日曜日のキャラメルラテ
甘いものが食べたいな、と思った。今日はもう用事がなかったし、いつもならさっさと家に帰るのだが、不思議とそんな気にもなれなかった。
駅を出てスマホを取り出し、「近くのカフェ」で検索する。特に何も考えず、一番近くにあった店に足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
店員の挨拶を会釈で返し、入店。すぐ近くに駅があるからだろうか、客が多く、そこそこ繁盛しているらしい。適当に注文を済ませ、外がよく見えるカウンター席に座った。
店内の客はカップルか家族連れのみで、一人で来ているのは私だけのようだ。客の話し声に重なるように音量大きめの洋楽のバラードが流れ、キッチン側からカチャカチャと食器を洗う音が聞こえる。少し騒がしい店に来てしまったとちょっとだけ後悔する。もう少し落ち着いたところがよかったが、諦めてスマホに目を落とした。
しばらくぼんやりとスマホを見ていると、注文したものが運ばれてきた。キャラメルラテと、チョコレートケーキ。ラテにはハート型にミルクが注がれている。まずは喉を潤そうとラテに手を伸ばし、一口飲む。エスプレッソの特徴的な苦みに、優しいミルクの甘さとキャラメルの香り。ほう、と一息ついて僅かな違和感を覚えた。
首をかしげてコーヒーカップを見つめると、その疑問はすぐに氷解する。カップの持ち手が右側についているのだ。なんだ、それだけか、と思いカップを半回転させようとして手を止めた。向きを変えたら、ハート型に注がれたミルクが台無しだ。苦笑いしつつカップを両手で持ち、もう一度ラテを呷った。
カップをテーブルに置き、ケーキをこちらに引き寄せる。当然のようにフォークの持ち手は右向きだったが、あまり気にせず左向きに直した。どうしても嫌なら、自分が右利きに矯正すればいい話だ。自分はそこまで不便を感じている訳でもないし、この年になって直そうと思う気にもなれない。
目の前にあるケーキの甘さに罪がないように、取っ手が右側になるようラテを注ぎ、フォークの持ち手を右向きに置いた店員さんにも罪はない。そう、甘いケーキに罪はない、そんなくだらないことを考えながら、チョコレートケーキを口に運んだ。ほろほろとしたくちどけにしっかりとしたチョコレートの甘みだ。
また一息ついてガラスの向こうの大通りに目を向けた。大通りと言うだけあって、人も車も多く行き交っている。特になんの感想も抱かず手前のガラスに視線を移せば、つまらなさそうな顔をした自分がいた。やはり何か思いついた訳でもなくただただぼんやりとしているばかりだ。
機械的にラテとケーキを口に運びながら外を見つめる。こういう風にぼうっとしていると、自分は一人でいるのが好きなんだと実感させられる。もし、この瞬間私が何者でなくとも、一人でいれば、誰かに咎められることはない。他人と接している間は私として、どこかの誰かに貼り付けられたレッテルやバイアスを抱えなければならない。街の一角にあるカフェ、一枚の絵画の背景のように、それこそガラスに映る自分の顔がなくたって、それを見る人がいないなら、なんにも言われないはずだ。
再び大通りを見る。忙しなく歩いていく誰かさんたちも、他人に認識された自分のまま歩いているのだろうか。
気づけばもうケーキは食べ終え、コーヒーカップに浮かぶハートも大きく歪んでいた。最後に残りのラテを飲み干して、ごちそうさまでした、と呟く。食器類を運び、すぐに店を出た。
さっきまで眺めていた大通りに紛れ、自分が歩いていると思うと不思議な気持ちになる。ふと空を見上げると、秋にしては珍しく雲が流れていた。風も日を増すごとに冷たくなっていて、次第に秋が遠のいてゆくみたいだ。
私は私に成り切れないまま、今日を閉じていった。
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