行こう!

「ラスボスって椿のことかいな?」

「他に誰がおんねん?」

「いやも一人おるやろ? ローナの姉さんちゅう……」

「マキちゃんが言ってたって〜姉さんに間違い無く伝えとくわね~」


「じょじょじょじょ冗談です‼」


 頭を畳に擦り付け必死に平謝りするマキ。

 明らかに冗談を言う相手を違えているわ。


「次も調査艦が相手なんですか⁈」


 土下座しているマキに構わず質問するシャーリー。


「そうなるかしらね~」

「また……あんな数が相手……なの?」

「エリー殿救出時には三十万に歓待されたぞ?」

「さ、三十万⁉ それをお姉様がお一人で⁈」


 呟くソニアに対し「それがどうした?」といった感じで笑みを浮かべながら平然としているシェリー。

 そして三十万という数にもまったく気にも留めない素振りをしている姉を見て驚くシャーリー。


「えーとそこまでは多くはないなかー」


 腕を組み頬に人差し指を当て首を傾げながら答える。


「……そうか! そうですよね。基地が四つで敵が分散するってことは、上手くいけば1/4ですよね」

「確か調査艦の総数は約百万……やったか?」

「先日Cエリアは約六万。シェリーとこが三十万。ウチと姉さんで約六万。あとはあの不良兄弟がどこまで削ってくれてるかだな」

「不良兄弟?」

「愛想悪い変態兄弟のことや!」

「変態?」

「変態は弟。愛想悪いのは兄貴やな」

「もしかしてルーク&ルイスのこと〜?」

「そうです」


「……あいつら生きてたの?」


「おう! 馬車馬の如く姉御に扱き使われてたで~」

「いやいや寧ろあの二人にはとっては良い修行になっていると思うぞ」

「修行か! そりゃええ言い方やね! 見てて可哀想なくらいかなり痩せとったし立派な修行僧の出来上がりやね!」


「痩せた?」


「はい。あの二人、元々体型には恵まれている方だとは思っていましたが何せあの性格の為、鍛えることもせずに宝の持ち腐れ状態でしたが、ローナ殿の適切な管理・監督の下で行った修行の結果、色々と無駄な部分が削ぎ落とされた様で、ちょうど良い具合に仕上がっているのではないかと」

「うぇ? 丁度良いって目の下真っ黒で話し掛けても反応ゼロ、歩き方もゾンビみたいやったやん。あれで良い具合なん?」


 二人はあの兄弟に対する見方に多少温度差があるように感じる。

 ただ話の内容から察するに、暇がない程働いているって事だけは理解出来た。



 うんうん、流石はローナ。



 これは今までに無い良い展開で聞いていて爽快な気分になれる。

 常々思っていたがあの兄弟に一番足りていないのは、それこそ探索者としての「気概」だと思う。

 ちょうど良い機会だしローナに徹底的に鍛えて貰って、世のため人の為に役立って下さいね。



 って私も偉そうなことは言えないけどね!



「なのであの二人が昼夜を問わずひたすら調査艦の数を減らしているので、かなりの数を期待しても良いかと」



 お? 期待しちゃってもいいのかな~?


 いやいや、やはり減ったところを確認するまでは役に立ってるかどうかの判断は下せないよね。


 まあローナが関わっているんだから間違いなく成果は出ている筈だ。



「どのくらい減ったん思うかい?」

「研究所にいた同数を期待したとして残りは三十から多くて四十万」

「それが1/4で約七から八万」

「数だけで言えば然程多くはない。だが……」

「「「だが?」」」

「先日戦った時は、探索艦を一時的に無効化させるウイルス弾などの飛び道具や、跳躍を使った特攻を仕掛けてきたから油断は出来ない」


「「「ち、跳躍‼」」」


「ウイルス弾は触れなければ何てことは無いが跳躍だけは認識外から来られたら避けようがないな」

「そんな相手に良く勝てたわね〜」

「いえ、我一人では……それはミアが敵を操り退けてくれたので」


「ミア……そうだ! ミアがいれば」


「……ダメだ、ぞ。ミアに期待し過ぎ、は」


「どうして?」

「……ハッキングってのはな、相手が組んだプログラムを「解析」した上で、有効な「改変したプログラムウイルス」を注入して初めて効果が出るもの、だ。もし相手がミアのプログラム手の内のパターンを読んだ上で新たに組んだプログラムウイルスを使ってきたならば、ミアはさらにそれを「解析」してからでないとハッキングは成功しないの、ね。当然だが逆も同じ、だぞ」

「イタチごっこか」

「……そう。その辺に転がっているベテランハッカーと比べれば五次元くらい上の階層にいる奴らだから、ね。相手の攻めに防衛しながら、同時に数万通りのウイルス展開してるけど、それはお互い様だから、ね〜」


「……つまり解析している間は私達が体を張って防がなければならない、と」


 頷くノア。


「……一応、不在見越して各基地AIにそれ対応のプログラムは入れてある、けど。ただ解析ちゅーのはだな、数秒で終わるかもしれんし、一時間掛かるかもしれんし、エンドレスかもしれんし、こればかりはやってみんと分からんし、攻防には「感性」に頼る部分もあるから、ね。ましてや双方、一度手の内を晒しておるから、の~。次に相まみえる時のミアは間違いなく本気モードになっちゃう~、かも? 嬉し過ぎて周りが目に入らなくなっちゃう〜、かもかも?」

「うーん、どっちにしてもここにはミアはいないし」

「……ま、我々はやれる事はしてきた、し〜。物理的な分野だけなら私レベルの奴はこの世には存在せんから〜局地的に限ればこちらが有利なのは間違いないので〜そこを上手く生かすしかない、な~。よって個人の奮戦を期待するってところ、だな」


「ところで敵は調査艦だけ……よね?」

「多分……」


 自信なさげに応えるラーナ。


「というのも〜少し前から第五世代型が〜探索部施設から一斉に〜何処かへと移動したぞ〜ってちょっと前に情報部から報告が届いてるの〜」

「第五世代? そんな何年も前の旧式まだ残ってたんだ……ってそれも来る可能性があるの?」

「タイミングが良過ぎて判断に迷うのよね〜全く〜」

「もしかして基地改造ってそれを見越してのこと?」

「そっちはサラ主任主導で、最悪の事態を想定しての改造なのね〜。今回はその最悪の可能性が当たってしまった〜というだけ〜」

「最悪の可能性?」

「主任はね〜当初は襲撃して来る敵は調査艦と整合部の艦を〜想定してたのよね〜」

「予想より増えてるってことか。全く次から次へと」

「とさっきから不安を煽りまくってるけど〜まだ時間的猶予はあると思われます〜。なのでその時が来るまでは二班に分け〜来きたる時に備えて行動してもらいます〜」

「二班?」

「そう〜「遺跡周り班」と「防衛専門班」とにね〜」


「ちょっと待って! まだ色々と聞きたいことが順番待ちしてるんだけどその前に、何でまだ時間があるって分かるの?」


「エリスちゃんが〜ここに~いるから〜」

「……つまりエリスがいる間は安全だ、と?」

「絶対安全〜とは言えないけど〜ね」

「エリス自身は?」

「それも同じ〜絶対安全〜とは言えないけど〜ね」


「私達が「遺跡周り」をしている間……と言うか「力」を付けている間は具体的な行動は起こさないと思う」


 エマを横目で見ながら菜緒が呟くように言う。


「力……探索者の殲滅……ねえ、何で殲滅なの? 何でそれが目的って分かるの?」

「それは……ヒミツ♡よね?」


 菜緒をチラリと見た。

 エマも菜緒を見る。

 菜緒は体勢そのままエマの目を見つめ返す。


 静まり返る室内。

 僅かな間、瞬きせずに見つめ合う二人。

 場の空気が僅かに張り詰めていく。


「それに関しては限りなく低い可能性として考慮されてたみたいだけど、今ではほぼ確定してしまった。申し訳ないけどローナさんの意見を聞くまでは理由は話せない」

「どうしても?」

「…………」


 目を背けることもせずエマを真正面に見据えたまま微動だにしない。



 ……こりゃ話す気は無さそう


 多分、不確定要素があるのと、みんなに気を使ってのことだろう。


 だから言えないんだ、いや言わないんだと思う。



「分かった。考えてみたらその殲滅ってのが私達にとって一番ヤバい事態だしね。それに備えとくに越した事ないし」


 諦めて視線を逸らす。

 すると菜緒は目を伏せて軽くため息を吐いた。


「で~メンバーはどないするんや~?」


 マキがを和らげてくれた。






「はいはい~確定しているのは〜遺跡班はエマ、エリー、菜緒、菜奈、そしてエリスちゃんの五名と〜防衛班はシェリー、シャーリーの二名〜かな」

「ラーたんは? 他の者は?」

「どうしようかな~」


「ちょっと待って下さい!」


「どうしたの~菜緒ちゃん~」

「我々の班には同行者はいりません!」

「何で~?」

「椿が干渉してくる可能性があるんです」

「はい〜? どんな干渉?」


 菜緒は敢えてソニアをチラ見する。

 見られたソニアは取りあえず作り笑顔を見せる。


 その様子を見ていたラーナは数回、両方を交互に見てから数秒考える素振りを見せる。


「……そういうこと。それは不味いわね~」

「いつ現れるかも分かりません」

「椿のことか?」


 シェリーがキョトンとした表情で聞いてきた。


「そう~」

「それならリンが分かるのでは?」

「ちょっと無理かな~」

「何故です? リンの任務は椿を……」

「むーーりーー」

「そ、そうなの……ですか」

「リンちゃんの任務はもう終わっちゃってるのよね~」


 珍しく意見を寄せ付けようとはしないラーナ。

 その様子にこちらも珍しく弱気になるシェリー。


「出来れば一回だけでも全員連れて行きたかったけどね~」

「それには私も賛成ですが実際の問題としてリスクが」



「行こう‼︎」



 突然立ち上がり皆に向けエマが叫ぶ。

 すると全員の視線がエマに集まる。


「行こう! 全員で‼︎」


「ちょっ、エマ!」


 慌てて止めに入る菜緒。

 言いたい事は良く分かるが敢えて無視をして続ける。



「大丈夫、私はエリスを、椿を信じる‼︎」


「え? 待っ…」


「えーーいいつまでもグタグタ言うんじゃなーーーーい‼︎」


 菜緒に対し遂にキレるエマ。


「椿とはいつかは会わなきゃならない! 安全そうな道選んで進んでも、いつかは必ず会わなきゃならない! それが向こうから会いに来てくれるってんなら喜んで会ってやろうじゃない! それで「消される」ってんならそこまでの「運命」だったってことだ!」


「運命……」


「大体あたしゃ椿に会ったら言いたい事があるんだわさ!」


「何を?」


「ラーたん」


 ラーナに向き直る。


「な、な〜に〜?」

「話は変わるけど半日くらいなら基地、空にしても問題ない?」

「え? ええ~多分~」

「良し! 全員、明日エリスと合流したら早速出掛けるからそのつもりで準備しておくこと! これはエリアマスターとしての命令だ!」


「「「は、はい!」」」


 ソニア、ラン、シャーリー、リン、マリ、菜奈の気合の入った返事。


「言いたい事って?」

「会ったら本人に直接言う!」

「「「はぁ?」」」


 菜緒、ラーナ、マキの息の合った困惑混じりの盛大なため息。


「「「ウフフ」」」


 シェリー、エリー、ノアの達観した含み笑い。


「ウジウジ悩むのは止め‼︎ 辛気臭い会議話は終了‼︎ サッサと宴会呑み会を始めるぞーーーー!」

「「「おーーーー!」」」


「呑むぞーー!」

「「「おーー!」」」


「暴れるぞーー!」

「「「おーーーー!」」」


「無礼講だぞーー!」

「「「おーーーーーー!」」」


 キレたエマにより強引に会議が打ち切られると、和風モードのメイドさんが間髪入れずにやって来て、座敷宴会定番の料理が乗っているお膳台を皆の前に置いていく。


 次にそれぞれのグラスに飲み物が注がれると大宴会へと突入していった。




 二時間後・・


 広い宴会場には顔を真っ赤にしたエマ、ノア、エリー、ラーナがおり、エマの両太ももに頭を乗せながら寝ている菜緒と菜奈が残っていた。


 他の者達はほろ酔い気分になったところで早々に引き上げて行った後、六人は円の中央に集まり再度乾杯を交わした。


 その時に菜奈がウトウトし始めたので自らの足の上に強引に頭を引き寄せ寝かせると、姉もすぐ様真似をして遠慮なく頭を乗せて寝てしまう。


 それを見てラーナとエリーが笑みを浮かべる。


「しかしこの二人も大きくなったわ〜」


 捲れて太もも丸出しの二人の浴衣の裾を、起こさないように注意して直してあげるラーナ。


「ここも?」


 溢れ落ちそうな胸元はエマが直す。

 ラーナは返事はせずに笑みで肯定した。


「そう言えばラーたんは二人の面倒を見てたって?」

「そうね〜」

「それは……いや何でもない」

「な〜に〜?」

「何でもない」

「ウフフ。正直に言えば初めは任務としてね〜接近したんだけど〜会ってみたら凄くいい子達でね〜ほっとけない〜ってね〜」

「うん、そこは同意」

「姉さんの計画では〜この二人も〜エマちゃん達と一緒にBエリアに押し込む予定だったんだけどね〜」

「ダメだったんだ?」

「そう〜サラ主任の計画にはエマちゃん達しか入ってなかったから〜」

「サラは何で私達の事は知ってたの?」

「経緯は知らない〜。想像だけど〜アリスちゃんか〜「長老」か〜、それこそ「彼女」が関わってるんじゃないのかな〜」


 視線を外し首を傾げて「分かりません~」といった仕草を見せる。


「サラは菜緒達の存在は知ってたのよね?」

「この子達〜特に菜緒ちゃんは〜優秀な探索者候補生〜として一部では有名だったからね〜」

「優秀な?……もしかして私達の実験の事、サラは知らないの?」

「あれ〜言わなかったっけ〜?」

「と言うことはクレア達の事も?」

「同じく探索者候補生として〜。クレアちゃん姉妹に関しては〜Bエリアの訓練施設に所属してたから〜知っていたってだけね〜」

「ならクレアや菜緒達が「贄」になる可能性が高いって知らないの?」

「可能性って言ったら誰にでも可能性があるのよね〜?」

「そうだけど……」

「えーとね、例え協力関係であってもね~お互いに言えないことがあるってことなのね~。サラちゃんだって〜エマちゃんも知っての通り〜アリスちゃんとエリスちゃんの秘密を教えてはくれていないよね〜」


「何で秘密にしてるんだろう」


「余計な負担を増やさないためじゃない?」


「……そうか。教えた為に逆に気を遣わなければならないし、さらに行動が制限されてしまう」

「そう〜。だからお互いに邪魔をしない・されない範囲で情報公開をしてるんじゃないかな?」


「なるほど! 流石エリ姉」




「逆に情報を与えることに寄って行動を縛ることも出来るのよ♪ これらは初歩の初歩〜♪」


「「‼︎」」


「「?」」




 え…………そ、その声…………ま、まさか?


 周りを見渡すが声の主の姿は見当たらない。


 もしかしてまたアルのイタズラ?



 だが目の前の娘の表情が、穏やか笑顔から一変し、オロオロ怯え顔に変化してるので「本人」の声だと証明してくれていた。



「……ローナ……?」



「貴方達〜♪ 私達を除け者にして、何か楽しそうな話してるじゃない?」


 今度はハッキリと声が聞こえたので振り向くと、入口に漆黒色の宇宙服を着て笑顔を浮かべたローナと、鮮やかな若葉色の宇宙服を着て何かをモグモグと食べているミアがこちらを向いて立っていた。

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