オフィスレディーアユミの策略
「はーあ」
エミは便所の個室から出るとその色気をまとった上半身を鏡に映しつつ自然と溜息が漏れる自分を見つめた
「まーた今週も上司にお尻、触られたし最近、全然いいことない」
エミの直属の上司はセクハラをこよなく愛し酸素の次に大事なものはセクハラだと公言して憚らない人物だった
セクハラのために何もかもを捧げる覚悟が出来ているのだ
「どうだ! いくのか! ええ?」
そのような言葉を自らの手首に投げ掛け女性陣の尻の中へと突入するのだ
エミは生まれついてのそのおとなしい性格が災いし格好の餌食となっていた
上司は言った
「前方に美尻を発見、直ちに突入せよ!」
自分で命令を発し自分で命令を受けミサイルのように利き腕が追尾して来た
みっともなく上半身も一緒について来た
エミは思った
最新のコスメは高いし、仕事はつまらないし、いい男はいないし、何処か旅行にでも行っちゃおうかなー
と
(そう言えば)
ふと思い出す
総務課のアユミは有給を使ってアラスカ半島へと旅立ったのだ
「やっぱり野生のシロクマは半端ないって………」
そう言い上半身不随になって帰国したアユミ
おみやげはその熊肉
(………固いな)
職場のほぼ全員が口に入れそう思った
だがぼんやりとした目つきで遠くを見ているいつもとは違うアユミにもう何も言えなくなった
「アユミちゃんに、トレジャーハンターの称号を与える」
上司は言った
みんな黙って陰鬱気味にその熊肉を噛んでいた
「うっそーん!」
「!」
突如、アユミが上半身のハリボテを毟り取ると元気いっぱいのいつものアユミがその下から顔を覗かせた
唖然とするわたしたち
「ちなみにそれはあ、ただのビーフジャーキーなのでーす!」
わたしはほっとして、それから怒ったような表情を作り言った
「こらっ、あんまり心配させないでよね、わたしはアユミと同期だから何か喋らなくちゃって………でも言葉が出て来なくて」
上司も口を開いた
「パソコン操作もろくに出来なくなったであろう役立たずのアユミちゃんをどうやって退社へと追い込むのか、そればかりを今、考えていた、さすがにもう障害者をセクハラするわけにもいかないしな」
「てへへっ」
アユミは笑った
「みんなごめんね、本当はアラスカじゃなくてハワイに行ってたの、はい、こっちが本当のおみやげのナッツチョコ」
わたしは言った
「この熊肉でいいよ」
「だからそれは熊じゃないんだってばあ」
二人で顔を見合わせてくすくす笑った
「さあ、仕事すっか! 」
上司が調子に乗って普段とは異なる朗らかさでみんなに声を掛けた
上司はろくに仕事をしない
その上、臭い
頭にはフケがたっぷりと乗っかっていて彼が頭を傾けるとまるで砕石工場の運搬車がダンプアップしたのよう白い粉が周囲に舞うのだった
誰一人としてまともに関わろうとしない
ここぞとばかりにみんなの輪の中へ加わろうと試みたがやはりそれは失敗に終わった
「………それ、コピーちょうだい」
「あの件、確認とってる?」
みんな仕事とお遊びの区別をきちんとつけもう勤務に戻っていた
誰もアユミの旅行や偽装傷害事件の話なんてしていない
一人、置いてきぼりの上司は世界の全てを敵に回し机の中からダガーナイフを勢い良く取り出すとオフィス内でそれを野蛮に振り回した
それはアユミやわたしの顔面を冗談みたいに切り裂いた
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