第86話 スキル開花?


「相変わらず元気そうですね」

「おう、お陰さんでな……いや、ウチはどうでもええねん! てかアリスはここで何しとんのや!」

「まあ色々とありまして。ところでマリさんとは会えました?」

「いやまだやわ……って何でマリがおらんの知っとるん?」

「私も基地ホームにいたので」

「……お、そうか! ならマリアイツの居場所は知らんか」

「フフ。残念ですが(基地で)お見かけしたのが最後ですね」

「そうか……。ま、その内会えるやろ」

「その通り。必ず会えますよ」



 同じエリアで気心の知れた同僚だからこそ気兼ねもなく話している。そこには違和感もない、在り来たりな普通のやり取り。


 そんな光景を唖然と眺めている菜緒。

 普段の彼女なら直ぐにでも考察を始めるタイミングだが、動揺している今はそれどころではなかった。


「アリスが椿の擬装真似事をしていた」ことにではない。勿論、身バレは織り込み済みの行為に対しては最大限の注意を払わなければならないが、今は椿との関係よりも優先度が高い心配事で頭が一杯だった。


 それは何かと言えば、擬装に使用していた迷彩技術のレベルの高さ。

 現在その技術を使いこなせるのは天探女だけ。本人は「誰にも真似はできない」と公言していた。

 それは本当のことで、詳細は省くが基地AIがあってこそ成り立つ技術であり、唯一の弱点を知っている自分と奈菜を除けば見破るのはほぼ不可能。

 それほど高度でな技術を他人であるアリスが使いこなしていた。


 使っていた。つまりはこのAエリアの基地AIを自由に使える立場にあるのと同義。

 それはつまり「最低でも」自分の上司と同じレベル、いや肩書きはただの探索者なのだからそれ以上の技術力の持ち主であると。


 天探女上司の素性は未だに知らないし、今まであまり興味も無かったが、もしかしたら椿と関係があるかもしれないと思うと不安が……不安が……あ、あれ?


 た、ただこのBエリア探索者である金髪の少女は「別世界から来た少女」であり「サラ主任が言っていたあの友人」なのだろう。

 しかも椿やレベッカと直接の面識があるのも確実なのだから有益な情報は山ほど持っている……に違いない。

 今は椿ではなくアリスこの人物と会えたことを素直に喜ぶべき。


 マキの態度と先程のやり取り。

 見ていた限りでの第一印象では悪いタイプには見えないし、私達に対して害意もなさそう。

 ならば問題ごとは一旦棚に仕舞い、様子見するのがベストと割り切り、成り行きに任せることにした。



 今後の方針が決まったタイミングで二人の和やかな挨拶も終了。そこで席から立ったアリスはエマ達の方へ移動してゆく。

 それを見て菜緒とマキも少し間隔を開けて付いて行く。


 一方、近付く足音に真っ先に気付いたのがラン。顔を向けるとそこにはアリスの姿が。


「あ、アリス? ふぇ⁈」


 目をまんまるにさせて固まる。


「ランさんもお久ぶり〜」


 下げていた右手の肘から先を軽く上げ軽い挨拶を交わしながらランの横へ。そのままクレアの寝顔を眺めてからエマへと視線を移す。

 見れば目に涙を溜めクレアの手を握しめていた。


「……エマさん?」


 透き通った声で優しく囁きながら顔を覗き込む。

 すると名に反応し僅かに顔を上げるが直ぐに視線をクレアに戻してしまう。


「「「…………」」」


 あまりもの変わりように一同は声が掛けれない。

 そんな微妙な空気が漂う中、エマがポツリと呟く。


「なんで……クレアばかり……こんな……悲しくて辛い思い……しなくちゃならないの……」


「お姉様……」「エマ姉様……」


 小さな呟きだったが全員にははっきりと聞き取れた。


「……私の……せい?」


「違います!」「それは違うの!」


 前と右に座っていた二人が即座に否定。


「ううん……きっと私の……せい」


「違う……エマちゃんのせいじゃない」


 菜奈も必死に? 否定する。


「私がラングで誘いを断っていれば……」


「おいおい、何言いだしとんのや?」


 カプセルの足元側にて困惑顔のマキ。

 この中で一番付き合いが長いマキですら、こんな憔悴したエマの姿を見るのは初めて。


 これは良くない流れ。

 このままではクレアが復活する前にエマの精神が持たないと誰もが思い始める。


「ゴメンね……クレア。私があなたを……こんな目に」


 ……自分達では力不足。こんな時にローナかラーナがいてくれたら。


 皆がそう思い始めたところに音もなく近付く者が。

 その者はエマの背後から抱き着くと耳元で何やら囁く。


「……ねえ、エリーさんはどうするの?」

「……エリ姉?」

「見捨てるつもり?」

「…………ううん」

「そうよね。エリーさん、貴方との再会を心待ちにしてるだろうし」

「……うん」

「貴方は? 会いたくないの?」

「……会いたい」

「そうなの? こんな泣き虫の妹を見てエリーさんなら何て言うかしら?」

「……怒られる」

「ならクレアなら? クレアが起きた時に貴方が泣いてたらどう思う?」

「……悲しむ」

「そこまで分かっていながら泣いているの?」

「……だって……でも……」


「貴方なら分かるでしょ? 現実から逃げていないで向き合いなさい」


「…………でも」

「このままウジウジを続けていたらローナさんとラーナさんに弄られるわよ?」

「ローナ……ラーナ……」

「そう。ローナさんは今、何をしている?」

「……エリ姉を……連れ戻す」

「そう。あの人が動いているのだからもう直ぐ会える」


「……うん。


 弱弱しいが返事が返ってくる。


「良しその調子! それともう一人仲間が戻って来てるわよ」

「……誰?」


「見れば分かる。こっち」


 エマの顔に自分の顔を押し当てて、少々強引にあらぬ方へ向けさせる。

 その先には微笑を浮かべた金髪の少女が。その少女と目が合う。


 暫しの間、見つめ合う。すると徐々に目つきが変わってゆく。

 そして徐に上げた手で少女を指さしてから、


「あ、あ、アリスーーーーじゃん!」


 と雄たけびを上げた。


「はい、お久しぶりです。エマさん」


 名を呼ばれ微笑から満面の笑顔に変わる。


「ど、どこに隠れていやがった!」

「先程からいましたよ? エマさんに会おうとここで待っていたんです」

「へ? 私? なんで?」

「まあ話せば長くなりますが」

「なら手短に言え!」

「え~~それはちょっと……無理?」

「無理じゃない! って君、心配してたんだぞ! 分かってるの……って椿はどこ行った?」

「彼女はここにはいません」

「だってさっきまでここに!」

「あれは私です」

「…………お前か‼︎」

「はい♡」


「……私を騙して揶揄ってたのか?」


 クレアから手を離し、カプセル越しに身を乗り出しアリスの頬を両手で挟む。その状態で無理やりにさせる。


い、痛いですひ、ひはいへす……」


「私は心が痛い! 体の痛みは一瞬だけど心の痛みは中々消せないって知ってるか?」


「ご、ごめんにゃひゃい~~~」


 顔を真っ赤にして謝るアリス。とそこに……


「え、エマその辺でやめて~」


 と声が。


「ど、どしたの? 菜緒姉?」


 そのままの体勢で菜緒を見る。すると赤面しながら何かに耐えている雰囲気。


「アリスさんが……その……よろこんじゃってるの」


 アリスをチラチラ見ながら微妙に悶えている。


「え? え? どーゆーこと?」


 理由が分からず周りを見渡す。

 すると隣にいた菜奈も何とも言えない微妙な表情で、姉同様微妙に体を捩らせていた。


「?」


 再びアリスを見る。

 背が低いアリスは見上げる様な体勢で顔を突き出し、口をタコの様にとがらせたブチャ顔をしている。

 その潰れた顔をマジマジと眺める。



 今までアリスとは正直あまり接点はなかった。

新人育成時もエリーがアリスの担当だったから。

 しかもアリスは手の掛からない子だったし飲み込みも早く要領も非常に良い。


ただプライベートでは仲間と積極的に交わるタイプでもなかった。

 唯一サラとは仲が良かったようで、事あるごとに二人で何かを話しているのは以前からよく目撃していた。

 初めの頃はその光景を見て、アリスがサラにいるのではなかと心配したほどだった。

 なので彼女に限って言えば接点が少なく個人的な事はあまり知らない。


 逆にエリスとはプライベートでも買い物に行くほど仲が良かった。それと比べると正反対で殆ど付き合いもなく非常に大人しい印象しかなかったのだ。


 今回の件で彼女に対して一時期サラを疑い、そのサラと仲が良かったために基地崩壊に関係があるのではないかと疑いの目を向けてしまったが、その後のサラの話からアリスが探索者としてBエリアにやってくる以前から関係があったと分かり疑惑が薄れた。


 さらに基地崩壊を目の当たりにしたあの時、あの瞬間は心に全く余裕が無く疑問にすら思わなかったが、今思い返せば「権限移譲順位」の最上位にローナよりもアリスの方を設定していた事に、サラなりに何か深い意味がある筈と思えてくる。



 僅かな間、色々な事を思い出し現実へと戻ると、両手の中にそのアリスの顔が。

 整った顔立ち、細い眉毛、白い肌。

 身長はランやノア達とほぼ同じ。


 だが背丈は同じでも「可愛いらしさ」がウリの二組とは異なり、この子は「可愛い」と「綺麗」が混在している。

 このまま人生経験を積んでゆけば間違いなく「綺麗」になるだろう。


 で、今になって気付いたがこの顔、お人形さんみたいで「なんかすごく可愛い~~♡」と。


 と無意識に顔を近づけ、尖った口に引き寄せられ軽いキスをしてしまう。


「「あーーーー!」」「「ん~~~~♡」」


 周りから叫び声と悶絶声が二つずつ聞こえたので見ると、困惑顔のランとソニアがこちらを指差し、菜緒と菜奈は体をクネらせながら床に倒れてピクピクとしていた。


「?」


 訳がわからず首を傾げる。

 もう一度手元のアリスを見ると顔だけではなく耳まで真っ赤になっていた。

 今もブチャ顔なのだがそこがまた可愛らしく愛らしい。


 もう一度尖ったお口にキスをしてみる。

 今度はちょっとだけ長めに。

 勿論軽めに。


 すると再度二つ叫び声が。さらに床に倒れていた二人はビクッと数回身体を震わせた後、脱力して動かなくなってしまった。


「……訳分らん」


 いや本当に。


 アリスから手を放し解放すると床へと崩れ落ち、気持ち良さそうな顔で身体をくねらせて悶える。


「どうなってんの……」


 いやいや本当に。


 原因を探る為、今度は隣にいたランの顔を掴むと引き寄せとんがり口にさせてから、同じ様にキスをする。

 それを抵抗もせず受け入れるラン。


 すると真っ赤になりながら頭から湯気を出して崩れ落ちてしまった。


「何故に?」


 既に目を瞑りお口を尖がらせた状態で待ち構えていたソニアにも同じ様にキスをするとランと同じ現象が起きた。


「…………」


 倒れ込んだ者達を暫しの間、見下していだが不意に不敵な笑みを浮かべてボソッと呟く。


「……フッ、我にもやっと特殊能力スキルが」


「なにが「スキルが」じゃーーーー!」


 頭をドつかれた。


「い、痛いの……」


 ハリセンなんでどこから取り出したんだ⁈


「痛いやない‼︎ これどないするつもりや⁈」


 床を指差す。

 私とマキ以外は全て床で悶えている。


 それを見て「以前にも同じような事があったようなないような……きっとだな」と一人納得顔をしてみせる。


 空気を読めるマキはその顔を見て、エマの考えている事が分かり諦めに近い深いため息をついていた。

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