最終章 あなたと私の未来

5-1 小さいけれど大きな変化

「おはよう、心桜」


「おはよう、朔哉」


私の髪を一房取って、ちゅっ。

毎日の、朝の光景だ。


ベッドから出ると、環生さんたちがたらいと水差しを持って入ってくる。

顔を洗って、髪を梳いてもらって。


「ありがとう」


「……失礼いたしました」


相変わらず、言葉を交わすのなんてこれしかないけれど。

でも、たすきの端ではタンポポとレンゲの模様が揺れている。


「今日はどんなのにしようかなー」


戻ってきた朔哉がぱちんと指を鳴らせば、私のお着替えは終了。

今日は縞の着物に大きなリボン風の帯、裾は短めで襟元ともにレースがのぞいている。


朝ごはんを食べて朔哉はお社へお仕事に、私は――。


「今日もよろしくお願いします」


「では……」


宜生さんに頼んで、こちらの世界のことを勉強中。

朔哉が神様だと理解したあとから、なんとなく神話なんか読んで調べてみたりもしていた。

嫁ぐことが決まってからはさらに。

けれどあれは人間目線で書いたもので、正確なこちらのことではない。

なのでいまさらだけど、いろいろ教えてもらっている。


「ほんと、いろいろなんだねー」


朔哉……というか、朔哉のご先祖?はもともと、土地神様のような存在だったらしい。

村の片隅に祀られている、小さな神様。


けれどうか様がこちらへ分社を建てるにあたって、代理として抜擢された。

同じ神様を祀る神社がたくさんあるけど、どこも同じようなシステムを取っているらしい。


それで、抜擢された朔哉はめきめきと頭角を現し、あっという間に九州を束ねるほどの稲荷神になったというわけだ。


ちなみに御稀津って名乗っていたのは、仮の名なんだって。

本名はうか様の別名の、三狐神みけつかみという。


「それで、うか様が千歳を超えているとかさー」


うか様は伊弉諾尊いざなぎのみこと伊弉冉尊いざなみのみことの娘になるんだって。

これは日本書紀と古事記で違うんだけど、日本書紀が正しいらしい。

朔哉は三代ほど代が変わっているからいま二百六十歳だけど、うか様は代替わりしたのがずっと昔だから千歳を超えているらしい。

あのバイタリティで千歳越えは恐ろしいけど。


お昼になって戻ってきた朔哉と一緒にお昼ごはん。


「うか様が心桜に頼みたいことがあるからって言ってきたけど」


「えー、なんだろう」


また、虐められちゃうのかな。


「嫌なら……っていうか、私が断ってしまっていいよね」


朔哉は酷く心配そうだけれど、陽華さんが言っていたことも気になる。

だから。


「話だけでも聞こうかな」


「いいのかい?」


また私を虐めるっていうなら受けて立つし、本当になにか困っていて頼みたいのなら聞いてあげたい。


「うん」


「じゃあ、連絡入れておくね。

……こほっ」



ん?

朔哉いま、咳をした?


「朔哉?」


「ん?

なんでもないよ」


朔哉は笑って食事を続けている。

神様は病気にならない。

だから、いまのは気のせいだと思ったんだけど。



午後、朔哉に連れられてうか様のところへ行った。

久しぶりに目隠しでお出かけだったんだけど、鳥居を抜けたところでは陽華さんが待っていた。


「じゃあ、目隠し取っていいよね?」


「ヤダ。

このままがいい」


私を抱き抱えたまたすたすた朔哉は歩いていくから、また首に抱きつく。


「心桜、待ってたよー。

……ん?

なんで目隠し?」


そうなりますよねー。

わざわざ、陽華さんの迎えを寄越しているのに。


「別にかまわないでしょ」


私をソファーの上に降ろし、ようやく朔哉は目隠しを取ってくれた。


「それで。

心桜に頼みってなんですか」


前はわがまま若女社長に振り回される、できる部下くらいにしか見えていなかったけど。

うか様の年を知ってしまうと、本当にこんな態度でいいのかドキドキしてしまう。


「蔵の整理を頼みたいの」


「……は?」


一音発したきり、朔哉の口は閉まらない。

私もうか様を凝視していたけれど。


「……なんですか、あれだけ心桜を虐め抜いておいて、まだ足りないと」


はぁっ、朔哉の口から呆れたように短く吐息が落ちる。

うんうん、そうだよ。

うか様のお屋敷の、蔵の整理だとか絶対大変に決まっている。


「違うのよ!

心桜、この間のお願い帳、適当に箱に詰め込んでいたのを綺麗に年月日別に整理してくれていて。

その腕を見込んでお願いしたいの!」


「……はぁ」


これって、うか様から頼られているってことでいいでしょうか……?


「前みたいに、毎日なんていわない。

心桜の手が空いたときにだけ来て、やってくれたらいいの。

全然、急がないし」


「……まぁ、それなら」


あんなに私を虐めていたうか様から頼られて、嬉しくないはずがない。


「いいのかい、心桜?」


「うん。

なんだかうか様、困っているみたいだし」


「そうなのよー。

前に倉庫番していた奴が、整理整頓のできない奴で。

もうぐっちゃぐちゃ」


それは大変、お困りですね。


「心桜がそういうのならいいけど」


朔哉がまた、はぁっと小さく、息をついた。


「よかったー」


うか様が私の手を取り、ぶんぶん上下に振ってくる。

そんなに喜ぶなんて……もしかして、かなりの酷い状態?

迂闊に引き受けてしまったことを後悔しかけたが、まあいいや。



帰りは陽華さんの送りを断り、朔哉は私に目隠しをした。


「なんで目隠しするんですか……?」


「んー?

目隠しすると心細くて、心桜がぎゅーっと私に抱きついてくれるだろ?

それが嬉しいから」


すっかり忘れていたけれど、朔哉はヤンデレ彼氏の素養があるんだった。


「本当はうか様の元へなんかやらず、ずっと私の手元に閉じ込めておきたいけどね。

それじゃ、可哀想だから」


本当にそう思っているか疑わしいが、スルーしとこ。

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