エピローグ

これからは一緒に歩んでいこう

「心桜、力んで!」


「んー!」


神功(じんぐう)皇后様の声に合わせて天井からぶら下がる紐に掴まり、力む。

神様の産屋は……恐ろしく、ローテクだった。

だって、時代劇で見るようなあれなんだよ!?

朔哉なんてなんで無痛分娩できないの!? って絶望していたし。

まあ、神様の世界では出産なんて稀なんだから仕方ないのかもしれない。

その代わり朔哉は産婆にわざわざ、安産の神様を選んでくれた。


「あとちょっと、頑張って!」


「んー!」


苦しい。

ひたすら、苦しい。

一瞬、なんでこんな苦しい思いしているんだっけ? とか現実逃避しそうになる。


「生まれた!」


「んぎゃー、んぎゃー」


産屋の中に響き渡る、元気な泣き声。


「生まれたか!」


きっと、産屋の前で落ち着かずにうろうろしていたであろう朔哉が、勢いよく戸を開けた。


「まだ殿方は出ていっていてください」


冷たく環生さんが言い放ち、ぴしゃっと戸を閉めてしまうと苦笑いしかできない。


「ご苦労様。

立派な男の子よ」


神功皇后様が私の腕に赤ちゃんを抱かせてくれた。

当然ながら、すでに面付き。

この子はすでに神様だから、私が素顔を見るなんてあっちゃいけない。


「初めまして、私の赤ちゃん」


黄泉に行った私を守り、自分も留まってくれた、愛しい愛しい我が子。

初めまして、こんにちは。

一緒にいられる期間は短いけれど、それまでは精一杯愛するから。




ようやく、私の部屋として用意されたそこでベッドへ横になり、落ち着く。


――コンコン。


「心桜」


ノックの音がして顔を向けると、朔哉が入ってきた。


「赤ちゃん、会ってきた。

本当にありがとう、心桜」


朔哉の両手が私の手を取り、ぎゅっと握る。

それだけで疲れが癒やされた。


「名前。

どうなるんだろうね」


「さあね。

変なのじゃないといいんだけど」


子供の名前は、うか様がつけてくれることになっている。

張り切っていたけど……少しだけ、不安。


「それで。

……お待ちかねの時間だよ」


そっと朔哉の手が、自分の顔にある面にかかる。

子供が生まれたことによって、朔哉は完全に、人間になった。

だから私の前でもう、面は必要ないんだけど……。


「待って。

……怖い」


「怖くなんかないよ」


「だってそれでもし、朔哉が消えちゃったら?

そんなの、怖いよ」


そんなことはないとわかっていても、もしを考えると怖くて怖くてたまらない。


「大丈夫だよ。

私を信じて」


「……うん」


あやすように朔哉の手が私のあたまを撫でる。

それで少し落ち着けた。


「じゃあ、外すよ」


ゆっくりと朔哉の面が外される。


きりっとした細い眉。

くっきり二重の、濃紺と金の瞳。

シュッと通った鼻筋。


「そんな顔、してたんだ」


「幻滅したかい?」


「思ったよりもイケメンで、びっくりした」


面を取った朔哉が私の好みじゃなかったとしても、がっかりしないって決めていた。

でも、そんな心配は杞憂だったみたい。


「でもなんか、眩しい……」


「ああ、ごめん!」


朔哉は胸ポケットからなぜか眼鏡を出し、かけた。


「神の力の残滓、じゃないけど。

そういうのが滲み出てしまうみたいなんだよね。

こうやって眼鏡をかけていれば抑えられるから」


「う、うん……」


いや!

その黒縁ハーフリムの眼鏡、さらに顔面偏差値上がっちゃって、全然抑えられていないから!!

かえって、眩しくなっちゃってるから!!

ううっ、私に眼鏡萌え属性はないと思っていたけど、実はあったのかな……?


「それで。

これからどうしようか」


「子供が七つになるまでは教育係としていなきゃいけないんだよね?」


「そう」


力は完全に継承されたけれど、使い方とか業務の引き継ぎとか。

そういうのがあるから七つまでは子供の傍にいていいらしい。


――でもきっと。


そういうのは方便で、少しくらい子供と一緒にいる時間を与えてやろうという、優しい配慮なんだと思う。


「そのあとはどうしよう?」


「どうする?」


選ぶ道はふたつ。

敷地の隅に小さな別邸を建てて、そこでひっそり人に会わず暮らすか。


もしくは――人間界へ降りるか。


「心桜と人間界で、シュークリーム専門店を出すっていうのもいいな」


「朔哉、本当にシュークリーム好きだもんね」


宜生さんはうか様の持ち込むシュークリームを黙認してくれるようになった。

それでうきうきと、朔哉はあちこちのシュークリームをお取り寄せしている。


「いまから作り方を研究したら、ちょうどよくないかな」


「決まりなの?」

楽しい、私たちの今後の計画。

もう私は、朔哉を何十年も何百年もひとりにしなくていい。


「まだ七年あるんだよ?

ゆっくり考えよう?」


「そうだね」


ゆっくりと、朔哉の唇が重なる。

これからは同じ時を、一緒に歩いていこう――。



あ、ちなみに子供の名前は「桜哉おとや」に決まりました。

私の名前と朔哉の名前から取った、安直な名前だけど。

うか様が私の名前を酷く気に入ったからなんだって。

これは、名付けてくれたお祖母ちゃんに感謝だ。



【終】

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お稲荷様に嫁ぎました! 霧内杳@めがじょ @kiriuti-haruka

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