久しぶり?

 全員寄り道することなく地上へと真っ直ぐ降下して行く。

 そして遺跡に近付くにつれ速度を落とすと後続が追い付き始め、艦が接触しない微妙な距離まで接近、円陣を形づくりながら「遺跡」へと着陸してゆく。


 その様は相変わらず見えていはいないのだが、反重力推進装置から発する僅かな振動により地面の草むらが規則正しく順に揺れ始めた事により到着したことを知れた。


 そして心地よい振動が響き渡る中、空間に真っ黒な穴が開きそこから金色の宇宙服を着たままのエリスが現れると、その彼女にそよ風が訪れ金髪が僅かに靡いた。


 その状態でほんの数秒間だけだが穏やかな表情で身動きせずに「遺跡」を見ていたが、急に笑顔に戻すと颯爽と前へと歩みを始めた。


 その歩みを合図としたかの様に、周りでは次々と真っ黒な穴が開いていく。

 ただいつもならほぼ同じ位置・高さで出口が開いていくのだが今回は少々違っていたのだ。


 エリスと同じ様に普段通りに降りて来る者。

 通路を利用してコックピットから滑り出て来る者。

 出口まで無重力状態にし、来る者。

 出口を地面から微妙な高さにし、そこから勢いよく飛び出てきて見事な着地を披露する者。

 サッサと出て行かんか! と急かされ追い出された風に出てきた者。


 今回は各々自由気ままで多種多様な下艦の仕方で次々と地上へと降りてきた。


 そしてアルテミスとミケちゃんが最後のを埋めると円陣が完成する。

 だがそれも一瞬の事でエリス艦が上空へと移動を始めると下艦を終えた艦がそれに続いて次々と上昇して行く。


 小高い丘の上の「遺跡」を中心として等間隔で残されていく探索者達。


 最後のアルテミスが飛び立つとも無くなり、静寂に包まれた。


 空は所々に高い雲が長閑に流れており、ルーシーがいる隣の惑星の地形が見える程空気が澄んでいる。

 さらに心地よい気温と風が僅かに吹き、足元には踝程の青々とした草が地面を覆いつくし、前後左右どこを見渡してもここが丸い形をした星だと分かるくらい、地平線の彼方まで視界を遮るものが何も無い景色が広がっていた。


 何と言うか……壮大すぎて緊張感とは程遠い独特な世界に今、自分達はいる。



 そう、この感じ……あの時、初めて気を失った時にいたあの草原

 とても久しぶりの気がする



 この「新しい惑星」は海が大半を占めており纏まった大きさの大陸は今いるこの場にしか存在していない。

 ルーシー情報によれば、その特性を生かし海洋プラントを大々的に展開、この大地にはプラント管理施設及び加工工場と輸出の為の宇宙港をこれから整備。隣の有人惑星で計画されている果実系の農業・加工品事業とセットで一大輸出産地を目指し「ガッポガッポと」儲ける計画があるとの事。


 だがこちらの惑星に関しては、その壮大な計画は途中で止まっており、その影響でこちらの惑星ではまだ陸上へは植物系の生物の移植までとなっている為、動き回るモノは自分達だけとなる。




 因みにこの「奇跡」の二重惑星は見上げればお互いの地形まで目視可能な距離とかなり近い。

 それは二つの惑星はほぼ同じ質量で、丁度中間点に共通重心があり、そのお蔭で絶妙なバランスで引き合いながら回転しているので衝突することはないし、引力も安定している。


 さらに主星となる恒星との重力のバランスも取れ、共通重心を起点に公転している為、この「奇跡」ともいえる状態を維持出来ているのであった。


 無限ともいえる宇宙では似た様な状態の二重惑星は数多く存在する。

 それは固体惑星に限らず気体惑星、白色矮星、恒星、中性子星とバラエティーに飛んでいる。


 分かり易い例として母星となる「地球」と「月」の関係もある意味同じ。


 だがこの二つは質量が大きく異なる為、この二重惑星の様にお互いからの中間地点に共通重心がある訳ではない。

 そう、重心点の位置はより大きい「地球側」のに存在しているため、見た目は地球の周りを月が回っている様にのだ。


 結果、地球と月はこの二重惑星の様な近距離を保つことが不可能となるのだ。


 そして二重星(連星)自体は珍しくもないとは言え、ここに関しては「奇跡」に近いことは間違いない。

 そう「人が居住可能」という一行が加わるだけで巡り合う確率はそれこそ天文学的な数値まで極端に下がってしまう。


 なので発見した場合は「奇跡」という言葉がそのまま当てはまるのであった。




 上空では「遺跡直上」にエリス艦が薄ーく広く円形に形状変化したうえで停止、その少し上空では同じ様に形状変化させた艦達がステルス状態でで停止する。



 初めに動いたのは頭の先から爪先まで金色のエリス。

 笑顔だが、いつもの陽気な笑顔ではなく、とても落ち着いた自然な感じの笑顔。


 皆がその場で動かずにいるなか、キラキラと金髪を僅かになびかせながら、かなりガタツキがきている「遺跡」へと近づいて行く。


 その様子を見ていたエマは自らも自然と「遺跡」へと……いやエリスに向け歩き始める。するとエリーもエマに続き歩みを始めた。

 その二人を見て菜緒と菜奈が同じ様に動き始めると、残りの者達もエリスへと向かい始めた。


 先に「遺跡」へと辿り着いたエリスは片手を建物の壁に触れながら目を瞑っていた。


 その様子を少し離れた微妙な距離から伺っていると、突然エリスが目を開き大きく頷いてから声を上げた。


「良しヨシ! まだ大丈夫だヨネーー!」


 納得するように何度か頷く。


「な、何が?」


 近付かずにその場から聞いてみた。

 するとその場でこちらを見たまま目をパチクリし出す。


「オウ? そうか~説明しないとネ~。ここはネ~まだ充分力が湧いてきてるってコトね~」


 パンパンと壁を叩いて説明してくれた。


「そうなの?」


 一同の訝し気な視線が建物へと向けられる。


「えーーと、ここで……やるの?」


 一人で近付いて少しだけ押してみた。すると……全体が揺れた気がした。


「……? な、なんト! そーゆーコトか!」


 皆が何を危惧しているのか? を理解したようでポンと手を叩く。

 そして真上にいる自艦を見上げ何か話し掛けている素振りを見せる。すると、エリス艦から建物全体を包み込むように「七色の光」が浴びせられた。


 キラキラと輝く七色のド派手な光。


「……派手な色だがただの収納、だな」


 急いで皆がいる位置まで戻り眺めていると、建物を見てノアがポツリと呟く。

 よく見ると、幻想的と言うよりもどちらかと言えば「魔法少女」が決め技として放つな光に見えた。


「そうーもう必要ないからネー」


 聞こえたらしくエリスが答えた。


「いいの? 無くても」

「ハーーーーイ、もう大丈夫デーース!」

「大丈夫? そう?」


 元気よく返事をしてきた。

 その声はいつものエリスの声なのだが……どこかに違和感を感じて首を傾げてしまう。


「あ、今度は何か出てきましたよ?」

「ホントなのだ!」


 やはり、というか地面から段々と構築されていく姿を現す木造建造物。


(ねえ、あれって……何かに似ていない~?)

(はい、多分アレだと思います)

(アルテミスの……中で見た。でも……)


 エリー・菜緒・菜奈も同じ感想のようでヒソヒソ話が聞こえてくる。

 そうレベッカがアルテミスの中で皆に見せてくれた、桜が旅立った時に使われていたあの建物がついに現れた…………かと思ったらアレとは違いかなり控えめの大きさだった。


「……やはり「能」を舞う舞台だった、か」


 呟くノア。


 その言葉を聞いてハッとなる。

 そうか、どこかで見た事があると思っていたら、あの一子相伝・門外不出である「能」の舞台とソックリだ。


 流石、物知りノア先生!


 さらに舞台を大きく囲むように複数のモノリス風の銀色をした人の高さほどの柱も現れた。

 こちらは時間が掛からずに即実体化する。


「お? 何やアレ?」

「行ってみっか!」

「あ、待って! 私も行く!」


 舞台は未だ構築中でもう少し時間が掛かりそうだったので、暇つぶしの対象としてモノリスを選んだのだろう。同期の三人組が舞台の傍に現れた柱のうち、一番手前の一際大きな柱へと駆け寄っていく。


「ランラン行ってみるのだ!」

「ちょ! 姉様待って下さい!」


 ランの手を強引に引きながら、三人が向かうモノリスへと向かって行く。


 その様子を見てエリスがいつもの笑顔へと戻っていく。



 そしてついに全体の姿が現れた。

 目の前に現れた舞台は、桜があちらの世界に旅立つときに使われた舞台に似ているのだが、アレに比べたら極端に小さく狭かった。

 桜達が使用していた舞台はおおよそ50m×50mの巨大な正方形。こちらは約10m×10mの同じく正方形。

 あちらは広いが故に中までは光が差し込まず薄暗くて一種異質な雰囲気だったのだが、こちらは山間やまあいにある長閑な休憩所といった感じで、柱の数も少なくこじんまりとしており光を遮る物もない為、中の明るさも比較にならない程に明るい。


 ただ広さ大きさが違うというだけで見た目は同じ。壁も無く柱と屋根があるだけの単純な木造造り。

 今でも木造建築物自体は然程珍しくも無いが、こちらは特徴がある造りなので一度見れば確実に印象に残ってしまうだろう。

 ましてや初めて実物にお目にかかった物件。大した知識も持ち合わせてはいない為、どうしても似た雰囲気に感じてしまうのは仕方のないこと。



 でもね、実は似ているというだけでアッチとは全く違う

 エリ姉や菜緒達には言ってはいないが、これと同じものを何度か見た事があるし、どこで使われていたかも私は知っている

 それは桜の思い出? を見てきた私だからこそ知っていること



 そう……彼女達が人知れず二人だけでひっそりと行っていた、実験に使われた建造物舞台



 見入っていると不意にノアが手を握ってきた。

 見ると横目で私を見上げ、黙したまま目で何かを訴えていた。



 そういえばノアはノアで、この建物の事を知っているんだったよね……



 ノアは以前「崩壊していた舞台」を宇宙から見ていたことがあり、先生レベルならあの状態でも工法から元の姿など、いとも容易く推測しただろう。

 そしてその事を思い出した時に、私が倒れてしまった「あの時」の出来事も一緒に思い出してしまったんだと。


 そうあの時、巻き込みたくないという一心で独走して気を失ってしまい、ノアに心配をかけてしまったという。


 あの時、ノアを泣かせてしまった事を今でも後悔している。

 私だけでなくノア自身も心細い状況だっただろうに。


 あの涙によって気付けたこと。さらにその後もあくまでも普段通りのマイペースで私のことを支え続けてくれた事。

 仲間が戻って来てくれてからは裏方に回ることが多くなったけど、ここに辿り着けたのはこの「小さな巨人」のお蔭であるのは間違いない。

 全くこんな小さな体で私以上に色々なものを背負い込んでいるってのに、この子のメンタルには頭が上がらない。


 ここは素直にノアの気遣いに対し感謝の気持ちを伝える為、握られた手を一旦離し彼女の肩に手を回して引き寄せ力強くハグをした。


 ここでふとあることに気付く。



 あれ? そう言えば生活の舞台となる住居は残っていたけど実験訓練をしていた場所、つまり今目の前に現れた舞台に当たる物はどこにも見当たらなかったよね?

 他の場所はセットで残っていた気がするけど?

 この惑星では離れた場所にでもあったのかな?



「う、うぉ? こ、こりゃ……どれにすっか迷うな」

「ウチはこれがエエ!」

「これがよさそうなのだ〜!」

「それはかなり難度高めでは?」


「ポチっとなーー!」


「「「あ!」」」


 騒がしい声がし出したので考えるのを一旦止める。

 見るとモノリス前で表面に浮き出ていた文字をシャーリーが力強く押した直後だった様で、五人の前のモノリスが一瞬だけ光った。


 すると他の五つのモノリスが同じ様に光ると形を崩してゆきながら、別の形へと大きく変化していく。


「こ、これが……ま、幻の……ジェットエンジン?」


 ワナワナと身体を震わせながら謎の物体へと近付くシャーリー。


「今シャーリーが選んだやつ?」

「思ったよりも小さいのだ〜」

「何やあちこち尖った形しとるの?」

「これってどうやったら……浮くんですか?」


 シャーリーの後ろから戦々恐々と近づいて行く。


 向かう先には周りのモノリスの形状が崩れ、先が尖った三角形? に近い形状へと変化。色は銀色と変わらないが脇の舞台並みへと大きくなっていた。

 さらに上部には蓋? らしき物。厚みがある側面には円形の筒の様な物が二個飛び出ていた。


「アレって何? 何処かで見た事があるような?」

「そうね〜どこで見たんだっけ〜?」


「……アレは「飛行機」と言う古代の乗り物、だね。チビチビと燃料焚きながら空気抵抗を利用して命懸けでお空を飛び回る乗り物、だ」


「空気抵抗? 命懸け? へーー昔は大変だったのね」

「どっちが前~?」

「アレ? 確か変形とかしたような?」

「横の筒……髭生やしたオジサンが……飛び出てきそう」

「……菜緒ラーと菜奈っ子は何かと勘違いしとる、かも?」


「ヨシ! 早速競争や!」

 決心がついたようで各々ラダーをよじ登っていく。


「操縦出来るのかしら?」

「のーぷろぶれむーー! 操作は簡単で――ス!」

「どうやるの?」


「じょいすてぇっくデーーす」


 背を丸め眉間にシワを寄せながら操作のマネをして見せるエリス。

 その恰好を見てピーンと来た。


「…………ゲームで使うヤツ?」


「いえーす! 連射機能付きなのダ!」


「…………あ、そう」


「落ちないーー壊れないーー怪我しないーーの三拍子揃った無い無い尽くしデーース」


「良く分からんが宇宙服着てるし大丈夫でしょ。一応何かあった時はフォローしとく様に艦達に言っとくかね」


 全員乗り込みハッチが閉じられると、音もなく燃料を焚くことも無く、ふわふわ~と滑る様に上空へと上がって行く。


 その姿が点になるくらいの距離まで上昇したところで機体後部のノズルに火が灯ると、モノリスから光が発せられ空に「3」の文字が浮かび上がる。


 その「3」が「2」へと変わり「1」になるかと思ったら行き成り「0」に。

 と同時にマキがのった機体だけが大爆音をたてながら発進してゆく。


「あ! フライング……じゃない?」


 その他の四人と見ている者も誰一人として全く身動きが出来なかった……が直ぐに他の機体も慌てて? 爆音を撒き散らしながら動き始めた。


「アハハハハ流石マキだよネー!」

 それを見てエリスが一人で大笑いを始める。


 その様子を呆気に取られながら見ていたが、爆音と空気の振動でそれどころではなくなり肩を竦め一斉に耳を塞ぐ。

 しかも見ていてイライラしてくる程の「遅さ」で、音の割に中々前へと進んでいない、というか未だに姿が見えている。


 いや前には進んでいるのだが、瞬きする間に何十万kmと移動できる「反重力推進」に慣れきってしまっている身からすると「あれ? どこか壊れちゃったの? 進む気あるの?」と思えるほどのノロさに感じてしまう。


「……あの感じだとマッハ十五が限界じゃない、かいな?」

「マッハってなーにー?」

「……有名な演奏家、だな」

「「「へーー」」」


 ドヤ顔で答える先生。

 その先生を尊敬の眼差しで見るエマとエリスと菜奈。


「コホン」


 脇から咳払いが聞こえてきたので見ると、菜緒が醒めたジト目でノアの事を見下ろしていた。


「……う、う……ごめんなさい、かも」


 何故か謝るノア先生。


「次はノアの番だネ!」

「……私、の番?」


 ノアの前へ行き、手を広げ手前のモノリスへと向かうように笑顔で催促してきた。


 暫し無言で見つめ合う二人。

 エリスは笑顔だが有無を言わさない、ノアは慎重に何かを観察する様な眼差しで。


 身長がほぼ同じでお人形さんの様に可愛い容姿の二人からは奇妙な空気オーラが漂い始める。


「…………分かった、ぞ」


 静かな戦い? に根負けしたのか、ノアがプイっと顔を背けモノリスへと歩いて行く。


「ちょっとノア待って! エリス、あの柱は一体何なの?」

「待ってる間は退屈デショ? だから遊び道具が詰まった箱を持ってきたのダーー!」

「遊び道具~?」

「大抵のモノは揃ってるシ~特殊なモノでなければ新作を作り出すことも可能ナノね~」

「そうなの?」

「危険な事は何もナイよ~?」

「ノアが一緒……ダメなの?」


「ダメじゃないケド~……それでホントにいいノ~?」


 覗き込むように四人の目を順に見て行く。


「え? どーゆー意味?」

「……んじゃアチキはアッチで寝てるから、何かあったら呼んでくれ、たまえ」


 聞き返そうとしたところ不意にノアの声が聞こえたので見ると、一人トコトコと草むらの坂を下っていくところであった。その先には大きな湖があり湖面にはそこそこの大きさがあるクルーザーが浮いていた。


 笑顔で手を振りながら見送るエリスと後ろ姿のノアを交互に見やる。


「お昼には声掛けるから一緒にご飯食べよ?」


 咄嗟に思い浮かんだ言葉を投げかけると、返事はせずに哀愁漂う背を向けたまま後ろ手に手を振って応えていった。

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