第81回『救う』:堕天子の選択

 草臥れたスーツで鞄を抱えて男はクリニックのドアを出る。寄り道もなく自宅へ続く路地へと入る。

 救世主に僕はなる。堕ちた『子』を天へと還す。人類の罪を全て背負って『子』は天へと還るだろう。

 僕はナイフを取り出し構える。両手の震えを抑え込む。

「君は何を救うのですか」

 僕は息を呑んでいた。

 街灯の下でスーツは僕へと微笑んでいる。

「それでは人類は救えません」

 見知ったカウンセラーは柔和なままで僕へと語り、

「死刑が人を救わないのと同じです。僕がどんな遺伝子でどんな発生をしていても」

 僕の手にその手を重ねてくる。

「けれど、君のような人ならば」

 世界を救わず堕天子と呼ばれた普通の男が、

「話を聞かせてくれますか」

 僕を救うと。

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