4-4 お仕事完了

環生さんに頼んだ毛糸と布は、翌日には私の手元に届いた。


「ちゃんと合ってる」


意地悪されて全然違うのが届くのかとちょっと怖かったんだけど、希望通りのものがきた。

朔哉はお遣いで希望が叶うことの方がまれ、とか言っていたけど、間違いなんて全然ないし。


「本当にありがとうございます、だよ」


たまたま、だったのかどうかはよくわからないけれど。

とにかく希望通りのものが手に入ったのだ。

これで、計画通りに進められる。


朔哉のマフラーはネットからレシピを落とした。

こういうとき、ネットに繋がっているのは本当に便利。

どういう仕組みになっているのかは全くわからないけど。

うか様のところでもそうだけど、パソコンだって電源ケーブルが繋がっていなくて動いている。

一度、朔哉に訊いたんだけど。


『使う人の霊力で動いているんだよ』


と、厨二病的なことを言われた。

神様だとか眷属の方はわかるけど、人間の私に霊力なんてない。

なのになんで動くのかなって不思議だったけど、朔哉曰くうか様が充電しているんじゃないかなって。

霊力って充電できるんだ、なんか凄い。

あと、私にはよい気が巡っているからそれも反映しているんじゃないかって。


朔哉は私によく、よい気が巡っているから近くにいると心地いいんだよとか言ってくれる。

私にはよくわからないけど、それが朔哉の癒やしになっているならいいかな。


マフラーは朔哉がいないときに、たすきは朔哉と一緒に過ごしている時間にもひたすら作業した。


「それはなにをしているんだい?」


一針ずつ心を込めて縫っていたら、本を読んでいた朔哉から訊かれた。


「たすきを作ってるの。

これだったらみんなに使ってもらえるかな、って」


「心桜は優しいね!」


いきなり朔哉に抱きつかれ、針を刺してしまうんじゃないかってひやっとした。


「危ないよ!」


「ごめん、ごめん」


あやまりながらも朔哉が離れる気配はない。

それどころか面が邪魔にならない頭頂部付近に口付けを何度も落としてくる。


「いいね、これ。

心桜の気持ちがよくこもっている」


するすると朔哉の手ができあがったたすきを撫でる。

彼に言われると本当に形として思いがこもっているようで嬉しい。


「できあがったら教えて。

私が仕上げをしてあげよう」


「仕上げ、って?」


アイロンをかけるとかそういうことなんだろうか。

でもそれなら自分でやるし。


「うーん。

いいこと、だよ」


ふふっと小さく、朔哉が笑った。

なんだかよくわからないけど、とにかく頑張って作っちゃお。

なにしろ、五十本ほど作らないといけないので。




部屋の隅を、ちらり。

あんなに積まれいた段ボール箱は、あらかた姿を消した。

残りあの、一ケース。


ここまで本当に長かったと思う。

最初は崩し文字が読めず、遅々として進まなかった。

朔哉に教えてもらって読めるようになってからもなかなか減らない箱に、もしかしていないときに増やされているんじゃないかと疑いもした。

朔哉が便利道具を作ってくれてさくさくと進みだし、ようやくここまでこぎ着けた。


「今日中に終わる、かな」


終わらせたらうか様はどんな顔をするんだろう。

悔しがるのかな。

想像したら、俄然やる気が出た。


「ラストスパート!」


ガンガン本を読み取らせ、修正作業を進めていく。

あと十冊。

あと五冊。

あと三冊、二冊、一冊……。


「おわったー!」


「ねえ。

いつになったら出ていくのー?」


私が勝利の万歳をすると同時に、うか様が入ってきた。


「え?

終わったって、なにが?」


なにがって、見たらわかりますよね?


うか様は私の前に座り、頬杖をついた。


「まさか、終わらせるなんて思ってなかったなー」


手持ちぶさたそうに、指でくるくると毛先を弄ぶ。


「すぐにピーピー泣いてこなくなるだろうって思ったのに、毎日欠かさず来るし」


思わず、唇を尖らせてしまう。

ピーピー泣いてとか、失礼な。


「いくら出ていけって脅しても、出ていかないし。

ほんと、期待外れ」


毎日私を出ていけって脅していたうか様だけど、ここ最近は本心じゃない気がしていた。

もう習慣になっているから、そう言っているだけのような。


「いびり損だったなー」


本心、漏れていますよ?

やっぱり朔哉の言うとおり、私を虐めていたんだ。


「終わりましたので、次はなにを?

もう百年分やりますか」


作業には慣れたし、あと百年分どころか五百年分くらいは軽い、軽い。

うか様のことだから千年分とかいいそうだけど。

姿勢を正して彼女の言葉を待つ。


けれど。


「もういい」


「……は?」


自分の耳が信じられない。

私を虐めるのが生きがい、みたいだったうか様がもういいなどと。


「朔哉に教えてもらって機械量産できたし。

あとはうちのものでできるから。

それに」


「それに?」


「あなた、いくら虐めても全然堪えてないんだもん。

楽しくない」


はぁーっ、とうか様の口から漏れるそれは、いったいなんなんですかね。


「つまんないから陽華、虐めよーっと」


うか様は私を残し、部屋を出ていく。

「もっと蹴ってください」だの「もっと激しいお仕置きをお願いします」だの聞こえてきているけど……気にしないことにする。


「お仕事完了で帰っていいんだよね?」


部屋の外に出るとすでにうか様はいなかったが、陽華さんが床にひれ伏していた。


「あの……」


「お帰り、ですか」


立ち上がった陽華さんは衣服が幾分乱れている上に、顔が紅潮している。


「……はい」


「では」


歩きだした陽華さんの後に続く。

前々から気づいていたけれど、うか様と彼は女王様とペットの関係なのだ。

だったら彼の言うとおり、彼が死んでもそのときは悲しんでもそれだけなのかもしれない。


「もうこちらには来られないんですよね……」


はぁっ、と落胆の色の濃い、ため息を陽華さんはついた。


「そうですね。

お仕事は終わりましたし」


「残念です……」


その残念はなんですか!?

私が来なくなって、機嫌の悪いうか様から激しく当たられる機会が減るのが残念なんですか!?


「ここで私以外の人間に会ったのは心桜様が初めてだったので、仲良くなりたいと思ったのに……」


予想とは違う、あまりにも普通の答えについ足が止まる。


「仲良く、なりたい?」


「はい。

神に仕えたい人間など、私と同じ性癖の方かと」


すみません、そこは全然理解できません。

私は殴る蹴るされても嬉しくないし、朔哉も絶対、そんなことしないし。


「その。

性癖はよくわかりませんが、仲良くはなれるかな、と」


「ほんとですか!?」


ぐるんと勢いよく振り返った陽華さんが、私の両手を掴んでくる。


「いやー、こちらで暮らす人間ならではの悩みとかあると思うんですよね。

そういうの、お互い話せたら」


「はい。

じゃあ、連絡先……」


携帯を出しかけて、止まった。

目の見えない陽華さんは、入力ができないんじゃ。


「僕は携帯、持たされていないんですよね」


ははっ、小さく彼が笑った。

心配は無駄に終わったけれどこれじゃ、連絡を取りようがない。


「たまに、でいいんで遊びに来てください。

あああってうか様もあなたのこと、気に入っているんですよ」


また前を向き、陽華さんは歩きだす。

もしかしたら彼の勘違いかもしれない。

それでも。


――うか様が少しでも、私を認めてくれていたら、嬉しい。

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