第52話 訓練!

 ・・・・・・




 エマ達を見送った後、クレアとワイズの二人は連絡艇を使いドリーにある保養施設に隣接された駐機場へ。

 今回は既存の設備を利用した屋外訓練。なので昨晩のうちにあらかた準備を終えていたので手荷物も最小限しか持ち込んでいない。


 訓練の第一目標は現状の見極め。

 数日間はワイズとの対戦形式とし、攻める側は非殺傷系の武器を使用。守る側はその攻撃に当たらないように逃げ回り、一定時間で「攻守」を交代するという単純なルールとし、そこで得たデータを基に今後のプランを練ることにした。


 ただクレアが生体強化や情報部で訓練を受けているとはいえ、ワイズとの実力差は始める前から明らか。このままでは一方的な展開が予想されたのである程度の「ハンディ」を設定した。

 クレアは飛び道具(模擬弾/ペイント弾)を攻守に関係なく使用できる。攻撃時に当てた場合は制圧判定で攻守交替。守備時に当てた場合、一発につき一分間持ち時間が減る。

 対するワイズ自身は装備品は使わずに身一つで対応し、相手に触れることで攻守交替とし守備時の手出し(反撃)はNGとした。


「ではよろしくね!」

「ん〜いつでもどうぞっす!」


 今二人がいるのは広大な駐機場の丁度中央。

 向かい合い握手を交わす。

 そのまま足早に遠ざかってゆくワイズ。

 10秒数えてから銃を手に取りワイズの後を追う。

 すると五十mほど先で隠れるわけでもなし、背を向けてボーと突っ立っているワイズを発見。情報部仕込みの軽やかな仕草でペイント弾を放つ。


 因みにクレアが使っている銃は所有者の思考と連動する機能を持たせたノア特性の「あの」逸品。弾道補正機能や自動追尾機能、さらには質量系の弾だけでなく電磁波(所謂レーザー)もなどが盛り沢山。

 だがそれを使ったらクレアが意図する訓練にならないと、今回に限りその手の便利機能の一切を封印、古代さながらの「トリガー一回につき球一発」にしてある。



 パシュパシュパシュパシュパシュ



 当たらない。

 いや違う、当てられない。

 この距離での射撃は情報部で何度も経験している。

 しかも相手の死角となる位置でこの距離。

 古代のような「化学反応」で弾を打ち出していないので察知は不可能。

 なのに予知能力でもあるかの如くひらりと避けて見せた。初段を放つ瞬間には弾道から逸れた位置に移動を始めていた。


 ワイズは未成年とは言え探索者。なので生体強化はしていない。

 だからこそこちらが弾を放つ以前に行動を起こさなければ避けられない。



 ──何か秘訣があるに違いない。それを見極め自分のものにしないと。



 どうせ反撃はしてこない。ならばと最短距離で近付き胸部に狙いを定める。その時にワイズがやっここちらを向く。

 確実に狙いを定めようと両手で銃を握りながら足早に近づく。勿論テンポよくトリガーを引きながら。

 脱衣所の時もそうだっだが、今回も同じくのらりくらりと避けていた。

 その内トリガーを引いた瞬間「当たらない」のを悟り歩みを止める。

 だがそこで諦めずにワイズの死角に移動したり、物陰から回り込み不意打ちをしたりと色々と試してみたが……結果は変わらなかった。



 カーーーーン



 島中に響き渡る攻守交替の鐘の音。

「ローパー音頭」を彷彿させる動作で交わされ続けること三十分。ここで攻めの時間が終了。今度は逃げる番だ。

 因みにワイズの攻撃ターンは三十分ではなくハンデとして10分と短くなっている。


「ん、今度はこっちから行くっすよ」


 あれだけ動き回っていたのに息が上がった様子は見られない。

 こちらも生体強化のお陰で大して疲れていない。

 なので遠慮せずに


 十秒間のインターバルをフルに生かそうと全力疾走で駆け抜け百m近く距離を取ってから振り返る。

 とここでワイズに動きが。

 今まで穏やかな表情だったワイズは真顔に変え、両手を前に突き出してのひらをクレアに向けニギニギさせながら「ゆっくりと」近づいて行く。


 これはワイズなりに考えた演出でクレアの動揺を誘う作戦。

 クレアとほぼ同じ身長のワイズ。上げた手の高さ、そして不規則に動き回る指の位置はクレアの山脈がある高さ。

 通常モード普段の好青年のワイズを知っていれば「その意思はない」と分かるのだが、クレアは先日ワイズに会ったばかり。しかも脱衣所で見せたあの行動を目前で体験したので効き目は絶大。

 ワイズの思惑通りクレアは「あの手は自分の胸を狙っている」と早々に判断、後退しながらワイズに向けて何度も撃つ。

 しかし努力の甲斐なく放った弾は足止めにもならず二十m程まで距離を詰められてしまった。


 もう目と鼻の距離。この距離になっても手の動きを止めない。さらにあの真顔。

 だが諦めない。ここで諦めたら只の鬼ごっこでしかない。

 なので諦めずに逃げる。


 だがここからは恐怖の始まりだった。

 ワイズはある程度まで距離が開くとスーと迫り、距離が狭まるとスピードを落として間を取る。

 これはこれでクレアにとっては恐怖に他ならない。見えない紐で繋がれている感覚。

 振り向けば視界のどこかに必ずワイズがいる状態。しかもあの表情と仕草のまま。


「イヤーーーーーー!」


 緊張の糸が切れてしまったのか、ついに泣きだすとワイズに背を向けなりふり構わず逃げ出してしまう。

 これはエマと「特別な関係」になってしまったがために起きた反応。

 これが保養所で訓練を提案したあの時であったならこんな反応はしなかっただろう。


「んーーーー」


 心の中で「あらら」と落胆するワイズ。「これは時間が掛かるな」と思いつつ、口には出さずに追いかける。


 一方クレアは「手加減」されてこの力量の差を思い知る。

 今日は小手調べとの意気込みでいたが現実は甘くなかった。

 手も足も出ず、必死に逃げまくるしかなかった……



 結局一度も逃げきれず、同じタイムで攻守が後退。

 初日だからと日が暮れる前に切り上げ保養施設に戻った。

 その後、ワイズと夕食を共にした際に「秘訣」を教わろうとしたが「申し訳ないっすが夜は学業優先っす! 平にご容赦を!」と断られてしまった。

 どうやらこの後、勉強を始めるらしい。

 なので「手伝おうか?」と聞くが「大丈夫っす! それよりクレアさんはしっかり休んで欲しいっす!」と断られてしまう。


 自分のエゴに突き合わせ、さらに気まで使わせてしまい申し訳ないと心の中で謝罪をする。

 そして彼の善意を無駄にはすまいと今日は早めに床に就いた。





 訓練二日目。


 昨晩の食事を終えた後、サラの指示通りに基地AIと星系AIから対人戦闘スキルについてダウンロードしておいたデータを閲覧したのたが、今の自分のレベルではどれもこれも役に立たないと判明する。


 情報部の話になるが業務内容は多岐にわたる。代表的なものでは古代でいう「警察」の役割。

 それ以外にも市民の安全に寄与する活動が多くあり、その為情報部に入ると漏れなく射撃と護身術の訓練を受ける。

 ただこの平和な時代、その訓練を実践する機会はあまり多くない。

 何故なら隅々まで張り巡らされたネットワークの恩恵で大半は未然に防げているから。


 だが実際に出動する機会は「たま」にあるが、情報部製アンドロイド達が我々が到着する前に解決してしまいその機会は巡ってこない。

 さらに仮に間に合ったとしても、武装している相手に生身の人間が矢面に出ることは規則で禁じられている。

 緊迫した状況下での実践経験が皆無なのだ。


 さらにこの実力。対人戦の基礎にすら達していない自分がデータを参考にしても「身につく」まで数年は掛かかるだろう。

 こればかりは経験がものをいう。つまり役には立たない。


 ただ救いはある。「生体強化」を受けたこの身体だ。生体強化していない探索者達に比べれば各能力の伸び代は段違いに大きいはず。鍛えるだけ成長する。


 今の自分に最適な他の方法を考えなければ……


 ということでワイズ、ノア、ラーナを交えた四人で話し合った結果、このままワイズとの1対1の訓練で伸びしろが見込める能力を見極め、それを優先的に鍛え上げることにした。

 さらに空き時間を利用してノアとエマの企みである、ナノマイクロチップを利用した「生体制御の訓練」を行う事とした。


 訓練そのものは肉体を弄るのではない。既にノアの手により改造を施した脳内チップを活用し「脳細胞」を鍛えるだけ。

 これは将来を見越した訓練。「アレ」を使いこなせるようになればかなりの戦力となるだろう。

 だがミアが戻らないと「アレ」は完成しない。「アレ」を制御出来るアプリがないと使いこなせない。それはクレアも知っている。

 ワイズにはノアから「アレ」の趣旨を説明してある。ワイズは非公式ながらもその趣旨を考慮して肉体の訓練に取り入れ協力してくれている。


 なので本日から、

 ①ワイズとの訓練(日中)

 ② 精神鍛錬イメージトレーニング(夕食後)

 とし、ある程度進んだら、

 ③ワイズと共に対人兵器の制圧(①の目途がつき次第、入れ替えとする)

 となった。

 なのでワイズと夕方まで「鬼ごっこ」をする。



 九時から訓練を開始したが前日の繰り返し。

 いくら撃とうが当たらない。

 逃げる場合も同様できっちり同じタイムで捕まってしまう。



 ──気配を読まれている? ……試す価値はあるかも。



 ならばと遮蔽物が多い林に足を踏み入れる。不規則逃避しながら時折立ち止まり後方を確かめてからまた走り出す。それを何度か繰り返したのちに「守りに適した」大木を見つけそこに身を隠した。


「すーーはぁーーすーーはぁーー、あ、あと二分」


 極力音を立てずに息を整え心を落ち着かせる。

 すると周囲の雑音が消え遠くの波音が聞こえてくる。さらに自分が全身汗だくになっているのに気付いた。

 ここで周囲に全神経を傾ける。

 この林に逃げ込んでからワイズの姿は一度も見掛けてはいない。

 撒けたのか? とも思ったが気配だけは変わらずに感じられる。

 その気配もこちらが移動すると気配も動き、止まると気配も消える。



 ──残り一分……



 最後に大きく息を吐いてから腰のガンを取り出し周りを見渡す。

 この林は海側へ緩やかに傾斜しているだけで凹凸もなく平坦な地形。さらに木々も間引かれており陽の光も適度に差し込んでいる視界は良好。

 しかも散策用の小道を除けば地面は落ち葉の絨毯なので近付けば苦も無く見付けられるだろう。


 しかしどうしてワイズに弾が当たらないんだろう。

 エマは癖を読むのが上手だと言っていた。確かにそれしか考えられない。


 ガンを撃つには「相手を見て」「構えて」「トリガーを引く」たったそれだけ。そのどれかを読まれている。

 ならばと色々試した。

 顔を背けて撃つ。

 手元を隠して撃つ。

 見えない位置からの「跳弾」も試してみた。

 しかし全てを躱された。



 ──他の要因……



 その時、一枚の葉が顔前を音も無く落ちてゆく。

 油断していたからか無意識にそれを目で追ってしまう。

 その瞬間、いきなりワイズの気配が真上に。

 咄嗟に顔とガンを持った手を上げる。その時、見えたのは「落下している」ワイズだった。


 かなりの至近距離。一瞬だけ重なる視線。

 止められない両手が真上まで上がり切ったところで、胸からなんともいえない感覚が。

 見れば残念そうな顔をしたワイズが私の山脈を丹念に撫でていた。


「ん~~やっぱりじゃないっす~」


 落胆の表情で大きなため息を一つつくと撫でるのを止めて手を離す。

 離れた瞬間に我に返りると急いで胸を手で隠しながら後方へ距離を取ろうとバックステップするが、背には大木があり無防備な背中と後頭部をかなりの強さてぶつけてしまった。


「い、痛ぅーー」


 視界に無数のお星様が瞬き、そのまま頭を抱えて座り悶え苦しむ。


「く、クレアっち、大丈夫っすか⁇」


 頭よりも背中が痛い。

 悶え苦しんでいると背中と後頭部を優しくさすってくれる。

 その時にぶつけた所を確かめて貰うとかなり赤くなっていると教えてくれた。

 骨折や擦過もなく単なる打撲だから時間と共に痛みは治るだろうと。


「ん~クレアっち、気分転換に昼休憩にするっすかね」

「そ、それには賛成ね……でも、今すぐはちょっと歩けない……かも」


 体を動かすと痛みが。今は立ち上がるのも辛い。


「ん! 任せるっす!」

「キャッ!」


 いきなり手を回されるとお姫様抱っこをしてくれた。


「ん! 一度宿に戻って診て貰うっす。」

「あ、ありがとう……」

「ん? 気にすることないっすよ!」


 清々しい返事。あれだけ動き回っていたのに疲れている様子は見られない。

 しかも私を抱えているにも拘らず颯爽に保養施設に走ってゆく。

 さらに弟と呼べるくらいの歳の差の子に気を使われてしまった。恥ずかしいというよりも、情け無い気持ちになってくる。


「……一つ質問してもいい?」

「ん? どうぞっす」


「君はニンジャかなにかなの? なんだか人間じゃないみたい。何処かで訓練したの?」

「……んーー筋トレくらいで、特にしてないっすよ」

「ならどうしてあんな動きが出来るの?」


「ん、企業秘密っす」


 うんうんと一人頷く。


「へ? 企業秘密?」

「ん! 強いて言えばエマっちの「神乳」が成せる技……っす!」


 何を言っているのか理解不能。いや単に答える気が無いだけかも。


「因みに今は制限が掛かってて本調子とは程遠いっす」

「……え? あれで?」


 では本調子だと?


「…………あ、弟君は?」

「ん! の男っす! 純粋にエマっちの微尻に魅かれているだけっす!」


 うーーん、ここまで公言するとは。

 あの夜にワイズに対して見せたエマの過剰なまでの反応。今までこの二人に相当苦労してきたんだと思う。

 それはそれとして……結局今日も成果が得られなかった。


 進歩のない自分に落胆し俯いてしまう。

 そんな私を、歩みは止めず心配そうに一瞥いちべつしたが、直ぐに笑顔に戻した。


「ん〜そんなに深く考えない方がいいと思うっす。俺っちっすから、真似しようと思っても無理っすよ?」

「……無理かな?」

「ん…………クレアっちは約束は守るタイプ?」

「え? う、うん」


「ここだけの話、俺っちにはがついてるっす。女神様のならほぼ無敵なんす」


「…………」

「内緒っすよ? それよりクレアっちは得意分野を優先的に伸ばしたほうが良くないっすか?」

「私の……得意分野?」

「そうっす! 俺っちなりに色々試してたっすけどおいらの気配、分かってましたっすよね?」

「何となく……だけど」

「ん! グーす! 今まで俺っちの気配分かった奴はクレアっちで二人目っす!」

「そう……なの?」

「ん‼︎ そこ自慢していいっす!」

「はは、分かった」

「んん、そしたら予定変更して午後は色々試してみるっす!」

「そうね……うん、よろしくね。ところでもう一人って誰?」


「……知りたいっすか?」


 雰囲気が変わり笑顔が消える。


「えっ? い、いや無理には」

「リンさんっす」

「え? ランちゃんのお姉さんの?」

「あの人は俺っちとは違って神レベルの天才っす! ホント脱帽っすから!」


 笑顔に戻して答えるが丁度そこで保養施設に到着してしまい続きは聞けず終い。

 そのまま保養施設に入りアンリちゃんが待機している仮医務室へ直行。

 事故で起きた怪我の状況は脳内チップを通し遅延なく彼女へと送られており、その時に行った仮診断でも「単なる打撲」との結果が出ていた。

 ただクレアの精神面を考慮し「念のため」と全身スキャンを実施。その結果をアンリちゃんから本人に伝えた。


「流石、生体強化しているだけはあるわね~。骨折もないし脳も異常なし~。打撲だけだから塗擦薬塗っておけば明日には跡形もなく治ってるわよ~♡」


 スポーツブラを肩まで捲り上げ背中を見せるとアンリちゃんが慣れた手つきで塗擦薬を塗ってくれる。


「あら、綺麗なネックレスしてるわね~。とっても似合ってるわよ~♪」


 特に隠していたわけではないが見せびらかせようとも思っていない。身に着けているのはエマの期待に応えたいから。



 首から服で隠れた胸元へと掛かっているプラチナ色のネックレス。

 これはエマがDエリアへ旅立つ直前に「訓練を無事終えれますように」と「石言葉」通りの願いを込めて贈ってくれた、エマ入魂の一品。


 何処が特別なのかというと、外見的にはその辺のアクセサリー店で売っているありきたりなペンダント型ネックレスなのだが、チェーン部の素材はワイズ艦の残骸から拝借し、ノアに加工してもらった物質で出来ており見た目に反して強度は抜群。取り外し用のフックもクレアが許可をしないと取れない様に細工してあるので紛失の心配もない。

 チェーンの先は胸の谷間の中に隠しているが、そこには十カラット大のダイヤモンドが。

 このダイヤはエマが長年趣味で集めていたキラキラ石の中から一番のお気に入りを用いた。

 勿論天然石で一片の曇りもない、この世に一つしかない超レアな希少品で、どこかの世界的に有名な大会社の社長の総資産に匹敵する程の価値を有する。

(残念ながら市場を通していないので「証明書」がない。なので価値は無いに等しいが)



 薬を塗り終わりスポーツブラをつけ軽く髪を整え、アンリちゃんに礼を言ってから仮医務室を出る。

 この後昼食を取るのでワイズが待っている宿のレストランへと向かった。

 レストランの入口を通ると掘り炬燵風の客席が並んでいるエリアの中央付近にワイズが座っていた。

 彼は四人掛け席に座り自身の前に出ている空間モニターと睨めっこをしながら頭を掻きむしっていた。


「ごめんね。お待たせ」


 席に近づいてから声を掛ける。


「ん~~どうっすか? ケガは?」

「ただの打撲。心配かけちゃったね」


 薬を塗って貰ってから嘘のように痛みが引いた。


「ん、もし後に残るような怪我したらエマっち悲しむっす。俺っちも悲しむ姿だけは見たくないっすから」

「はは、そうね。でも自業自得だし君には責任はない。でも今後は気をつける。それより何を夢中で見ているの?」


 余程大事なのだろう、会話中も空間モニターから目を離さずに集中している。


「ん~~勉強っす……」

「勉強? 何の?」

「ん、自分まだ学生っすから……。学校の宿題ってか課題っすね」

「……あ、そうか。まだ十六だったよね」

「ん、そうっす。もうすぐ卒業なんで卒論を仕上げなきゃならないっす……」

「卒論か……懐かしいな~ってこんなことしてて大丈夫?」

「ん? こんなことって?」

「いやいや訓練!」

「……大丈夫っす……多分」

「ホントに? 因みに卒論のお題は何にしたの?」

「ん?……恥ずかしいから秘密っす」

「え? ま、まあ手伝えることがあったら遠慮なく言ってね。訓練手伝って貰ってるんだし協力は惜しまいよ」

「ありがとっす」

「……ということは弟君もだね。彼はどうするんだろう?」

「ん、あいつはちょー真面目だから二ケ月前に提出済みっす。だからカウントダウン待つだけっすね」

「へ~大したもんだ」


 必ず一度は誰もが通る試練。それは義務教育課程を終えるまでに提出しなければならない「卒業論文」であり(ワイズ曰くこの作品の作者と同じで)文章が支離滅裂で上手く纏められずに四苦八苦しているとのこと。


 彼の本分は探索者ではなく学生。なのでそう言われたら引き下がるしかない。なにせ「卒論」を提出しなければ「卒業」を認めてもらえないのだ。当然だが認めてもらえなければ正式に探索者にはなれない。

 彼は今まさに人生の岐路に立っているのだ。


「……本当あいつは真面目すぎるんすよ」

「……あいつ? 弟君のこと?」

「ん……とりあえず飯にするっす!」

「そ、そうね」


 ワイズは「この話はお終い」とばかりにモニターの画面を切り替えメニュー表を呼び出す。

 私もそれに合わせて食事を選び始めた。

 とその時、メニュー画面が前触れもなく突然切り替わり、ピースサインをした笑顔のラーナが映し出された。


「「!」」


 二人して固まる。


「ラーナちゃん~またまた復活ぅ~」

あねさん驚かさないでくれっす!」

「び、びっくりしたーー」


 ワイズも驚いたが私も結構驚いた。動機を収めようと手で胸を押さえる。


「訓練は順調~?」

「……ちょっとだけ」


 作り笑顔で力なく答える。

 そんな私をワイズは暖かい目で見ていた。


「あんまり考え込まないでね~。後ほど私と~ノアちゃんと~お客さんの四人で~そっちに遊びに行くね~」

「お客さん?」

「誰だろ?」


 ワイズと顔を見合わせる。


「夜は宴会~覚悟しといてね~」

「「了解」」


 二人揃って探索部式の敬礼をするとラーナは軽く手を振る。そのままモニターが消えた。

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