入しても、今のところ正者と思しき人の姿は見ていない。

 加速減速に耐えられるようにベルトをかける。気密服のまま手を合わせる。目を閉じることもできないままに、船室を出る。施錠する。五つ目の部屋に足を向ける。

 この船が何ものか、いったい何が起きたのか。それらの確認は今まさにコックピットで行われているはずだった。

 できるならば船を動かし。そうでなくとも、コロニーとランデブーする軌道へどうにか乗せられないか。

 そんなことを検討しているはずだった。

 次の部屋には人影はなかった。次の部屋には同じような気密服がベッドの上に浮いていた。

 バイザーを覗き込む。目を向いたまま、土気色の頬を見せている。覗いても触っても反応はない。顔筋のどこも動く気配はまるでない。

 これもだめだ。下がろうとしたその刹那。

 目が、合った。

 飛びのいた私を追うでもなく、気密服はわずかな風に揺れている。離れてしまえば照明が明るいこんな部屋で、バイザーを二枚も挟んだ向こう側など伺うことすらできはしない。

 私の頬に汗が浮かぶ。重力のない空間では、汗は頬を濡らし続ける。

 ――目が合ったらおしまいよ。

 言っていたのは誰だったろう? 休暇で降りた月だったか。起動エレベータの遠距離ステーションのバーだったか。

 気密服は相変わらずただ風に揺れるだけで。後ずさるように部屋を出る。

 次の部屋の扉へと手をかけて一時迷い、けれど結局、仕事だからを言い聞かせながら扉を引いた。


 *


 エアコン設備の故障の跡が見つかった。

 気密服越しにはわからなかったが、おそらく匂いがあるだろう、と。

 失活問題だったんだなとリーダーはつぶやいた。

 気密服越し、無線越しで、いくつものため息が私たちの合間を埋めた。

 船室に四人。全員が気密服を着こんでいた。

 コックピットに一人。シートに包まれる直前の顔はきらきらしい春色リップがそこだけやたらと鮮やかな、美しかっただろう女性だった。

 推量系なのは推して知るべし。

『なんだと思う』

 リーダーは手の中で細長いものをもてあそびながらバイザーをこちらへ向けた。

『空気清浄機能は低下しているようですね』

 コックピット作業班は操作を続けている。

『修理しても直らなかった?』

 私と同じく部屋を見回っていた同僚が電波越しに呟いてくる。

『低下していても、生命に影響のあるほどには見えないのですが』

 ――目が合ったらそれが証拠。

 私はシートにくるまれた女性へ目を向ける。

 他のメンバーに気密服を着せたのは彼女なのか。一人作業着姿でここで、船を軌道に入れるべく奮闘していたとでもいうのだろうか。

 きらきらしい春色リップを唇に引いて。

『なんで、気密服なんだろう?』

『それも謎ですよね』

 気密服は酸素とセットだ。本来は船外活動をするためのもので、空気のある船内で着るべきものでも、着ていたいものでもない。気密を保つ記事は厚く、タンクを含む装備は単純に邪魔だった。

『とりあえず、袋、持って来ないと』

 女性をシートではなく袋へ入れる。腐り始めた彼女を放置すれば、汚れにもなり、衛生面にも不安がある。専用の袋に入れてしまうのが習わしだった。

『ねぇ』

 取りに行こうと背を向けた同僚へ、私はオープンチャネルで呼びかける。

 ――目が合ったらお逃げなさい。

『防護服の人たちは、まだ腐ってはいなかったよね?』


 *


 はて、とリーダーは首をかしげる。

 ん? と作業班は手を止めて天井をにらむ。

 どういうことだろう? 私は女性を注視する。


 気密服に彼らを押し込んだだろう女性が先に生命活動を停止した。

 気密服の彼らのほうが後に生命活動を停止していると、思われる。

 けれど、彼らは気密服を脱がなかった。

 脱げなかった、脱がなかった。脱いではいけなかった? 承知していた?

 気密服の彼らは、腐っていない。

 生きているか、防腐処理がされているか、分解されつつあるその途中か。

 血液系、神経系とは別のメカニズムで酸素供給がされていたら。神経系とは別の伝達経路が生まれていたら。

『Antibiotics(抗生物質)』

 リーダーのバイザーは、春色リップに注がれていた。


 *


 船の制御系は生きていた。

 コックピット作業班に泣きつかれて、ボンベを抱えて私までもが船に居座る。

 コックピットの施錠は念入りに行った。先ほどからコツコツと音が空気越しに聞こえてくるけど、二人そろって努めて無視する。

 人体の脳に代わる勝者は敗者に従うべきなのだ。難しいなら、別の敗者になるべき生きたる人が引導を渡すしかない。

『コックピットに非常用のエアロックがあってよかったな』

『開きますよね、それ、開きますよね?』

『開かなきゃ私たちはそろって蒸し焼きになるだけね』


 遭難船が動きだす。


 菌で動くゾンビ四つと、リップに仕込んだ抗生物質で菌に打ち勝った遺体と、完全隔離の生態二人を懐に入れて。

 近場のコロニーの、焼却炉まで。




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