ジャム


「ジャムっていいよな」

「何が?」

おれは言った

「何がってなんだよ………そこは『うん』って言っておけよ」

うん

おれは頷いた

「ジャムっていいよな」

「だから何が?」

お前は黙った

おれは言った

「あのさ、一つ訊きたいんだけどジャムの一体、何がそんなに良いわけ?」

「そんなの知らねえよ」

お前は憮然と言った

「なんだよそれ」

「ジャムっていう、その語感がいいのかもしれないな」

「語感?」

予想外の返答におれは戸惑った

「ああ、例えばジャムの名前がもし『インナーサイエンス』だったらお前どうする?」

尋ねてきた

「そりゃあ、ジャムのことをインナーサイエンスって呼ぶよ」

「おれは呼ばないね」

友人ははっきりとした口調で否定した

「おれはインナーサイエンスなんてパンに塗って食べないね」

「そうかな?」

「そうだよ」

おれは言った

「案外、インナーサイエンスうめえうめえ、なんて言いながら食べるんじゃないのか?」

「お前、本気でそう思っているのか?」

「いや別に」

「良かった、もしそうなら絶交しているところだった」

お前は笑った

おれは言った

「危ないところだったな」

「まったくだ、ジャムの名称がインナーサイエンスだったらなんてことで友人を失ったらそれこそ本当に最悪なことだ」

おれは言った

「ジャム………か、今まであまり真剣に考えたこともなかったな」

「だろう? だがこれを機に今までよりずっとジャムという存在が身近になったと思うんだ」

「ああ」

おれは頷いた

「ところできみは一体、何ジャムが好きなんだい?」

「おれ?」

友人は少し戸惑って答えた

「ミカンかな」

「ミカン? マーマレードのことか?」

「おれに恥をかかせるなよ? ミカンはミカンだよ」

「オーケー、きみはパンにミカンのジャムを塗る」

「そうだ、だが一部の地方ではそれはマーマレードとも呼ばれている」

「おれは手作りジャムが好きだな」

お前は激昂した

「そんなもんおれだって好きだぞ、ずるい!」

「ずるいって言われても………」

困惑した

「お前は反則を犯した! 好きなジャムをおれに問いつつも自分は手作りジャムという最終兵器を用いておれの趣味嗜好を完全に否定したのだ」

「何を言っているのかよくわからないよ」

「おれにもよくわからない」

友人は言った

「まあ、取り敢えずジャムはうまい、そういうことにしておくか」

「そうだな、互いが譲り合うことが人間関係を円滑に進めるための秘訣だからな」

おれたちはこうして戦争を回避した

やったねって感じ


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