第67話 バカばっか……


「ところでマキとランはどこ?」


 右隣りでぴったりと寄り添うラーナに聞いてみた。


「……えへ♡」


 えへって……あんた二十五でしょに……


 居場所を聞いただけなのに照れだした。これは何かしでかした自覚がある時の反応。

 ラーナの隣にいるクレアを見る。すると気まずそうに


「?」


 違和感? を覚え二人を交互に見る、が見ているからか目を合わせようとしない。

 こりゃ話す気がないなと判断、左隣の菜奈を見る。

 菜奈は目が合うと躊躇ためらいながらも? 話してくれた。


「……今から……十時間以上前に突然……基地全体がドス黒い……殺気の様な得体の知れない……ものに包まれて……私も含めて殆どの者が倒れた」


 深刻そう? な表情で当時の状況の説明をしてくれた。

 その際、話の節々から奈菜が味わったであろう緊張や恐怖がヒシヒシと伝わってくる。


 ところでドス黒い? なんだそれ?


「それで無事だった……菜緒とラーナさんがみんなを……医務室に運ぶ手配をしてくれた」

「ふむふむ」


 常設カプセルでは賄いきれず、医務室の通路にも簡易カプセルを並べて対応したらしい。


「その後、私とクレアさんだけは何故か……結構前に……目が覚めた。でも他は未だに……目覚めていない」

「……で、そのドス黒いってのは何だか分かったの?」

「分からない……基地の記録にも残っていない……でもとても恐ろしかったのは……覚えてる」

「ありがと。もういいよ」


 そのどす黒い何かを思い出し小刻みに震えだしたので、体に手を回し引き寄せ優しく抱きしめた。



 ──よっぽど怖かったんだね。嫌なことを思い出させちゃったかな? ごめんね……よしよし。



 背だけでなく頭も撫でながらもう一度クレアを見る。そこで視線が合うと慌ててラーナをチラ見してから顔を背けた。



 ──うーん、もしや……



 ラーナを見る。額からは冷や汗がダラダラ。決して目を合わせようとはしない。



 ──こいつもノアと同じで分かり易いやっちゃな。



 とここで妙な気配が。見れば菜奈の隣で歩いていた筈の天探女が皆に背を向け肩を小刻みに震わせていた。


 どしたの?


「で、原因は何ぞや?」


 気にはなったが今は放置。菜奈を「ヨシヨシ」しながら早速誘導尋問を開始する。


「だ、だって~サラちゃんが~エマちゃんに~酷い事~したのかと~思ったの~」


 ラーナは胡麻化すことはあれど決して嘘はつかない。少なくとも私に対しては。

 なので端的に動機を聞いてみる。すると上目遣いで「弁解」してきた。


「酷い事って?」

「お、お仕置きって……」

「はぁ? なんだそれ? サラがそう言ったの?」

「……うん」

「お仕置きなんてされてない、ってゆーかあたしゃ悪いことなんてこれっぽっちもしてないわ」

「え、エマちゃんが悪いことしないのは知ってるの~。だからまたサラちゃん逆切れしてエマちゃんをいじめたのかと思って~」


 必死に弁解している。

 取り敢えず動機は分かった。で何故に倒れた?


「クレア、状況説明お願い」


 訳分からないので、知っていそうなクレアに振った。すると今度は素直に教えてくれた。


「…………」


 とうとうやっちまったのか……ってゆーか今までかなりセーブしてたんだな。

 まあそれはそれとして……


「つまり、またラーたんの早とちりっつーわけだ!」


「……ごめんなさい」


「許さん‼︎」


 頭に結構強めの脳天チョップをくらわす。


 い、痛てーー。


「い、痛いの~~」


 頭を押さえうずくまるラーナ。痛いのはこっちだって!


「ぷぷぷのぷーーーー」


 先程から小刻みに震えていた天探女がついに我慢できなくなり吹き出してお腹を抱えて笑いだした。

 あんたもしかしてラーナが原因だと知ってたんじゃないのかい?


「全くどいつもこいつも……はぁーーーー」


 最大級のため息が出た。ため息と一緒に悩みも出てかないかな……


「ぷはははのは、なのじゃ!!」


 ここぞとばかりに遠慮せずに大声で笑いだす。これはこれでちょっと鬱陶しい。


「そこ! 「なのじゃ」じゃない!」


 指差して怒鳴る。


「へ? は、はい……なのじゃ……」


 効果があったようで一声でシュンとなった。


「大体主任はあの時、何で裸になってたの?」

「ん~? あーあれか? いやの~調整には雰囲気が重要でな~……こほん! ハッキリと言おう! ただの趣味なのじゃ!」


 ちっ、開き直りやがった。


「という事は裸になる必要は無かったのよね~?」


 作り笑顔の優しい声で聞いてみた。


「そうなるの~」


 つられて少し嬉しそうになった。



「「なるの~」じゃない‼︎ あんなこと同意も無しにしたら立派な犯罪‼」



「そんなに怒らんでも……ごめんなさい」



「許さーーーーん‼︎ 二人ともそこに正座なおれ‼︎」



 鬼の形相! いや鬼そのもの!


 通路その場で天探女とラーナが並んで正座反省をさせられている。

 靴を脱ぎ手は膝の上。一切の反論も許されず観念している。

 その光景を離れた場所で見ていたクレアと奈菜。自分が叱られている訳でもないのに小刻みに震え怯えていた。


 その後、説教は三十分ほど続いた……




 説教ストレス発散が終わり気分がスッカリ良くなったところで自分が空腹であるのに気付く。

 考えたら昨晩から何も食べておらず、そこに紅茶を飲んだものだから胃腸が活発に動き出したのだろう。

 聞けば四人も朝食はまだらしく、それならと皆で食事へと向かった。


 大小の飲食店が並んだ娯楽街に到着。そこのこじんまりとした「和風」の大衆食堂に入った。

 店内はそこそこ広く、カウンター席とテーブル席。それと多人数が利用できる掘り炬燵風の畳席が目に入る。

 そこに「和風」に不釣り合いなメイド服を着た案内係の店員がやってきて頭を下げてきた。


「五人だけど……え?」


 上げた顔を見る。そのアンドロイドは偉大な山脈だけでなく、顔までサラ似だったのだ。

 私だけが驚く中、五人ならばこちらへと畳席へと通される。


 私の両隣はクレアとラーナ。私の正面には奈菜で主任がラーナの前に座る。

 空間モニターにて各々が注文を終えると間を開けず次々と食事を運んで来てくれた。


「「「いただきます」」」


 食事の最中、小さな空間モニターを呼び出して治療状況の確認する。

 あの真面目そうな菜緒が関わっているので問題ないとは思うが任せっきりも良くないと思ったので、取り敢えず見てみた。


 一覧表の最上にはサラの名が。そのサラも含めて全員「ブルー一色」でステータス上は問題なし。因みに現在の状態は「睡眠状態」とこれまた全員同じであった。



 ──今の内にまたいたずら書きしちゃろか?



 しかし昨日まで元気に追いかけっこしてた人達は今は全員この中。

 うちのメンバーが多大な迷惑をかけてしまった。

 申し訳ない気持ちでいっぱいに……そう言えば菜緒は無事だったのよね?


「ところで菜緒は今どこに?」


 菜奈に聞いてみた。


「今は……基地の改造中」


 味噌スープを飲むのを途中で止め答えてくれた。


「改造?」

「今朝早く~本部から輸送艦が到着したのよ~」

「あーーサラが言ってたアレね」

「そう~因みにBエリアの改造はもう終わってるかな~」

「菜緒も朝食まだなら一緒にどお? と思ったんだけど忙しいかな?」

「ちょっと……待って………………すぐ行くって」

「早速聞いてくれたんだ? ありがとね。でも班長さん達も倒れてるから手間取ってるんじゃない?」

「菜緒ちゃんなら~大丈夫よ~。ね? 主任?」

「当たり前なのじゃ! 普段からわらわが鍛えておるからの〜」


「迷惑掛けてる……の間違い」


 菜奈がツッこむ。


「お? 菜奈も言うようになったの~。わらわも嬉しい限りじゃ!」


 天探女が喜んでいる。

 短い付き合いだがその気持ち、何となく理解できる。なのでこちらも自然と笑みになる。


 しかしラーナには困ったもんだ。

 精神の乱れでこんなにも被害が出てしまうようではいざという時に自滅しかねない。


 どうするかな……悩みの元凶に目を向ける。

 ウインナーを二個刺しにして和かな顔の大きな口で美味しそうに頬張っていた。

 私の視線に気が付き笑顔を向けてくる。その笑顔には先程までの反省の色は見当たらなかった。


 全く……


「どうしたの~食べないの~?」


 頬杖しながら考える。

 何か良い方法はねえべか?

 珍しく真剣に考えてみた。


「そんなに見つめられると~お姉ちゃん照れちゃう~♡」


 やはりローナがいないと手に負えないな……


 とりあえず保留にしとこ。

 ラーナからクレアに視線を移す。

 今気付いたがクレアは私服であった。

 この服装から判断するに訓練の最中だったのかもしれない。

 そして首元にはあのネックレスのチェーンが。

「ちゃんと身に付けていてくれたんだ」と嬉しくなり口元が緩んだ。


「クレア。替えの服ある?」

「うんん、急いでたから持ってきて無いの」

「ならここで作ろうか?」

「え? いいよ。エマの無事が分かったんだし、直ぐ帰ると思うから」

「うーーん。ならアルに積んである宇宙服、一着持ってって」

「分かった」

「あとは制服か……まだ作ってなかったもんね~。うん! やっぱりここで作ろう! 菜奈、基地にお店あるよね?」

「もち……ろん」

「よし、食べたら作りに行こう!」


 因みに制服は支給品。なのでどこの基地で作ろうが無料となる。


「待つのじゃ。宇宙服はわらわがクレアにあったものを作ってあげるのじゃ」

「え? いいの?」

「良い良い。ついでにそなたの宇宙服もチェックしたいので二人分、というか持ってきた分、全てわらわに渡すのじゃ!」

「……変な事しないでしょうね?」

「大丈夫じゃて! 宇宙服の透過率を100%にするだけ……」


「「「だけ?」」」


 全員がジト目を向ける。菜奈までも。


「じ、冗談じゃて~。其方らに合わせてちーと調整するだけじゃよ」

「……分かった。アル?」

「何~?」

「渡してくれる?」

「んーどうしようかなー」

「どした?」

「残骸がまだまだ飛んできてるんだよねー」

「残骸? ……なる程。一瞬でいいから入ってきて。その間は……質量兵器で対応」

「はいよ~」


「それじゃくれぐれも余計な事はしないように」


 主任に釘を刺しておく。


「……ほう……面白いのじゃ……」


 何かに集中している様で私の声は届いていないようだ。


「む? 皆の者、そんな食い入る目つきをわらわに向けて……もしや抱いてほしいのかえええええええ‼」


「全く反省してませんね? 主任!」


おお! 菜緒か?ホホ! ハホハ!


 後方から忍び寄っていた菜緒に両頬を思い切り抓られる。


 おお~結構伸びるのね~


「「おお! 菜緒か?ホホ! ハホハ!」じゃありません! 全く敵には襲われるわ、正体不明の殺気には襲われるわ、みんな倒れるわ、終いには予想より早く物資が届くわ……みんな主任のせい!」

「痛たたたたたた……わらわのせいかえ?」

「そうです! ……ってあれ何で主任がここに?」

「いたら可笑しいか?」

「え? え?」

「菜緒、主任はね、引き籠りはもう止めるんだってさ。ね? しゅ・に・ん?」

「そんなことは一言も……うううううう、失敗したのじゃ……いっそのこと記憶操作を……いやいや手を出したら全てがおジャンに……ぐすん」


「しゅ……主任が泣いてる‼︎」


 劇画調タッチで驚く菜緒。


「エマさんどうやったらこんなマトモな方向に矯正出来るんですか……って黒ぃぃーーーー‼︎」


 私を見て今更ながら驚いている。


「黒い? ……腹が?」


 菜奈がチラチラこちらを見ながらツッコミを入れてくる。


「誰ーのー腹がー黒いーってー?」


 極力自然に振る舞う。


「エマっちゃん……の腹……痛い」


 言い切ったところで軽く脳天チョップをくらわす。

 すると肩をすくめてみせた。


 そのやり取りを見てまたまた驚く菜緒。さっきから目がまんまるだ。


「な、菜奈が……冗談を⁇」


 さらに激しい劇画調タッチで驚く。


「はははは」


 やっとクレアに笑顔が戻った。

 実は再会してから一度も笑顔を見てなかったので心配してたんだ。


「うふふ、菜緒ちゃん~取りあえず座って一緒に~ご飯食べましょうね~」

「……あ、はい」


 菜奈の隣に座ると料理を注文した。


「そうじゃ、菜奈も菜緒もわらわに宇宙服を渡すのじゃ」

「え? はい……何で?」


 突然の内容に菜緒は返事をしながら奈菜を見る。奈菜は澄まし顔でお茶を飲む。


「つべこべ言わずに手配するのじゃ」

「はい」「了解」


 あれ? 随分素直に了承したね。


「私のは~?」

「お主の宇宙服を見て誰が喜ぶのじゃ?」

「エマちゃん♡」

「其方らはそんな仲じゃったとは。ならば成さねばらなぬの~……ん? おおおお! そ、そうじゃ!」

「どしたの?」


 何か閃いたらしい。


「いいいい……今の内にサラのぱんてぃーもスケスケに…………はぁはぁ」


 幸せそうな表情で悶え始めた。


「別に止めはしないけどバレた時の事、良ーく考えてからにしたら?」

「うううううう……お、恐ろしいのーー」


 一点を見つめ震え出した。

 どうやら以前、似たような事して経験済みのようね。


「じ、じゃがそれもまた一興……かも」



 はぁーー。全く……みんなバカばっか。



「ところで改造は順調なの?」

「いいえ。基地の外装に関しては半球分は作業着手済みですが、戦闘があった面は飛来物が多すぎて目途すら立っていません」

「ウチの艦達に傘代わりさせようか?」

「ありがたいお話ですがそれでも範囲が狭すぎて……せめてうちの探索艦子達全艦使えれば……」

「艦? お、そういえばスッカリ忘れてたよ」

「エマよ、くのなら菜奈と菜緒この二人、そしてクレアであったな? 四人で行くのじゃぞ」

「へ? クレアも? なんで?」

「先ほど言ったじゃろうに」

「?」

「まあ細かいことは気にせんで良い。それと次はアルテミスでチャレンジしてみるのじゃ」

「何故アル?」

「きっと良いことが起こるであろう……」

「……了解」

「良い子じゃて。無事会えたらわらわの風呂を特別に使わせてやろうかの~」

「会う……ふ、風呂⁈ もしかして温泉⁉」

「温泉ではないが自慢の風呂じゃ。楽しみにするが良い」

「うん分かった! アル、予定変更! 中に入ったら待機!」

「残骸はーー?」

「それじゃ~そっちはカルミアに~お願いしておくね~」

「了解」

「カルミアよろしく~」

「分かりました。お任せを」

「それじゃエマちゃんが~頑張ってる間~私と昔話でも~してましょうね~主任~?」

「あの性悪女しょうわるおんなもおらんしお主だけなら良いか……てお主は帰らんでも良いのか?」

「まだサラちゃん達と~話し合いが終わってないの~それに基地にはノアちゃんがいるから~大~丈~夫~」

「おお小娘が留守番か! アヤツは元気にしておるか?」

「元気よ~」

「それは重畳! たまには顔を出せと言っとくれ」

「うふふ、了解ぃ~」

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