第三章

三 大空築希の欠陥①

 翌日は、鵜久森と待ち合わせをしていた。もちろん、その足で演劇部へ行くつもりだったからだ。


 今日は天王寺と二人だ。こいつと一緒だと俺は妙な不安と変な期待感でいっぱいになる。


「初対面だし、今日は清楚なお嬢様を演じきってくれ」


 俺が言うと、天王寺はすねたような顔をする。


「演技しなくても清楚なお嬢様のつもりなのですが。むしろ、制送部だと第二の私がにじみ出ると言いますか」


 あれがにじみ出た程度かはさておき、それは確かにその通りかもしれない。俺も出合って間もない頃は本当に清楚なお嬢様だと思っていた。


 こいつがおかしなやつだと気づいたのは、制送部で一緒に活動するようになってしばらく経ってからだ。


 すなわち、学内のほとんどの人がこいつの本性を知らないのである。


「じゃあ今日は、清楚なお嬢様でいけるのか?」


「うーん、水内くんや優陽ちゃんが居ると、第二の私が隠れきれないようになってしまうんですよね。たまには水内くんに激情的にツッコまれたいですし」


 こいつは冷たいツッコミが信条の俺に激しくツッコまれたいらしい。迷惑な話だ。まあいい、鵜久森に慣れてもらおう。


 待ち合わせ場所は玄関口だ。俺たちは二年生の靴箱が見える位置で待機していた。


「あ、ちゃんと見つけてきましたよ」


「なんの話だ?」


「決まってるじゃないですか。弱み、です」


 昨日、あの後はその話をしなかったため、半分諦めかけていたのだが、ちゃんと覚えていてくれていたようだ。しかも、翌日に成果を上げてくる。恐ろしいお嬢様である。


「そんな簡単に見つかるものなのか?」


「はい。凄くシンプルなものです」


 そう言って軽くジェスチャーをしてくれる。それは、とてもわかりやすいものだった。


「OK、助かるよ。流石だな」


「ふふふ、天王寺力をフル活用しましたから」


 よくわからんパラメーター名だが、実際恐ろしい。天王寺はこの学校で最も敵に回したくない存在だ。だからこそ、味方に居ると心強かった。


「じゃあ今日は問題ないな」


「はい!」


 にっこりと笑う。それは無邪気な子どものような笑顔だった。



 少し待つと、高校生には見えない幼い少女が現れた。鵜久森だ。


「あの人ですね。……見ててください、バッチシ決めますから」


 天王寺はよくわからない気合を入れている。俺は気にせず鵜久森に呼びかけた。


「鵜久森」


「あ、水内くん」


 鵜久森の目は天王寺を見ていた。事前に優陽から聞いていたためか、警戒しているようだった。


「ごきげんよう、はじめまして。わたくしは天王寺杏奈と申します」


 上品に、華麗に礼をする。決める、ってこれのことだろうか。この程度で済むのだろうか。


 鵜久森もつられる形で大きく頭を下げた。


「はじめまして、鵜久森葵です。今日はよろしくお願いします」


「お話は伺っております。では参りましょう……演劇部へ!」


 天王寺は派手な感じに手を大きく広げ、陽明舎へと歩き始めた。


「え? あ、はい?」


 おお、困っとる困っとる。最初はお嬢様アピールかと思ったが、演劇部へ演劇風に派手に案内をするネタらしい。


 俺はこれに激情的にツッコまなければならないのだろうか。無理である。


 天王寺は颯爽と外へと出ていった。それはそれはお上品な歩き方で、こちらへ振り返るようなことはしない。陽明舎へと一直線だ。


 しかし、実は陽明舎よりも先に行かなければならないところがある。止めるべきだろうか。


 まあ今日もカメラが重いし、放っておいてもいいだろう。どうせ終わったら陽明舎へ行くわけだから、後で会える。そのほうが面白いし。


「鵜久森、今日は第一体育館なんだ」


「え? でも、あの人……」


「後で会えるから、とりあえず放っておこう」


「……うん」


 鵜久森は困るような笑みを見せながら頷く。これで天王寺の扱いを知ってもらえたなら幸いだった。


 演劇部は第一体育館で練習している。用があるのは大空だが、俺たちはまず演劇部の脇島部長に許可を取る必要がある。だから、陽明舎は後回しなのだった。


「靴、履き替えない方がよかったんじゃない?」


「この後、陽明舎へ行くからな」


「ああ、そういう……。てっきり、天王寺さんを引っ掛けるためにしたのかと」


 俺はそこまで暇じゃない。でも、仮に相手が小鳥遊ならそこまでしてしまうかもしれない。そう考えると暇かどうかは関係ないか。


 第一体育館は第二体育館よりもかなり広く、その巨大な建物内は、バスケットボールコート三面分ほどの大きなアリーナと、他にもいくつかのスペースを有している。


 まず、アリーナは講堂としても使用しており、式典関連はここでこなしいる。学園祭の舞台発表も当然ここで行われることになる。


 二階に上がると、奥はアリーナのキャットウォークへと繋がっており、その手前の左右にはそれぞれ別の小部屋がある。どちらも普通に過ごしていると使わないようだ。


 中では、バスケットボール部とバレーボール部が練習していた。俺たちは横の扉からそれを見つつ、舞台側へと近づいていく。ちなみに、バドミントン部の活動があるとこの扉は閉まっているため、ないことを事前に確認してある。


 最も舞台に近い横の扉から、俺たちは中へと入っていく。室内は窓が開いていても熱気にあふれていた。俺はついでとばかりに、二つの運動部へとカメラを回していく。


「あ、制送部! 撮って撮って!」


「どこの取材?」


「今日は軽くスナップを撮るだけだ。取材じゃない」


 俺がそう言うと、活動に戻っていく。カメラを回すと張り切るのはいつものことだ。


「制送部も楽しそうだね」


「そうか?」


 実際、楽しんでいるのかもしれない。俺は人が努力してる姿を撮るのが好きだった。


「このぐらいでいいだろう。じゃあ、演劇部と話をつけに行くぞ」


「本当に大丈夫なのかな」


「任せろ。策は練ったからな」


 カメラを止め、俺たちは舞台を窺う。演劇部は舞台上で何やら話をしている。キャットウォークを見ると、そこにも部員の姿があった。今日は舞台演出の打ち合わせが中心なのだろう。


 仕切っているのは、もちろん脇島部長だ。忙しそうだが、今日のうちに彼女と話をつけなければならない。


「呼び出そう」


「邪魔になるんじゃ……」


「相手に利益のある用事で呼び出すのなら大丈夫さ」


 俺たちは袖の部分に入った。そして、適当に部員を捕まえる。


「ちょっといいか」


「はい?」


「脇島部長に話があるんだ。制送部が呼んでる、と伝えてくれないか?」


「わかったけど……」


 部員は嫌そうな顔をしながらも、脇島の元へと行ってくれる。あとは交渉あるのみだ。


 脇島はツンとした顔をしながらも、俺たちのところへ来てくれた。


「何、また取材? 今日は忙しいんだけど」


「いや、学園祭の件で相談があるんだ。演劇部は使いたいと思っていてな」


 明らかに警戒している脇島に対し、俺はまず相手が得をする話をぶつける。それで少しでも警戒を緩めるのが狙いだ。


「どのくらい取り上げてくれんの?」


「一本使うことを考えてる。どうだ?」


「ふーん」


 脇島は表情を崩さずに、軽く声を漏らした。


 正直、もっと良い反応があると思っていた。前体制との関係が、脇島の根強い警戒心を作っているのだろうか。まずいかもしれない。


「別に問題ないわ。勝手にやってくれたら」


 脇島は強気を緩めない。まるで、こっちの意図などお見通しのようだった。


 これだとこっちが優位に交渉できない。でもやるしかない。大空には優位に立てる。脇島からは許可だけでいいのだ。最悪、強引に進めよう。


「それで、一つ頼みがあるんだが」


「……何?」


 脇島は眉間にしわを寄せた。俺は片手で鵜久森を示す。


「彼女を演劇部に入れてやってほしいんだ」


「それは構わないわ。私が拒否できることじゃないから。それだけ?」


 そうだ。入部は鵜久森だけの問題である。脇島の許可が必要なのはその先の話だった。


「彼女、もうすぐ学校を辞めるんだ。だから、最後の学園祭の舞台に立たせてやってほしい」


「それは無理ね」


 脇島は呆れるように口元を緩め、間髪を入れずに言った。こう言われるのは想定済みだった。


 横目で鵜久森を見ると、彼女は気まずそうに俯いていた。もうちょっと我慢してくれ。


「そんなこと、できるわけないってわかってるでしょ? 演劇部員は毎年この学園祭のためにやってるんだから、最後だからってだけで優先させることなんてできないわ」


「ああ、わかってる。でも、演劇部は四つも舞台をするだろう。そのどこかに立たせてもらえないかと思っていてだな」


 このままではあっさり話が終わらされてしまう。俺は考えていたプランを先に伝えることにした。


「一人芝居をする大空築希ってやつがいるだろ? 彼女と一緒にやれないかと思っているんだ」


 大空、と言った途端、脇島はムッとした顔になった。これは思っているよりも険悪な関係だ。いけるかもしれない。


「演劇部としても、演出効果なんかで大空のために人を割きたくないと考えていると思ってな。


 そこを俺たち制送部が補助したい。これなら、脇島部長たち、演劇部の大空以外の部員に一切迷惑が掛からずに、逆にそちらの負担も軽減できる。


 学園祭で取り上げることも含めて、そっちに大きなメリットがあるはずだ。これでどうだろうか?」


 脇島は考える間もなく、にやりと笑った。


「それならいいわ。あの子となら、好きにして構わないから」


 それは間違いなく許可だった。俺は鵜久森と視線を交える。


「いいのか?」


「ええ。用は済んだわね、それじゃあ」


 脇島は途端に踵を返した。あまりにあっさりとした転換に、俺たちはあっけに取られていた。


「水内くん……」


「ああ。これで、あとは大空だけだ」


 俺はホッとしていた。脇島部長に露骨に嫌がられていたのもわかったし、ケンカ腰でくる彼女への説得は、大空以上に難しいと思っていたのだ。


 大空との仲の悪さが幸いしたというか、とりあえず助かった。


「あのっ、ありがとうございます!」


 鵜久森が深く頭を下げる。すると、脇島は振り返り、何か含みがありそうな笑みを浮かべた。


「がんばってね、制送部さん」


 女優らしい仮面が見えた気がした。俺たちはどうもすっきりしない気分になりながら、脇島が舞台上に戻っていくのを見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る