第37話 一世一代の大芝居

 後日、妻が娘に会いに、実家を訪れた。

 家の中で、妻が娘に贈り物を渡して一時間ほど遊んだ。応接間で過ごし、私の両親は同席しなかった。

「家に戻りたい」「メイちゃんに弟や妹を作ってあげたい」と妻は私に訴え、「メイちゃんは、妹と弟どっちがほしい?」と娘に話しかける。

 帰り際に両親に謝りたいと言うので、父に伝えると、「今日はメイちゃんに会いに来たんだから、会わないよ」と答えた。

「謝って、うちに帰りたい…」妻は悲しくつらそうな顔で私に懇願する。

 自分でこんなことをしでかしておいて、今になって余計に私を苦しめる。

「謝りたいって言ってるんやから、頼むから聞いてやってくれやっ!!!」

 耐えきれず拳で柱を殴りつけ、私は父に大声を出した。

「家に帰りたいんです」

「雪や雨の中、一年間、保育園のお迎えに行ってもらったことをもっと感謝すればよかったと思ってます」

「崇司さんの独立の話も、自分の好きなことをしたほうが頑張れるだろうから、賛成してあげればよかった」

 妻は反省の弁を、両親、私、娘の前で話した。

「本当は実家に帰りたくなくて毎晩悩んでいたが、私が崇司さんのことを悪く言っていたから、父が何度も帰ってこいと言うので仕方なく実家に帰ったんです…」

 妻はすべての原因を義父のせいにした。

「三十五歳の立派な娘に任せてあるから、どこにいるか私はわからない」

「ここから入ってもらうと、警察を呼びます!」

 妻が娘を連れて実家に帰った日、二人を探しに行った父と私に向かって、義父が放った言葉を一生忘れることはない。

 その翌日、妻の職場のビルの外で、「娘のところへ連れて行ってください!」という私の願いを、義父は「警察が来てからです!!」の一言で打ち砕き、結局、娘に会えなかったこと。自分が世話してきた娘を奪われることで、文字通り「胸に穴があく」思いがしたことを妻に伝えた。

「警察を呼んだのは私ではないし、民事不介入の話なのに、なぜ父が警察を呼んだのか分からないんです」

 平然と妻は、すべての罪を義父にかぶせた。

「一緒に謝ろうか?」義父がそう言ったそうだ。警察を呼ぶと脅し、実際に警察を呼んだにも関わらず、「謝れば許される」と思うのは七十を過ぎた男の認識としてどうなのだろう。

「生まれて初めて、人を殺したいと思ったよ!」

 苦痛で顔が歪む私をなだめようと、娘はあわてて私のそばに駆け寄った。

「片親にしたくない。家庭が壊れないように、妻の激昂を諌めてください」と義父にお願いし、「わかりました。本当に私の育て方が悪くて申し訳ない」と謝罪していたにも関わらず、片親にするために私の娘を連れて行き、暗い建物を恐がるようになるほど娘の心を深く傷つけた。

 そんな義父を殺したいと思うくらいに怨んだことを話した。

「お義父さんに会うと、きっとその気持ちをひどい言葉で伝えたくなるから、もう会えない」

「それを父に伝えていい?」と聞く妻に、

「それは任せるよ…」とだけ返した。

「警察を呼ぶと言われ、実際に警察を呼んだのは、私たちを犯罪者にしたいという思いだったのだから、もう親戚づきあいはできない。家に帰る時は、実家と縁を切るぐらいの気持ちで戻ってほしい」

 父からの言葉に、妻は神妙な顔で「わかりました」と答えた。

 この日初めて、私が目まいで倒れた時のことを確認できた。「倒れたのに驚いて、怒鳴ってしまった」そうだ。辻褄が合わない。人として壊れていないか。

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