第114話 長いくつ下を買う
七月十一日金曜日の手帳。
「クツでぐずる。くつ下が合わないよう。
長いくつ下を買う。」
学校へは、毎朝ベビーカーを押して通っていた。
帰り道、商店街でぐずり始めた。眠かったのもあると思う。
泣きわめき始めたら、手が付けられないところがあった。まるで、あの母親を見ているような恐怖を感じる。
この町へ来る前のこと。
親戚の家から帰る時、私の父母、私と娘がそれぞれの車に乗り込んだ直後だった。
娘が泣きわめき始めた。
助手席の足元の狭いスペースに横になり、大声で泣く。理由は「おばあちゃんにバイバイができなかった」から。
「もどってー、もどってー!
バイバイがしたいー! バイバイをさせてー!!」
もう、どうにもならなかった。戻るように母に電話しても、もう今は携帯電話ショップにいて、すぐには戻れないとのこと。
眠いのもあるが、この時の娘の泣きわめき方は、家の中でキレ出した母親の意味不明さと重なった。
裁判官や調査官には予想もできないだろうが、この状態で母親に引き渡したら、ネグレクトどころか虐待さえ起きかねない。
靴下の時も、同じだった。
くるぶしまでの短い靴下が気持ち悪いと、商店街の中で泣きわめき始めた。
さっきまではいていたものが、なぜ突然イヤになるのかが分からなかった。
商店街を何往復もした。
娘も私も汗だくだった。
どこかで眠りについてしまえば、収まるだろうと考えていた。
まったく、様子が変わらない。駅前のショッピングセンターに入った。エアコンが効いていて、ほんの少しだけ息をついた。
衣料品売り場は一階だったが、のどが渇いたから、二階の百均でジュースが欲しいと言う。エレベーターはなかった。エスカレーターの前で、立ち往生した。
抱っこするから、ベビーカーを降りるように言うと、今度は「ベビーカーのまま上に上がる」と泣き叫ぶ。
完全にお手上げ状態だった。
そこへ通りかかったのは、宿泊所の職員の奥さんだった。小さい子を持つ母親で、育児の資格を持っていた。
娘の話を静かに聞き続けていると、次第に怒りが収まったようだった。
もうすぐ梅雨も終わりに近づき毎日蒸し暑い日が続いていたが、ずり下がるのが気持ち悪いと泣く娘に長めの靴下を数足買い揃えた。
ジュースを買うために、エスカレーターの前で止まると、娘は静かにベビーカーの上で眠りについていた。
この日、この育児法を学ぼう決めた。
八月には、課外授業で育児講座が開講されることになっていた。翌日、すぐに申し込んだ。帰郷後は、育児法の指導者資格を取得するに至った。
この宗教団体では、各教会が里親制度に積極的に参加していた。被虐待児の扱いに慣れない教会長が里親になり、手に負えない被虐待児に対して、さらに虐待を加えてしまうケースがあった。その予防策として、海外の養護施設が開発した育児法を導入したという。
残念なことに、私たち親子の世話係だった中尾から、彼自身の虐待談を聞くことになった。
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