第65話 ドスオーラ! 桜と椿……



「(あらお客様?) ……Bエリアの援軍かぁ」


 休憩中ということもあり、事後報告の形で班長から連絡を受けた菜緒。

 脳内通話を終えると珍しく間の抜けた声で呟く。


「……今はいいか! うん、後にしよう!」


 援軍の中には「恩人」もいたが、今は妹と過ごす時間を優先したかった。なので悩まずに悩むことを放棄した。




 ここで昔話を少々。


 Bエリア活動開始から数か月後。

 天探女アメノサグメをエリアマスターとしたCエリアが誕生した。

 この体制に落ち着くまで裏でひと悶着……いやかなりゴタゴタしたがそれは「別の機会」に説明するとして、既定路線としてCエリア主任に内定していた、当時幹部候補生だった天探女が「菜緒菜奈を部下に加えなければわらわは」と突然我儘を言い出した。


 当時の二人はまだ成人直前の「特例候補生」で正規の候補生ですらなかった。

 にも関わらずにより断れない環境下に置かれた、本人の意思に関係なくCエリアの一員として既に組み込まれて内定していたので、その我儘は反対もなくスンナリと受け入れられた。


 現実に嘆きながら苦労して候補生育成施設を卒業し無事任地へと赴く。

 だがそこで更なる悪夢が。

 Cエリア赴任後初となる全体顔合わせの場にて天探女の暴走が始まった。


 Aエリアから移籍してきた二組の先輩探索者達を差し置いて、こともあろうか成人したての新人探索者である奈緒にエリアマスター代理兼秘書なんて肩書を与えたうえで、権限移譲順位一位に据えると宣言すると(基地の何処かへと)姿をくらまして引きこもってしまったのだ。


 権限移譲一位。

 重要な立場であり探索者にとっては名誉ある立場。

 いざという時には速やかな判断が要求されるので、大抵は経験豊富な探索者を選ぶのが慣わし。

 それはAエリアでもBエリアでも同じで、ローナが移譲順位にいることからも分かる(アリスが来るまではローナが一位。現在、ランと同い年のアリスが「一位」なのはサラ特有の事情による)


 なので先輩方の怨嗟の的になるか、と思われた。

 だが実際には逆で先輩達は選ばれなくて安堵していたし、指名されてしまった奈緒に同情していた。


 大役を言い渡された菜緒にとって幸福だったのは、(菜緒に内緒で)意図的に集められた優秀な班長と、こちらも意図的に選ばれた周りにいる(いた)仲間達が「とても協力的」であったこと。


 同僚は先輩探索者と熟練の域に達した班長達。

 分からないことは親切丁寧手取り足取り教えて、または仕事をスムーズに出来るよう環境を整えてくれたりと、皆惜しみない援助サポートをしてくれたのだ。


 初めは探索部の基本理念での一つである「仲間を家族同然に大切にする」という「部」の心構えが同僚たちの間にしっかりと根付いていたから? と思った。

 しかし後から「主任の性格は部内で有名だった」のを思い出す。元々疑り深かった性格から「私が辞めたら自分らにお鉢が回ってくるかも?」と思い協力してくれたのかも、とも考えた。


 AやBの主任なら歓迎するが「あの主任」ならお断り。それは自分でも同感。

 ならば自分が人柱になるのが一番丸く収まると受け入れ悩むの放棄した。


 それらが全て「正解でもあり勘違いでもある」と知ったのは運営開始から一年が経過した時に開いた宴会の場。

 そして真実を知ったその時から「人を信じる」という、当たり前なことを受け入れられるようになった。


 その後、上司以外の? 恵まれた環境、弛まない努力、本人の才覚、元々の真面目な性格も相まって確固たる地位を得た。


 一方、奈緒が努力していた間、諸悪の根源である天探女は何もしていなかったのかといえばそうではない。

 彼女は彼女なりのやり方で「ケジメ」をつける努力をしている。


 例えば主任でなければ決済出来ない様な事柄はシッカリと対応・処理していたし、菜緒の業務も勤務時間内(9-17)で終わる様にさり気なく「隠れ家」からフォローはした。

 またその働きに見合った結構な額の給料も手配していた。


 そんなフォローを気付かぬ筈もない。だが張本人に対して礼など言う気にもなれなかった。

 なので自らの為、そして妹の為と割り切り身を粉にしながら頑張ってきたのだ。


 そんな苦労人の菜緒だが来客があった場合、何においても自ら挨拶に出向くことにしていた。

 それはこの立場になってから自身に課した、欠かすことのない職務。

 上司が頼りない以上、代理である自分が対応しないと相手に失礼にあたると。


 ただ基地ここに来る者は探索部所属の者に限られているし、頻繁に来客があるものでもない。

 さらに来る者も(引きこもりで有名な)天探女に会えないのは知っており、文句を言う者は皆無。

 逆に「大変だろうに」と気を使い面倒くさい手続きも簡略してくれたり「代理の代理」で用を済ませてくれることもしばしばだった。


 とは言え性格から甘えは許せない。

 なので本来なら無理してでも会いに行く場面。


 だが今回は妹と一緒に過ごす時間を優先した。

 来たのがBエリアの面々だし、その面々の上司であり呼び寄せたサラがいるのだから、という部分も大きかったが、今の内にありふれたとして過ごせなかった時間を少しでも取り戻しておきたいという気持ちの方が強かったからだ。


 今まで苦労してきた分、今くらいは大目にみて欲しい。



「菜緒……いいの?」

「今はいいの! それよりエマさんのどこが気に入ったの?」

「分からない……でも何故か一緒にいると……なんだか楽しいし安心できる」

「それ何となく分かる気がする!」

「うん」


 なので誰に気兼ねすることなく寛ぐ。


 今の菜奈は初めて見た者からしたら無表情に見えるかもしれないが、この状況を楽しんでいるのが私には一目で分かるくらいの笑顔をしている。

 そして私は立場から笑顔を作るのには慣れている。ただ心の底からの笑顔を見せれる相手は妹の菜奈だけ。

 だが菜奈とは姉妹にも拘らずお互いの話題で心の底から笑いあった記憶はない。勿論努力はしてきたが結局は叶わなかった。

 あの両親の下にいたらこんな機会は巡ってこなかっただろうし、今実感しているような心の安らぎは得られなかっただろう。


 今更ながら、菜奈を連れ出して良かったとしみじみ思う。

 菜奈がここまで笑えるようになったのは「あの姉妹」と「某主任」。最後に「あの人」。

 そうみんなのお蔭。それが実感出来たからこそ穏やかな笑顔になれた。そして奈菜の笑顔を見れて私も笑顔になれた。



 ──最後は逆、かも?



「ラーナさん……来てるね」


 流石は菜奈。

 こちらが言わなくてもちゃんと気付いている。


「ご飯食べたら先に挨拶に行こうか?」

「うん行こう……会うの久しぶり……だね」

「そうね!」


 予定変更。今の菜奈の姿を見せて安心させたい。


「「……?」」


 返事をした時、突然得体の知れない悪寒というか、何か殺気じみた気配に襲われ視界が暗転、気を失いかけた。


「ううぅ……な、何⁈ 今のは……」


 頭がくらくらしてフラついてしまう。


「え⁈ 菜奈!」


 菜奈が……気を失い倒れていた。


 何が起きたか分からない。

 菜奈の姿を見ても動けなかった。


 二人の束の間の平和な一時ひとときが幕を閉じた……




 ・・・・・・




 ……コンコンコン……



 突然、誰かが扉をノックする。すると和やかムードが張り詰めた「空気」へと切り替わった。

 そしてラーナを除き涙腺全開で抱き合っている二人も含めて真顔に変えると廊下に通ずる扉へと視線を向けた。


 空気が変わった原因。

 それは扉の向こう側から尋常ならざる「怒気」が原因。


「入れ」


 数秒間を置いてからサラが返事をすると、さらに間を置いてから扉が開く。

 すると肌で感じられる程、怒気が強まった。


 そこにいたのはシェリーと、半歩後ろにはシャーリーの真っ赤な宇宙服を着た二人の姉妹。

 妹を従えた金髪縦ロールのお嬢様は待機室に姿を現した時同様に背筋を伸ばし、前だけを見据えた「王者の風格」で立っていた。

 それはそれでいつもと変わらぬ光景……なのだが一目で分かるくらいにご立腹なご様子。


 この姉妹は普段から温厚で裏表がない、明暗がハッキリした親しみやすい性格。なので同僚達からは「悪感情」を持たれたためしが無い。

 そしてシェリーは温和で上品な笑顔がトレードマーク。

 そんな彼女の不機嫌そうな状態を皆は見たことが無かった。


 親友であるマキも同じでシェリー姉妹とは候補生時代からの長い付き合いで親しい間柄なのだが、こんなに怒りを露わにした状態を見たこともないし、聞いたこともない。

 それは一重にシェリーは自らの心を制御出来る女だから。

 にも関わらず不機嫌丸出し状態とは……何が気に食わない?


 片やシャーリーは……こちらもいつもと変わらぬ様子。

 姉を見習おうと顔を上げて前を見据え、している……のだが何故か顔を赤らめ姉を何度もチラ見していた。

 そして散々泣いた後だからだろう目が充血しているが、姉に会えたからか表情はとても穏やかと対象的。


 ただ……なんか恥ずかしそうにも見えるのだが。


 この二人に何があった?


 そのシェリーの尋常ではない怒気に、泣いて抱き合っていたランとソニアの二人も流石に気が付いたらしく、抱き合ったまま「王者」を見る。

 そのランはここにいるメンバーの中で一番気の弱い。だがシェリーの「怒気」を感じても平然としていた。


 それには理由がある。

 それはランだけでなく、ここにいるメンバー全員が「怒気」の対象ではなかったから。

 仮にここにいる誰かが対象であれば、シェリーはその者に対してのみ「怒気」を向けただろう。その場合は平静を保てず身震いくらいはする筈。

 なので「怒気」の対象がここにはいないということだ。



 但し例外も。それは怒気の対象が「ラーナ」だった場合。

 この女性を動揺させられるのはこの世にたった一人だけ。



 全員の視線が集まったところでシェリーが部屋へと入ってくる。慌ててシャーリーもついて行く。


 静まり返った室内にコツコツと優雅だが不機嫌そうな足音を立てながら、皆が座っている席のそばまで近づく。するとマキが「待ってました」と言わんばかりに声を上げた。


「おうシェリー! 久しぶりやな! 元気してたか?」


 見れば分かるだろう、とは答えずにマキに向き直ると頭をキッカリ三十度下げ礼を言う。


「マキ。シャーリーを救ってくれた件、感謝する。そしてランにも感謝を」


 マキに続きランにも頭を下げた。

 どうやら海底にいたシャーリーを救出した件を言っているらしい。

 だが二人は何を言っているのか分からず一瞬考え込んでしまう。


「……お? おーあれか。あん時はエマとノアが見つけたんちゃう?」

「そ、そうです! 私達はあの時……私達は違う場所に」


 ランは抱き合ったまま答えた。


「いや誰が助けた、ではなく仲間を探し助けだそうとしたその崇高な行為に感謝を。誰が助けた等は結果でしかない。私は結果で感謝の対象を選ぶ様な愚か者ではないしなりたくはない」

「相変わらず固いの〜。もっと気楽に行こ、な? な?」

「とにかく感謝を」

「もーえーって。ところでシェリー、マリ知らんか?」


 シェリーがピクリと反応する。これは根が正直者だから。

 それを知っているからこそド直球に聞いてみた。


「お〜? 今のは分かり易かったの〜。で、どこにおるん?」

「…………知らない」

「ほほう〜知らんのか〜。まあ今は先約があるようやから、それ終わったらあっちで二人でゆっくりと話しでもしよか〜?」


「……分かった」


 マキの目を見ながら頷く。


「相変わらず〜仲がいいわね〜」


 微笑ましい笑顔のラーナが茶茶を入れてきた。


「そやな、そっちはええ。で、何怒っとんの?」


「…………」


 マキの言葉にシェリーがまたピクリとした。


「なんや、その「…………」は。ウチにも言えんのか?」


「……エマ殿は何処いずこに?」


「へ? エマ?」「お姉様!」


 シェリーがエマの名を口にした途端、成り行きを眺めていたシャーリーが慌てて止めに入る。


「ん? エマがどしたん?」

「本人に直接問いただしておきたい事がある」


「そうかエマか。エマが今どこで何しとるかウチも知らん。知っとるのは主任のみ」


 とサラを見る。つられて全員サラを見た。


「ん? あーエマか? あいつはお仕置き部屋にいる」


「「「お、お仕置き部屋⁈」」」


 ラーナとシェリーを除く五人が叫んだ。


「お、お仕置き部屋って……なんぞ?」

「隔離区域だ。時間がくるまで外に……へ?」




「サラちゃーん……ってなーにー? エマちゃんにー何ーかーしたーのーかーなー?」




 ラーナの雰囲気が一瞬で変わった。

 それまでのお気楽笑顔が薄目の冷めた笑顔へと豹変していき、可視可能な程のドス黒いオーラが立ち昇ってゆく。

 その途端、全員が一瞬で腰砕きになり椅子に、又は床へと崩れ落ちた。


 勿論「王者」も同じくその場に崩れ落ちた。

 既に殆どの者は夢の中へ旅立っていた。


「まままま待てラーナ‼︎ おおおお前は壮大な勘違いしてるぞ‼︎ い、今は天探女アメと一緒にいる‼︎」


 一瞬で全ての汗腺から汗を流し、ソファーごと後退りながら慌てて説明をする。

 その際、制服の上着がずり落ち、もがいたせいかスカートがまくれてぱんてぃーが丸見え状態に。


「…………へ? 主任と? 何で?」


 天探女の名が出ると一瞬で元に。

 ドスオーラも霧散しキョトンとした表情へと変わった。


「ハァハァハァハァハァハァ……ま、まったく私とした事が……い、いいかよく聞け! 「お仕置き部屋」とは天探女アメ専用懲罰房であって、お前が想像している様な部屋では決して無い!」


 言い終えると同時に新たな通信が。


『さ、サラ主任! な、菜奈が! 今、殺気みたいな禍々しい気配が菜奈を!』


 普段の菜緒からは想像もつかない、ジェスチャーを交えた慌てっぷりと要領の得ない内容。


「ハァハァ……こ、こちらのミスだ。す、スマンがここで何名か気を失っている者がいる。医務室に運んでやって……くれ……」


 と言い残しサラも気を失う。


『主任⁈ え? サラ主任!』


 結局、ラーナ一人を残し全員気を失ってしまった……




 ・・・・・・




 急に視野が開け、真っ暗な宇宙へと出た。


 ……そこは何かの資料で見たことがある惑星……


 真っ黒な暗闇にポツンと青く輝いている星。


 その星には青々とした海。

 緑豊かな森林。

 両極には氷の大陸。

 赤道まわりには乾いた大地と植物が鬱蒼と生い茂った密林。

 ここは環境を弄らずありのままを残してきた星。ここまで豊かな環境が整っている星は皆無だろう。


 いつかは行ってみたいと思っていた星……



 今は……どうなんだろう……



 宇宙にはその星の衛星だろうか、灰色の星が付き添うように星の周りを周っているのが見える。

 その星からだいぶ、とは言っても隣の黄色い星との中間に、主星から見て直列で等間隔に並んだ巨大な建造物が三つ見えてきた。

 その内の一つ、外側にあたる建造物から宇宙船が数多く出入りをしている。

 その宇宙船も歴史の授業で見掛けた、確か何世紀前まで他星系への移民に使われていた輸送船だったと思う。


 視点が青い惑星に戻され、一番広大な大陸の端にある、竜? の形をした島へと移動する。

 その島の大洋に面した、然程大きくない都市から少し離れた海岸線沿いの一軒家へと意識が移った。


 これといった特徴のない、どこにでもある庭付きの平均的な住宅。

 その住宅は小高い丘の上にあり、隣家からもほどよく離れていて、敷地も広く芝生の庭からは海が見える。


 その家のリビング? に視点が移る。そこにいたのは男女のペアが二組と子供が二人。ペアはソファーに座り向かい合って何かを話している。

 一組はどこかの組織だろうか、お揃いの立派な制服を着こみ、もう一組の私服の男女に何かを淡々と説明していた。


「本当に安全なんだろうな⁈」

「別にうちの子じゃなくても……」


 夫婦であろうか、説明を受けているそこそこ若そうな男女が、向いに座っている制服を着た男女に詰め寄る。


「このままでは全人類……いや宇宙そのものが消え去ってしまうかもしれないんです」

「我々人類が生き延びるためにはお嬢様方の協力が必要不可欠なのです」


 卓上に置いてある機器を操作しながら空間モニターに説明している内容を表示、それを見せながら同じ説明を繰り返す。

 ただ口調は丁寧なのだが、男が発する声には殆ど感情が感じられない。


「だ、だからと言って私達の同行も許さないって……」


「先ほどからご説明しておりますが、政府が全面的にこのプロジェクトをバックアップしております。お子様の安全面にはご心配いりません」

「このプロジェクトにご参加いただくのは「桜」さんと「椿」さんのお二人だけではございません。他にも数千組参加していただく予定で、既に大半の方々のご承諾は得ております」

「勿論、データーが揃い次第、お嬢様方は


 矢継ぎ早に畳み掛けてくる。


「お父さん。お母さん。私、やってみる……」


「「え?」」


 娘の突然の発言に両親が驚きの声を上げた。

 見れば部屋の入口に十代前半と思しき少女が一人、不安そうな表情で立ち尽くしていた。


「いいよね?」


 すぐ後にいたもう一人の女の子の顔を覗き込みながら同意を求める。


「お姉ちゃんが……やるっていうなら……」


 俯きながら返事。

 なので妹の表情はよく分からない。


「ちょ、ちょっと待って!」

「そ、そうだ! もっとよく考えた方が……」


「でもこの世界が無くなっちゃうかもしれないんでしょ? 私達に協力できることがあるなら手伝わないと」


「で、でも……」


「それに終わったら帰ってこれるって言ってるんだし……」


「「…………」」


 娘の発言に言い返そうと口を開くが、声が出なかった。


「それではご了承頂けたと判断致します。学校や各機関の手続きはこちらにて行いますので、三日後の出発の時間までご家族で過ごされるのがよろしいかと思います。また、お父様とお母様におかれましては今後、勤労の義務が免除となり毎月政府から謝礼金が支給されます……」


 夫婦への説明が続く、が若い夫婦の意識は既に娘達に向いており、耳には入っていないようだった。




 視点がまた変わる。

 今度は地上の宇宙港ラウンジ。

 そこの一般エリアにいる人は何処かに旅行にでも行くのだろうか、皆笑顔で陽気な雰囲気。


 そこから少し離れた所に政府専用エリアが。ここは一般エリアとは真逆で静まり返っていた。

 そこに数十組の親子がおり、それぞれがそれぞれの流儀で別れを惜しんでいる。


 その中にあの親子の姿も。四人は抱き合いながら涙を流していた。

 そばには家に説明に来ていた男女が一家を見守る。

 男は関心が無いのか全くの無表情。女は俯き加減で親子から目を背けていた。


「どうしてウチの子なの……」


 母は二人を正面から両手で抱きしめ泣いている。


「二人ともお互い助け合い、無事に帰ってくるんだぞ」

「「うん」」


 父は母の脇から三人纏めて抱き締めながら泣く。


「お父さんもお母さんも……貴方達の帰りを待ってるから……ね」


 家族だけに聞こえる声で母が呟く。


「そろそろ時間です」


 脇で控えていた男性が声が声を掛けると両親は抱いている手をゆっくり離す。

 その震えている手を桜が取る。それを見ていた椿が自分の手を重ねて家族の手が一つとなる。


「……それじゃ……行ってきます」


 大粒の涙を流しながら笑顔を作り声を絞り出す。


「大丈夫だよ! お姉ちゃんの面倒は私がちゃんと見るから!」


 椿も両親を安心させようと、くしゃくしゃな泣き顔から無理やり笑顔を作って見せた。


「「うん……うん……」」


 対して両親はまともに返事が出来ない。


 ここで女が姉妹の後ろに来て背中にそっと手を回す。

 すると桜の手が、続いて椿の手が両親の手から名残惜しそうに離れてゆく。


「では」


 両親に深々と頭を下げてから二人の背を押し歩き出す。両親の嗚咽混じりの声に後ろ髪を引かれながら。

 だが数歩歩いたところで幼い姉妹が自分を見ているのに気が付き、歩みを止める。

 女は姉妹の「瞳」を見る。そして笑顔に変えてから二人に手を差し出すと、躊躇いながらも握ってきた。


 歩みの速度を姉妹に合わせながら、後ろだけは振り返らぬまいと、先行して行く男の後をついて行った……

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