ミア迷宮! 不安?

 飛ばされて来た部屋は本日三度目となる見慣れた小部屋。


 手に持ったアイテム? を収納している合間に仲間達がラーナへと駆け寄り軽くボディータッチをしながら次々と声を掛け始めた。


「流石我らのリーダー!」

「凄かったなの!」


「あ、あれ~? そんなこと~ないかな~?」


 皆との間にあったラーナとの距離。

 近寄り難い雰囲気を抱いていた者。

 我関せずと自ら関わりすら持たなかった者。

 先輩として、人として尊敬していた者。


 それぞれ育ってきた環境が違えば考え方・感じ方も異なるのは当たり前。



 今は技術が極限まで進化、神に祈る者を探すのが難しい程に無神論者が大多数を占めているこの時代、その大多数の一員であるエマも同じで「神様」や「運」などは言葉の遣り取りの範囲内で使うのみで特に信仰心などは無いのだが、気に入っている言葉や習慣は積極的に取り入れる様に心掛けていた。


 と言うのも例えば宗教用語である「縁」と言う言葉。


 何の因果か、何百億という人達が暮らしているこの宇宙で一握りの者が寄り集まり、その中のさらに一握りの者達がここで志を一つにし、目標に向け足掻いている。

 皆自ら悩み苦しみ、そして判断し目一杯生きてきた結果、ここに辿り着いたのだ。

 その行為を単に「たまたまだ」とか「都合の良い解釈」とか「運命」と一言で済ませてしまうには余りにも切なさ過ぎるしやるせないし、それこそ天探女が言っていたように「過程を軽んじた結果論」でしかない。


 仮に誰かの意志によって動かされていたとしても、せいぜいローナが言っていた望む結果に近付ける努力くらいしか出来ないと思う。


 それより今が有るのは色々な事象が複雑に絡み合った結果であり、それこそ「縁」や「運命」に寄って巡り会えたと思った方がその先に何かしらの可能性が見えてくる筈だ。


 私にも、姉にも、ここに居る仲間達にも、そしてラーナやローナにも、それぞれの「縁」や「運命」があり、それによって巡り会えたのだ。


 折角知り合えたのに距離が有ったままでは折角の「縁」が無駄になる。


 お節介なのかもしれないが、私はそれらをないがしろにはしないし、したくもない。

 もし蔑ろにできる様な性格だったら桜やレベッカとは会うどころか何も知らないまま全てが終わっていただろう。



 だからこそ「縁」を大事にし、皆にとって最高の結末を迎えたい。

 その為にも早い段階で皆とラーナとの溝が埋めれたのは喜ばしいことだと思う。



 そんな和気藹々とした場から距離を置いて、菜奈と菜緒の二人が向かい合い何かを話しているのが目に入る。


 暗い雰囲気の菜奈。

 姉に頭を撫でられ俯きながら小声で話しているのが見える。


「どしたの? 何かあった?」

「え? ううん。何でもない。大丈夫」


 エマが近付くとさり気無く妹の頭を自分の首元へと隠すように抱え込む。


「? 怪我でもしたの?」

「ううん大丈夫」

「そう? 菜奈?」


 名を呼ぶと返事はなく僅かに頷くだけで、姉の首元から顔を上げることはなかった。

 気になり更に声を掛けようとしたその途端、後ろから手を引かれたので振り向くとエリーが軽く首を振りながら立っており、有無を言わせずその場から引き離される。


「な、何? どしたの?」

「今は菜緒さんに任せておくのがいいと思うわ~」

「え? そ、そうなの? エリ姉がそう言うなら……」


 振り返り二人を見ようとしたがエリーに強引に連れて行かれた。


 仲間達の所に戻るとランが遣り取りを見ていたようで声を掛けてきた。


「菜奈さんはどうかしたのですか?」

「何でもないわよ~」

「でもなんだか凄く悲しそうに見えますけど」

「それは人それぞれ抱えているモノが有るからね~。私から見たら菜奈さんよりランちゃんの方が何倍も心配なんだけど~?」


「「!」」


 驚いた表情でエリーを凝視するランと


「ランランにはそんなかおは似合わないのだーー!」

「キャッ!」


 前触れもなく突然乱入した姉にお姫様抱っこをされ連れて行かれた。


「…………」


 ランとエリーを交互に見やる。


「な~に~?」

「よく気が付いたね?」

「何となくだけど~もしかして当たり~?」

「分かんない……」


 黙り込むエマ。

 無い、と言えば嘘になる。


「どうしたの~? 心当たりがあるの~?」


 言うかどうか迷う。

 本音を言うと今まで余り考えないようにしていた。

 言い訳にはなるがここまで自分の事で一杯いっぱいでそこまで考えている余裕が全く無かった。


 自分の事、姉の事、クレアの事、菜緒達の事、さらに桜達姉妹のこと。

 ハッキリ言って未だに未来の事なんて考えている余裕すらない。


 だからと言って大切な仲間を見捨てる事なんて出来る訳がない。

 見捨てるのは自分のポリシーというか性分に合わないし、例え関わることによって自分が危険な目に遭おうとも出来るワケがない。


 ランはデリケートな子。

 マキやシェリー達とは違い解決できるとは思っていない。

 しかもランの性格を考えたら私に心を開いてくれるとは限らないし、下手をしたら逆効果になる可能性すらあるからだ。


 だが皆や姉が戻って来て余裕が出来た今、これ以上放置することはしたくない。

 悩んでいても答えは見えてきそうにはないし、取り返しの付かない事態になる可能性もある。

 だから意を決してこの世で一番信頼している姉に話すことにした。


「うん……実はね……………………」


 黙って話を聞いていたが軽いノリで返される。


「…………ん~気にし過ぎじゃない~?」

「そうかもしれない。気になることは色々あったけど気のせいだと思うようにしてた。でもね、あのリンがCエリアでレイアから私を救ってくれてからあんな調子に変わっちゃったのよ。それ見たらね」

「確かに今までのあの姉妹独特な適度な距離感は無くなってるし~明らかにベッタリし過ぎてるって感じよね~」

「うん。リンも何か感じているのかもしれない」

「リンちゃんには聞いてみたの~?」

「ううん。多分ランは元よりリンも話してくれないと思う」

「なんでそう思うの~?」

「……何となく」


 言葉に詰まる。

 ランは自分の事は余り話すタイプではないし、リンに至ってはプライベートな事も含め殆ど教えてはくれない。

 しかも今、エリーに話したことは全て推測の域を出ていないし、それこそ「気にし過ぎ」の可能性すらあるのだ。


「リンに関してはエリ姉の方が詳しいでしょうに」

「仕事の範疇ならね〜。逆にランちゃん担当だった貴方の方がたと思うんだけどね〜」


 そう言われると言い返せない。


「あらあらエマらしく無い〜。ズルズルと手遅れになる前に手は打った方がいいんじゃない〜?」

「そう……だよね」

「……で、貴方はどうしたいの?」

「え? 私?」

「そう。そこが肝心だと思う」

「そう? 何で?」

「だって私達にも責任があるじゃない?」

「で、でもそれは私達のじゃ!」

「ううん、決めたのは私達。当然エマだけじゃなくて私にも責任がある」

「そう……だよね。責任……私としてはランにも幸せな人生を送って欲しい、かな」

「なら決まりね~」

「……うん」

「まあエマが憂いている事がもし事実であれば、ここでは具体的な行動は起こせないから現実世界に戻ってから話を聞く、でいいんじゃないかな~」

「……うんそうする。ありがと」

「その時は私にも言ってね~貴方一人じゃ心配だから~」

「酷い言われようだね。でも頼りにする」


 もう一度リン姉妹を見る。

 楽しそうな姉とプリプリ怒っている妹。

 その光景を見る限りではエマの心配事も杞憂に思えてくる。


 だがふとあることを思い出す。



 そう言えばこの姉妹も元は他エリアの候補生だったんだよね。

 どういう経緯でBエリアウチにやって来たんだろう。


 確か他エリアから移動する場合は探索部本部が関わっている筈。

 と言う事は何らかの「力」が働いた可能性がある。


 ただあのローナがエリー救出にリンを利用していたのだ。

 ということは「あちら側」の思惑には関与していないという証。

 それは裏表がない性格の彼女を見ていれば明らかだ。


 ただいくらローナでも探索部上層の思惑までは計りきれていない可能性が高い。

 逆に上層部の一員でエリアマスターであったサラは事情を知っている筈。



 いけない……リン&ランあの二人を色眼鏡で見る様な考えをしてちゃ



 アリス&エリスとワイズ&ロイズやミア&ノアの事情は何となくは理解出来るけど、リン&ランはどのような事情でBエリアにやってきたのか……


 本人たちが了承した上で来たのなら良いけど……



 全く、色々と知っていそうな奴らは現場を放置したままどこで遊んでるんだか……


 まあサラとローナの二人にはいずれ最大級の恩返しをしてあげないとな!

 あ、あと大元の原因を作ってくれた天探女主任も!



 最大の障害となっていた「距離感」はもう存在しない!


 ふふふ……






 それぞれが落ち着いたところでその場で久々? となるお祈りを捧げてみる。


 すると

 ラーナ→LV36

 リン→LV29

 ソニア→LV30

 シェリー→LV29

 シャーリー→LV30

 菜奈→LV29

 エリー→LV29

 ラン→LV30

 マリ→LV31

 マキ→LV30

 菜緒→LV28

 エマ→LV28

 と一気に十近くレベルが上がった者がいた。


 まあジョブによって成長速度も違うし戦闘での貢献度によっても得られる経験値にも差が出てるからね。そこは仕方ない。


 ただ嬉しい誤算もあり、ここまで成長したからこそ分かったのだが、レベルアップ時に各々のジョブ特性に沿った形でステータス補正が入っているようで、レベルが低くても上級ジョブの方が各数値は高くなっており、一概にレベルだけで強さを測ることが出来ないようだった。


 とはいってもまだ「魔神の迷宮一階」で先は長い。

 けどこの勢いでいけば魔神を倒せそうな気がしてくる。


 次に進むため隊列を組む。

 その時菜奈の後ろ姿が目に入ったが、いつもと変わらぬ姿に戻っているように思えた。


 次に菜緒を見る。

 エマの視線に気付き笑顔を送ってきた。

 そのまま菜緒と菜奈を交互に見やる。

 すると声には出さず<後でね>と口を動かす。

 取り敢えず頷く。


「それじゃ~お願いしま~す」

「にんにん~」


 そーと扉を開けると壁がない幅十m程度の通路となる大理石の床が見えるだけで周囲は真っ暗。

 その床も入口から十m程までしか続いておらず、通路の周りは部屋の中と同じ深淵の闇。

 通路の端から下を覗き込むと「闇の水」とでも表現すればよいか、それどころか光すら吸収してしまう、本当の意味での何も無い深淵が広がっており、光る床と仲間達と背後の扉以外は何も見えなかった。


 道の先を見ると今いる場所よりも薄暗い光る道幅二m程の小道が二つ、Y字型で伸びているのだがその先も暗闇に閉ざされており、どこに続いているのかもここからでは分からない。


「道はここしかないよね?」

「そうね~」


 深淵に飛び込むのは無謀だよね……


 するとちょうど正面方向の遥か前方で一瞬だが小さな赤い閃光が見え、遅れて爆発音が伝わって来る。


「あの光とこの音って火炎系の呪文によるモノよね?」

「という事は誰かがこの先で戦っているのでは?」


 そりゃそうだ。


「皆さんマップを開いてみて下さい!」


 マップを見ていたシャーリーが何かに気付いたらしい。


「「「な!」」」


 一斉に開かれるマップを見て皆同じ様な反応をする。


「これって……」

「ああ、前回と比べれば数はかなり減ってはいるが冒険者達だな」

「ねえ、何でこんなに纏まってると思う?」

「そりゃ……ここと同じで足場が少ないからやろ?」

「あっ……ここの光点の集団が四散したかと思ったら一斉に消えちゃいました」

「という事は?」

「落ちたんとちゃう?」

「ここに……ですか?」


 通路脇の深淵を横目で眺める。

 そして顔を見合わせ青褪める仲間達。


 マップには今いる場所の床と仲間の光点だけが表示されているだけで、それ以外はunknownアンノーン状態。

 すぐ側の床以外の見えている範囲内がとして表示されていないと言う事は、間違いなく、つまり入り込めばしていくと言うこと。


 とその時、真後ろの床に魔法陣が輝き出し、四人の冒険者が空中に現れ床へと落下した。


「「「!」」」


 冒険者達に対し反射的に攻撃準備をし身構える。


「いたたたた……」

「もう嫌!」

「ああ、落ちる感覚は何度やっても慣れない」


 ヨロヨロと立ち上がりお互いの無事を確認し始めた。


「あ、あの~」

「ん? あ、ああアンタ達か」

「あっ色々教えてくれた冒険者のお兄さん!」

「い、いや~恥ずかしい所を見せちまったな」

「そ、そんなことよりいつの間に追い越したの?」

「あ? あ~俺達はアンタ達より先に扉を通過したから」

「でも擦れ違っていないよね?」

「前室は冒険者の数だけ用意されている。だが前室の扉の先は全てだがな」

「そうなの? なら後から冒険者がやってこないのは何故?」

「お前達がスタートラインから移動しないから」


 親指で床を指差す。


「心構えと準備は前室でしとけ。出ないと前の部屋の様に人数がモノをいう戦場だったら、新たな冒険者がやって来れずに不利になるだけだ」


「う、うん了解」

「それじゃあな」

「あ、ちょっと待って!」

「?」

「何故そこから現れたの?」

「…………俺達?」

「そう!」

「……落ちるとここに戻されるから」


「「「お、落ちる⁈」」」


 落ちると言う言葉にピクッと反応、目線だけを深淵に向ける。


「まあ死ぬ事はない。初めは恐怖でしかないが何回か落ちれば慣れる。だから諦めずに頑張れ! 因みにここでの戦闘は一回だけだ」


「な、慣れるのーー⁈」

「ああ」


「私は未だに慣れない」

 隣の冒険者の女性が肩を窄めて見せる。


「そうか?」

「あの落下してる時の感覚……縮むわーー」



 落下? あーー無重力感覚のことね

 それなら大丈夫

 私達は慣れてるから



「さあ、先を急ぐぞ!」


 親切なお兄さんは振り向きもせずにY字路の左手を進んで行く。

 すると姿が暗闇に紛れて見えなくなるのと同時に通って行った足元の床も手前から消えていく。


「!」


 目がまん丸になる。


「引き返せない?」

「先がどうなっているか分からないけどやり直しが効かないって事ですよね?」

「行き止まりなら落ちるしか無いっちゅうことかいな?」

「その時はエリーさんに頼るしかないですかね?」

「それよりも我は戦闘は一回だけと言っていた事の方が気になる」


「考えててもしようがないから行くわよ〜」

「そうなの!」


 変にテンションが高い二人。

 その様子を見て皆の肩の力が抜けて行く。



 まあ落ちたらここに戻ってくるだけみたいだし、気楽に行きましょうかね!



 気持ちを切り替えラーナを先頭に一列となり右の道へと進んで行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る