第85話 説得失敗! 五人目!
「……お?」
クレアを指さすクレアと瓜二つの女性。
「く、クレアが二人? も、もしかしてバイオロイド?」
身体的特徴だけではない。着ている宇宙服の色まで同じ。唯一の違いは口調と仕草。
「ち、違う……し、死んだって……」
一方、位置的に私の背後となるクレア。そのクレアの呟きが聞こえたので振り返る。すると女性の視線から逃れようと? 私の背に隠れるように縮こまり小刻みに震えていた。
「え? クレアなに?」
聞き返すが震えるばかりで答えてはくれない。
尋常ではない狼狽ぶりに背に手を回してさすってあげる。
やり取りを見ていた椿。顔はクレアに向けたまま、レイアに話しかけた。
「レイアさん」
「え? お? な、なんだ?」
レイアもクレアに視線を固定したまま返事をする。
「来て頂いた早々、申し訳ありませんが少しの間、自室で待機してもらえます?」
「へ? な、なんでだ?」
意表を突いたお願いにクレアから視線を離して椿を見る。すると椿もレイアに視線を向けた。
「…………」
「…………う」
冷めた表情を、いや無言の
その威圧を受けレイアがたじろぐ。
「わ、分かった……けどよ、あんた何で急に機嫌が悪くなったんだ? それにさっきから」
「…………」
言葉を続けようとしたところ、椿の威圧が半端なく増したため、口を閉ざしてしまう。
椿が苦手なのか? それとも逆らえないのか? 二人の間には明確な上下関係が存在していると思われるやり取り。
その証拠に一切反論はせずにクレアを見てから名残惜しそうに部屋を出ていく。
その際、肩を落として出ていくレイアに道を開けて見送った四人。部屋が暗くなってからこちらに寄ってきた。
その間も震えるクレアの背中を擦る。正直言ってクレアが心配でレイアに構っている余裕はなかった。
それはいつの間にかクレアの肩に置かれた奈菜の手にすら気付けない程、動揺していたのかもしれない。
「思慮が足りず申し訳ありませんでした」
前触れもなく椿が立ち上がり礼儀正しく頭を下げて謝罪をしてきた。
「い、今の誰?」
「彼女の名は……レイア。正真正銘、クレアさんのお姉さんです」
表情一つ変えず話す椿。視線は私でなくクレアに向けて。
「え? だ、だって亡くなったって? ……え、あ! クレア⁈」
聞き返そうとした瞬間、クレアが私に
見ればまた意識を失ったらしく、体勢を保てず椅子から崩れ落ちようとしていた。
反射的に腕に力を入れ、今の状態を保とうとしたが間に合わず、二人揃って椅子から落ちてゆく。
それでもクレアには怪我を負わすまいと、体を下へと潜り込ませようとしたところに菜奈がフォローに入ってくれたが、努力の甲斐なく三人共倒れに。
「ど、どうしたの?」
菜緒からしてみれば「何をしているの?」と思える光景。
他の者も不穏な空気を察して集まってきた。
「く、クレアが! あ、アル!」
「…………」
「アル‼︎ 返事して‼︎」
「エマ落ち着いて。先ずは一旦横にして」
菜緒の指示の下、クレアを床に寝かせ状態を確かめていく。
仮とはいえクレアと私同様、アルテミスとリアルタイムでリンクしている。なので誰よりも体調が分かっている。
だが呼べど叫べど返事がない。うんともすんとも言ってこない。
ここで突入前にアルテミスの言葉が脳裏をよぎる。だがその直後の発言で思考が遮られた。
「仕方ありません」
椿が入口とは反対側、部屋の奥に目を向ける。その先の床には何かが浮かび上がっていた。
「え? あ!」
釣られて視線の先を見るとそこには転送装置があったらしく、今まさに「何か」が現れる瞬間だった。
現れたのは医務担当と思われる白衣を着た女性型アンドロイドが一体。そのままコツコツを足音を立てながらこちらに近づいてくる。
それを見て「連れていかれる」と思い、両者の間に自分の体を入れクレアを隠そうとする。
「大丈夫です。この場で身体を診るだけですよ」
椿もゆっくりとこちらに接近してきた。
「だ、ダメ‼︎ クレアに近寄らないで‼︎」
アンドロイドだけでなく椿からも隠そうと覆い被さる。
「アル‼︎ お願いだから返事して‼︎」
悲鳴に近い叫び声。
状態だけでも分かれば連れていかれずに済む。そう思い必死に
その様子を見て困惑顔の椿。そして周りの仲間達も。
その時、誰かが私の頭をポンポンと撫でられた。誰かと思い見れば奈菜だった。
「エマちゃん……大丈夫だよ」
さらに数回、頭をポンポンと撫でられた。
正面にて正座をし裏表のない穏やかな笑顔をしている。その笑顔で冷静さを取り戻す。
「え? ……あ……うん」
私が落ち着いたと判断したのか、医務アンドロイドに場所を譲る。入れ替わりで医務アンドロイドが膝立ちになりクレアの額辺りに手を翳す。
これは検査の一環で脳内チップを使い身体情報を集める行為。アルテミスが常時行っているチェックと大差はない。
なのでアルテミスが応答さえしてくれればこの行為は不要なのだが。
数秒程で終了し立ち上がり、そばまで来ていた椿に向けて報告を始めた。
「気を失った
「……ショック……」
「今は徐波睡眠、所謂ノンレム睡眠の状態なので、このままの状態を維持して暫くは安静にしているのがよろしいかと」
「そう。可哀そうなことをしたかしらね……」
申し訳なさそうに呟く椿。この発言から二人の再会は想定範囲内だったと思われる。ただし「違う結果」を想定していたようだが。
ただ検査を行ったことにより「場」が落ち着けた。
〈寝ているだけ〉
それが分かり一気に気が抜け気分が落ち着く。そこでやっと気付く。
今のクレアは床に直接横になっていた。
これでは可哀想だと上半身を軽く持ち上げ膝枕してあげる。
寝顔の頬をゆっくりと撫でながら思った。
──何もしてあげられなかった。貴方の力になれなかった。
医務アンドロイドは役目を終えたと頭を下げてから転送装置へ。
空いた場所に菜奈が戻り先程と同じように座ろうとしたが、壊れたロボットのように同じ動作を繰り返すエマが気になり顔を覗く。すると今度は奈菜の「時」が止まってしまう。
数秒ほどの後、再び時が動き出すと立ち上がる。
「あれは……誰?」
怒り気味? に呟く。
そして今の菜奈の感情に応呼するように、離れた所にて待機していた武装アンドロイドが椿に向きを変えた。
「「「!」」」
今まで感情の起伏が殆ど見られなかった奈菜。寡黙な彼女の感情は菜緒を除き、外見からでは知る術がない。
だがこの時ばかりは皆「雰囲気が変わった」のに気付き一斉に視線を向けた。
そしてその「怒り」の矛先を向けられた椿。その怒気が自分に向けられているのには気付いていた。勿論アンドロイドがこちらを向いたのも。
だが特に気にする素振りも見せず、視線だけを菜奈に向けて説明を始めた。
「先程も言った様に」
「事故で亡くなったって……聞いてた」
「…………」
「説明……して」
引き下がる気はないと言わんばかりに詰め寄る。
「あの日、あの時、あの場には居なかった、ということです」
「何故……居なかったの」
「それは……」
「それは?」
「とある目的、のためですかね」
「教えて」
「残念ですが……」
「何故教えて……くれないの?」
奈菜の両手に力が入るのと同時に武装アンドロイドが「敢えて」音をさせて銃口を椿に向けた。
「…………」
椿がゆっくりと武装アンドロイドに視線を向ける。そして視線がアンドロイドを捉えた瞬間、持っていた銃を落しその場に崩れ落ちた。
「!」
その光景に菜奈が驚く。
そしてもう一人、二人のやり取りを見ていた菜緒も……いや驚きの度合いは菜緒の方が大きかった。
「事態がややこしくなるので、今は大人しくしていて欲しいのですが……」
先程までとは打って変わり冷めた表情で菜奈を見る。
「くっ……」
突然武装アンドロイドに向け走り出した。
「な、菜奈‼︎」
手を伸ばしながら菜緒が必死に追いかける。
倒れているアンドロイドから武器を取り上げた菜奈が椿に向き直ったところに菜緒が飛び掛かると勢いそのまま二人とも倒れ込んでしまう。
「ダメ! 絶対にダメ!」
「は、離して!」
「む、無理! アイツ相手では! ここは我慢して!」
腕ごと両手で抱きしめ、菜奈の全力の抵抗を歯を食いしばり耐える。
「だ、だって……クレアちゃんが! それにエマちゃんが……泣いてるの!」
「それでもダメ! ダメ……ダメ……」
「うう……」
姉が言わんとしている事は分かる。分かる故に自分の無力さに苛ままれ、ついには泣き出してしまった。
「
やれやれと言った表情で二人からクレア、そのままエマに視線を移しながら提案するが反応が帰ってこなかった。
なので今度はエマの正面に移動し、目立つようにしゃがんで笑顔を向ける。
「…………」
一方、大粒の涙をボロボロ流しながらクレアの頬を撫で続けるエマ。椿に気が付き顔を上げるが、何も言わずに視線を戻してしまう。
そこにマキが来ると椿と同じ様にしゃがんでからエマに話し掛けた。
「エマや、このままじゃクレアが可哀想やろ? どこかで横にさせへん?」
「…………」
マキに対しても同様な反応だった。
そこにランが現れエマの手を取るとクレアの手と重ねる。そして語り掛けるように優しく囁く。
「お姉さま……クレアさんが起きるまで手を握ってあげて下さい。今度はお姉様が待ってあげる番です。その時まで私もお二人のそばにいますから……」
「…………」
今度は力なく頷く。
エマの頷きを見たマキが椿に向き直る。
「なあアンタ、ここにベッド持ち込めへん?」
「それが最善のようですね。今、手配します」
一分も経たずに先程とは別の医療班アンドロイドが、探索艦にも搭載されている治療用簡易カプセルを宙に浮かせながら運んできた。
(運んできたというよりカプセルがアンドロイドについてきたとの表現が正解)
カプセルの準備が整うと五人で優しく乗せる。
エマはその作業を見守る。
移動が終わるとソニアが椅子を二つ用意し、その一つをカプセルの脇で佇むエマの後ろに置く。
チョンチョンと叩いて座るように促したら素直に座ってくれた。
もう一つの椅子は隣に置き、そこに自分が腰かける。
カプセルを挟んだ反対側、対面側ではランが同じく椅子を用意。そこに座り空いているクレアの手を握る。
三人が座るのを見届けた菜緒は表情を引き締めてから椿に向き直る。
因みに奈菜はクレアを移動させる時以外は手を繋いだまま。
「お聞きしたいことが山ほどあるのですがお答え……いえ、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。ではあちらで」
と部屋の奥にあるテーブルに向け、一人歩いてゆく。
その後に続こうと一歩踏み出すが片手が引っ張られて前に進めなかった。
「どうしたの?」
見れば不満そうにムスッとした表情をしている。
「エマちゃんのそばに……いたい」
真っすぐこちらの目を見て言ってくる。これは何を言っても意思を曲げない時の目。
「……分かった。その代わりさっきみたいに暴走はしないって約束出来る?」
「…………我慢する」
「我慢じゃない。約束して」
「……分かった」
「それなら良し。そばにいてあげて」
と言って手を放すと「待ってました」とばかりに走り出す。途中で椅子を用意しエマの隣に座ったのを見届けてからマキと共に椿が待つテーブルへ。
「先程はすいませんでした。まさか予想もしない事態になるとは……」
二人が席に着くとエマ達の方を向きながら椿が口を開く。
「彼女……レイアさんをご説明いただけますか?」
「彼女は複雑な立場でして……今は「私の護衛」が主任務です」
「……聞いた話では事故死扱いとなっていますが?」
「それは……貴方の想像通りだと思いますよ」
「何故、事故死を装う必要が?」
「それは活動をし易くする為ではないでしょうか?」
「活動? クレアを悲しませても?」
「自分では成し遂げられないからでは?」
「……「贄」ですか?」
「そうですね」
「という事はエマの身柄の確保……と言うか貴方がそうさせているのでしょ?」
「……
「私が聞いた話では、貴方は向こうの世界の少女の「力」を手にしているそうですね?」
「!」
終始、背筋を伸ばし、殆ど表情の変化が見られなかった椿が明らかな動揺を見せた。
それを見て目を細める。
「……桜さんと行動を共にしていた時の「思い」は、貴方の中にはもう残ってはいないの?」
「…………」
初めて目を逸らす椿。
「私達姉妹もクレア姉妹も、そしてエマ達も皆、貴方の計画の犠牲者なのよね?」
「な、何や犠牲者って?」
マキが
「何故、妹を悲しませてまで、レイアさんがこんな行動をとったのか理由は知りません。知りませんが元を正せば貴方が原因ですよね? 余りにも身勝手すぎません?」
「……レベッカから聞いたのですか?」
目を合わせずに聞いてきた。
「はい、ここにいる四人全員、経緯は聞いています」
「そうですか。確かに身勝手かもしれませんね」
小声で答える椿。
「何故桜さんの意思を
「あの時とは状況が変わっています」
「……状況が変われば他人の人生などどうでもいいと?」
「それは!」
「たいそうな「大義」を掲げているようですか、結局やってる事は当時の政府と変わらないのね」
「…………」
「エマはね、貴方達の過去を見て、貴方達の覚悟を知って、この姉妹を何とか救うって。その後、お姉ちゃんがいないからクレアの面倒まで見るって。さらに私達姉妹の関係の事、詳しく話してもいないのに、私に気を使って妹として扱ってくれって。これってみんな貴方達がしてきたことの尻拭いよね? その上、さらに完璧な「贄」になったから嬉しい? なんでそんなに上から目線なのかしら? それこそ私達から見れば
「聞いていたのですね」
「ええ、菜奈経由でね」
「…………」
「貴方達は失敗した。それは紛れも無い事実。なら意思を受け継いでくれるかも知れない人に対して取るべき行為や態度ではないわよね?」
声に若干だが怒りの感情が乗ってきた。
その変化に気付きマキが菜緒を横目で見る。
「もしエマやエリーさんが全てを投げ出した時はどうするつもりなの? 代わりを用意するにしても「消失」はその間、待ってくれないんでしょ?」
「時間は余り無いと思います」
「このままでは貴方達の計画は確実に失敗するわよ? そこは断言できる」
「何故ですか?」
「エマも含めて私達は貴方達には一切協力しないから」
「…………」
「例えこの世界が滅んでも」
「貴方はそれで良いのですか⁈」
「いいわけないでしょ?」
「?」
「世界が無くなったら結婚出来ないじゃない」
「…………」
「みんなと可笑しく楽しく暮らせないじゃない」
「なら……」
「でもね、そこには菜奈だけじゃなくてエマやクレアもいないと意味が無いの」
「…………」
「その気持ち、貴方なら分かるわよね?」
「…………」
「エマ達……と会ったのは最近だけれど、もう掛け替えの無い存在なの」
「…………」
「特にエマは私の……初めての相手……なんだから責任をしっかりと取らせるの!」
自分で言っておいて恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にさせている。
「い、いつの間に!」
菜緒の宣言にマキは目をまんまるにして驚いていた。
「だからこれ以上、あの二人を泣かせるようなマネは私達が許さない。これはあの子の姉の義務」
「姉……ですか」
「そう姉の義務。そして貴方の姉である桜さん。今でも当時と変わらぬ思いでいるらしいですよ」
「!」
「一度エマと話してみては?」
「何を……?」
「
「…………」
目を合わせず会話をしていた椿だが「思い」という言葉を聞いて顔を上げる。
「それと貴方の会話、矛盾だらけだし感情が隠せていないわね」
初めから椿の僅かな動きを見逃すまいと、極力瞬きもせずに様子見をしていたが、雰囲気が変わった椿を見て直感に従い話しを切り出す。
「私には
さらに目を細める菜緒。
「貴方のDNAよね?
「!」
椿の動きが止まる。
「やっぱり。エマと同じで気持ちだけは伝わるようね。私……菜奈は聞かないと分からないけど今、貴方が動揺したからよく分かった。でもなんで貴方は既に諦めているの?」
「私は最善と……」
「率直に聞くわ。何故
「!」
「移動しながら会話を聞いていたけど貴方、嘘がつけないタイプね? 多分、
「…………」
「まあ何となくだけど、貴方と椿の関係と言うか、貴方の置かれている立場は理解出来たから良しとするとして、一つだけ確認しておきたいのだけれどいいかしら?」
「?」
「ここにいるのは自分の意思? それとも……」
「……やはり『無理』でしたか」
「無理? どういう意味?」
「言葉通りです。
「分かるように説明して貰えるかしら?」
「その前に……」
目を瞑り、何かを念じる様な素振りを見せたかと思った瞬間、容姿が一瞬で変化。サラサラ金髪の色白な肌へと変化した。
「「なっ!」」
菜緒とマキが声にならない声を上げて驚く。
因みに驚きの理由はそれぞれ違う。
「ああああアリスやないか‼︎」
「はい、お久しぶりですね。マキさん♡」
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