蜂起!

 元帥の命令という事もあり椅子は直ぐに届けられたので遠慮無く腰掛ける。

 座った途端、椅子に違和感を感じた。



 ──なんだこの椅子は? 基地の居酒屋の椅子の方が余程座り心地がいいぞ? 私には全く合わないな……



「では探索部のBエリア基地で発生した消失の件から判明している事項を


 議長役の元帥がサラに言い放つ。

 その言葉を聞き、先ほどのやり取りが予め予定されていたものだったと確信に至る。


「はい。今回我がBエリアとDエリアに突如出現した二重惑星の調査を行った際、どうやら「あちら側」の世界に渡っていた惑星が戻ってきたものだと判明しています」


 皮肉を込めて敢えて「我が」を付ける。


 ざわつく議場内。

 この反応を見るに、整合部としては、事の成り行きを見守るだけで大した調査は行っていないように思える。


「それは……誠の事か?」


 この元帥の驚き様で確定してしまう。その中に探索部との情報の差も含まれる。

 とはいえ想定の範囲内の反応なので華麗にスルーし、話を進める。


「はい。記録に残されていた位置や惑星の特徴等、極め付けは「遺跡」まで現存していたのでほぼ間違いありません」

「なら消失は完全に再開してしまったということで良いのだな?」

「はい。それに伴い椿の計画が動き始め、人為的な消失に繋がったと思われます」

「人為的? それはどういうことだ?」

「椿達により人為的に消失が起こされ、それによりすぐ傍にあった惑星ドリーが釣られる形で自然現象によって消えてしまったと推測致しました」

「お、起こせるのか? ……消失を」

「ほぼ間違いなく」

「で、では消えた惑星はどうやって戻ってきたのだ?」

「それは……あちら側にいる桜のお蔭げかと」

「桜も……使えるのか?」


「のようですね」


 驚く元帥達とは対照的に淡々と話す。


「人が消失現象を操るなど……」

「疑いようのない事実です。現にこちら側にいる椿により我が基地の一部と、さらにDエリアの探索者一名をあちら側に送り込んだのをこの目で目撃しています」

「「「…………」」」


 遂には全員黙り込む。


「皆さんがここに閉じこもっている間に例の研究所は着々と成果を上げていた、ということですな」

「なら我々の選択肢はもう限られているのではないか?」

「……あちら側に付くと?」

「そうだ!」

「皆さんは椿の願いはご存じですよね?」

「ああ。姉である桜と入替で「贄」を送り込むというやつだろう?」



 これはサラが探索部へと移る際、両部門との間で取り交わされた「表向き」の取り決め。なので便利も図ってくれたし、サラも沿行動してきた。


 ただ「表」があれば当然「裏」もある。「裏」となる目的に関しては「長」と当事者であるサラを除き、この場にいる者達は知らない。


 なのでこの場でのやり取りはあくまでも「表向き」な報告でしかない。



 チラリと右手側元帥を見ると、サラを穏やかな目で見つめていた。


 ──これは……期待されているな。


 元帥の願いを知っているサラからしてみれば、お互い目指すところは違えども思いは同じ。

 そしてこのタイミングで呼び戻されたのには意味がある。

 そう、昨日中将から聞いた内容。

 なのでしない手は無い。


 一度目を閉じて一呼吸入れてから話しを再開する。


「……では椿が桜を取り戻した「後」のことは?」


「後?」

「はい。椿の願いは桜との再会を果たすこと。その願いが叶った後、椿がどうするかを皆さんは考えたことはおありでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「椿はこの世界にもう何の未練もない。そこは間違いなく。こんな理不尽な世の中など消えてなくなればいいと考えているフシすらあります。ただあちらの世界から来た少女アリスとの間で、あちらの世界の消失現象が解決するまではお互い協力するという約束がなされている為、その時まではこの世界は無事であり続けましょう。ですが事が済めばこちらの世界は椿の手により一気に破滅に進む可能性が高い、という事です」

「破滅? 自分椿達がいるのにか?」

「今、言いましたよね? 何の未練も無いって。もし姉と共に生きる道を選ぶのであれば、生存が確認出来た今、別にこちらの世界である必要もないと思いますが?」

「い、いや「あの方」がそんな……」

「それに椿が目論んでいる計画が全て上手くいくとも限りません。どこかで破綻してしまい椿姉妹が使い物にならなくなってしまった場合、この世界を救えるのは新たなる「贄」だけではありませんか? もしその「贄」がこちらの世界に残っていなかったらどうなりますか?」

「…………」

「椿の計画の一つがこちらの世界の「破滅」であったのなら?」

「だとしても一人でこの世を破滅させる事など不可能ではないか?」

「別に「消失現象」に頼る必要はありません。他に幾らでも方法はあります。例えば二百年前の「粛正」のようなやり方もその内の一つです。他には奪った調査艦を対象物にや惑星にブチ込むとか、アンドロイド達を操るとか、自ら動かなくても命令一つで事は済みます」


 前後左右分け隔てなく静まり返る議場内。


「そ、それは大佐の推測でしかなかろう」

「確かに。の口から直接聞いた訳ではありませんので。ですが今、小官が言った事を皆さんはこの場で否定する事が出来ますか?」


「き、詭弁だ!」


 左手の元帥が机を叩きながら叫ぶ。


「そう、事実は違うかもしれません」

「仮に破滅させるとして「あの方達」が再度あちら側に渡るのには多大な労力が必要であろう!」

「その問題が既に解決済みであったのなら?」

「なっ!」

「あれから二百年。椿達が何の準備もしていないとお思いで?」


「準備している可能性が高いな……」


 右手側の元帥が皆に聞こえるように呟く。


「その通り。私ならあらゆる事態を想定し備えておきます。特に椿はそれが出来る位置にいるのですから」


「な、ならアリスは? あの姉妹達はどうなる?」

「彼女達はあちらの世界さえ無事であれば、己の身はどうなろうと構わないと考えています」

「そ、そんなことはあり得ない! 散々我々が援助してやったその恩義を蔑ろにする様な事を!」

「援助……ですか。まあ仮に整合部が行った行為が援助だったと仮定してもアリス本人がその援助に感謝をしていると本気でお思いなのですか? この世界を身を犠牲にして救ってくれようとしてくれる者に対して「してやったから感謝しろ」と本人の目の前で言えるのですか? 仮に元帥が彼女達の立場であったとしたら、同じことを言われて「はい分かりました」と納得が出来ますか?」


「…………」


 愕然とする左手元帥。


「なら「あの方」が集めた者達の事はどう説明をする? 彼らはその可能性を知らぬ訳ではあるまい?」」

「研究所の事ですか? 彼らは人員選考の段階で本人達にその旨を伝え了承した上で参加させていたとしたら? 椿と同じ思いの者達だけを集めていたとしたら? 椿の望みを叶える為に協力を惜しまない者達だけだとしたら?」


「…………」


 言い返せない議長役の元帥。


「先程も言った通り、私もこの件に関して椿本人と話した事はありませんし、研究所の件はあまり詳しくはありません。なので状況推測とアリスからの話を総合的に判断した結果、導き出した答えだと思っております」


「探索部は如何様に考えておるのだ?」


 議長役の元帥が聞いてきた。


「機密事項に該当するのでお答え出来ません」


 言える訳がない。


「今はその様な事を言っている場合ではなかろう!」

「ならこの様な事態になるまでみなさんはどこで何をなさっていたのですか?」


「…………」


 またまた黙り込む議長役元帥。


「我が探索部と情報部はこの世界を守る為、自分達が出来る事をしてきた。皆さんはその間、高みの見物を決め込んで何もせずにいたのではありませんか!」

「そんな事はない! この世が平穏なのは我らの努力によるものだ!」

「それはご立派ですな。それならこの事態を直ぐにでも解決に導いて頂きたい」

「ぐぬぬ……わ、我は「あの方」を信じておる」

「どうぞご自由に。夢を見たまま滅びを待つのは貴方の自由。但し他人を巻き込まないで頂きたい」


「な、生意気な! たかが探索部ごときが!」


「たかが?」


 その言葉にサラの片眉が反応する。


 左手の元帥から目を離さず話していたサラは一瞬だけ右手の元帥の表情を見て意思を確認した。

 するとサラにだけ分かる様に口元に笑みを浮かべた。


 ──本当にこれで良いのですね……


 元帥の意思を読み取ったサラは話を続けた。


「たかが、とはどう言う意味ですかな?」

「その通りだ! 貴様ら探索部は「あの方」の筋書き通り動いていれば良いのだ!」

「フッ」

「わ、笑いおったな⁉︎」


「これが笑わずにいられるか‼︎」


 怒鳴るサラ。

 ついでに腕と短いスカートから伸びた足をゆっくりと組んでから左手元帥を睨みつけた。


「き、貴様ーー! 探索部など潰してやるわ!」

「それは整合部の「総意」と受け止めて良いのだな? もしそうなら我々は一切妥協はしないし、整合部は必ずや調査部と同じ運命を辿る事になるぞ?」

「なっ……」


 ここにいる者は全員、調査部の現状は当然知っている。


「そうだ。お主は「探索部特権」の事を失念してはおらぬか? ましてやこれ程の大事なこと、お主一人で決めて良い事でない」

「右に同意する」


「くっ……ええいもう良い! 其奴を捉えよ!」


 元帥の号令で左手側全員が立ち上がる。

 それを見て今度は右手側全員が立ち上がり、お互い睨み合いを始めた。


「貴様らにプライドはないのか⁉︎」

「プライドでは世界は守れん」


 右手側元帥が見ずに答える。


「ぬぬ! お主はどうなのだ?」

「ここは一時休憩とする。大佐は一度退出せよ」


 議長役の元帥が間髪入れずに宣言をした。



 騒然とする中、サラは面倒くさそうな素振りを見せながら指示通り立ち上がりサッサと議場を出て行こうとする。

 その際、視線を感じたのでそちらを何気なく見ると、視線の主は元帥達の後方にいたあの男性であった。

 その男性と一瞬だけ視線が重なったが特に気にも留めず、男性が見ている中、議場を後にする。


 暗い通路を抜け出ると正面に、葵が心配そうな顔で立って待っていた。


「お疲れ様」

「ああ、疲れた」


 笑顔で応える。


「一時間休憩ですって」

「そうか」

「お茶でもしない?」

「そうだな。行こう」


 そのまま葵の案内で近くのサロンへと移動した。

 因みにこのサロンはアンドロイドもいない完全なセルフサービス。

 この様なサロンは「人間」の比率が多い整合部では大抵誰かしらが利用しているのだが、今は不思議と誰もいない。


「それで会議はどうだった?」

「ダメだな。あれは」


 何の変化も感じられなかった。


「どう言う風に?」

「状況を全く理解していない」

「……そう」

「ただし忠告はした。後はどう判断するかだ」

「変われるかしら」

「知らん。そこは私が関与するところではない」

「…………」


 葵には申し訳ないがサラが古巣にしてあげられる事は何も無い。


「変わる為には何かを犠牲に……ん?」


 突然葵の顔前に空間モニターが現れた。

 読み始めた葵の表情が一変する。


「……サラ、行くわよ‼︎」


 勢いよく立ち上がる。


「どうした?」

「政宗中将から「あの方寄り」の派閥が一斉蜂起したって!」

「……そうか始まったか……」

「何呑気にしてるの! 貴方もターゲットの一人なの!」

「私が?」

「急いで!」


 回り込みサラの腕をを引っ張る。

 仕方無しにゆっくりと立ち上がった。


「因みに私の身柄の確保が目的か?」

「見つけ次第始末せよ……って」

「フッ……そうか」

「フッ……とか言って余裕カマしてる暇があったらサッサとここから逃げる‼︎」


 サラの手を強引に引っ張り走り出した。



「で、どこに行くんだ?」


 走りながら葵の後を付いて行く。


「連絡艇までの退路は確保出来てるって」

「危険だな」

「どうして?」

「今は蜂起した側がイニシアチブを取っている。その状態で確実に私を始末するつもりなら、どこで待ち伏せするのが最適解だと思う? 葵ならどうする?」


 立ち止まり考え込む葵。


「……間違いなくそこにいて抵抗出来ない状態で確実に……連絡艇?」

「その通り。だからこんな状況でも退路の確保が出来たんだ。多分宇宙で待ち伏せしている」

「じゃあここから逃げられないってこと?」

「大丈夫。ここから一番近い緊急避難用脱出口は分かるか? 出来れば連絡艇がある方とは逆側」

「え? ち、ちょっと待って。すぐ調べるから」

「頼む」


 その場で空間モニターを開いて調べ始めた。

 結果が出るまでサラは周囲に気を配る。


「えーと……ここね。ここから500m程先にあるわね。でもそこに行っても脱出ポットも避難艇も宇宙服すら何も無いわよ?」

「それでいい。寧ろ好都合だ」


 と言ってサラは目を瞑り何かをブツブツと呟き出した。


「さ、サラ?」

「…………良し。少し時差はあるが問題ない。さあ行こう」


 再び走り出すサラ。その後を慌てて付いていく葵。


「な、何?」

「ん? 大丈夫、手はある。それより葵はどうする? 一緒に行くか?」

「私は行けない」

「そうだな。中将のそばにいてあげてくれ」

「え? そ、そう言う意味じゃ……」

「私はそう言う意味で言ったんだぞ? 結構お似合いだと思うが……な」


 直ぐに緊急避難用脱出口に到着した。

 着いた早々、サラは脱出口を瞬きせず見つめ始める。


「で、どうするの?」

「ここを開けてくれ」

「ち、ちょっと何言ってるの? 外は真空よ?」

「大丈夫だ。早く開けてくれ」

「む、無理ーー! 宇宙服も着ないで自殺行為ーー!」

「だから大丈夫。既に外には迎えが到着している」

「へ? だ、誰が来てるって?」


 問いに無言で微笑むサラ。

 このサラの笑顔は勝算がある時特有の笑みだと葵は知っていた。


「…………もう!」


 観念したのか真空状態に備え大きく息を吸込んで止めてから、壁の専用端末を操作して脱出口をゆっくりと開けた……


 するとそこは真っ暗な宇宙空間……ではなく、エアー漏れもなく所々に明かりが灯った通路が伸びていた。


「ぷはーーーー……え? 何これ?」

探索艦タクシーだ」

「え? え?」

「探索部本部から呼び寄せた」


 狭い脱出口から暗闇に入ったところで葵に向き直る。


「た、探索艦ってそんな事も出来るの?」

「ああ。この艦はBウチのエリアの艦でな。私の管理下にあるから自由に使える」

「あ……そう。そうならそうと早く言ってくれれば!」


 両手をバタバタさせて可愛らしく怒り出す。

 その姿を見て頬が緩む。


「スマンスマン。お詫びに少しだけ加勢しよう。中将に連絡は取れるか?」

「え? ええ」

「外に味方となる艦がいるか聞いてくれ」

「ちょっと待って…………これから出すところだって」

「なら見分けがつかなくなるのとだから一切外に出すなと。あと今後暫くの間は探索部関連施設には近付かない様にと。間違って落とされても責任は取れない。そう伝えて貰えば分かる筈だ」

「分かった」


 大きく頷く。


「それとこの騒動は程なく鎮圧される筈だ」

「どうしてそんな事が分かるの?」

「フフ、私も利用された口だからな」

「どう言う事?」

「直ぐに分かる。ただ利用された分、倍にして返しておいたがな」

「倍にして?」

「中将達なら分かっていると思う」


 葵は議場にいなかったので理由は知らない。


「そうなの?」

「ああ。そっちのことはもういい。それより鎮圧されるまでしっかりと身を隠しているんだぞ」

「サラも気をつけてね」

「ああ、色々とありがとう。それでは達者でな」


 礼を言い終え葵を残したまま入口を閉じた、と間髪入れずに脱出口も閉まった。



 球体内コックピットに着いたサラはいつもの表情に戻してから艦に命令を下す。


「さて、は完璧に終えているな? それではウォーミングアップと洒落込むか! 今すぐ外に出ている敵艦全てを蹂躙せよ!」


 隠蔽迷彩状態の「ワイズ艦」は無言のまま卵型へと形状変化をし直ぐ様移動を開始した。




 十数分後……

 周囲には、以前エマが原材料採掘にて小惑星に穴を開けたのと同じ状態の整合部の艦が数艦、無残な残骸を晒して浮かんでいた。


「これで最後だな。まあ不意打ちとはいえ探索者ではない私が操っているんだ、多少時間が……ん?」


 蹂躙を終え自己採点と反省を始めるため、シートに座ったままコーヒーを飲もうとしたところで眼前に空間モニターが現れメールが表示された。


「長から? ………………⁉ 私が………………了解したと返信」


 信じられない物を見たという表情のまま艦に対して、白色卵型のまま基地ホームや探索部本部とは違う方向へと進めるよう指示を出した。

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