4-3 シュークリームよりも甘い時間

帰りながらどうすれば朔哉が食べたいものを食べられるのか考えた。

ようするに、宜生さんさえ陥落してしまえばいいのだ。

そうすれば、うか様に分けてもらうにしても、自分で作るにしても楽勝。


「でもどうやって宜生さんを落とすかが問題なんだよね……」


「なにが問題だって?」


「うわっ」


ひょこっと朔哉の顔が目の前に現れて、思わず飛びすさっていた。


「それで。

なにが問題だって?」


訊ねてくる朔哉へ、ぎゅーっとただいまのハグをする。


「えっと。

どうやったら宜生さんと仲良くできるかな、って」


「なんで宜生と仲良くなりたいのかい?」


朔哉に伴われて歩きだす。


「その。

ほら、せっかく同じところで生活しているのに、みんなに嫌われてるから。

だから、まず最初は宜生さんと仲良くなりたいな、って」


仲良くなりたいのは本心だから、嘘はついていない。


「そうだよねー。

なんでみんな、あんなに心桜を嫌うんだろ。

こんなに心桜は可愛いのに!」


「えっ、ちょっと!」


朔哉の手が私を持ち上げる。

そのまま踊るようにくるくる回りだした。


「ほんとに心桜は可愛いよね。

食べてしまいたいくらいだよ」


「食べられたら困るよ」


くすくす笑いながら朔哉と回る。

なんだかちょっと、楽しい。


「……こほん」


少し離れたところから咳払いが聞こえて、朔哉の動きがぴたっと止まった。

そのままそーっと私を下に降ろす。


「……お戯れはほどほどにしていただきたい」


「……はい」


いつもはそんなに怒んなくてもいいんじゃないかとか思うけど、これはさすがに宜生さんに叱られても仕方ない。


今日はお昼ごはんを食べた後、もうちょっとだけ仕事があるからー、って朔哉はお社へ行ってしまった。

朔哉のお仕事はもちろん、お願いを叶えることだ。

全部のお願い、叶えてあげるんだって。

でも、現実には全部叶っているわけじゃない。

不思議に思って訊いてみたんだ。


『んー、その人間の願いの強さと、あとは努力によるんだよ』


朔哉が言うには願いが弱いと、いくら叶えてあげてもその本人の元まで届かない。

そして届いても、努力が足りなければ現実にはならない。

やっぱり、神頼みだけでなんとかしてもらおうなんて虫が良すぎるのだ。


「環生さんに手配してもらうの、メモ渡さないと」


編み物がしたくなったのは、朔哉が彼女からの手編み物に憧れていたからだ。

昨日、仲良く映画を観ていたらクリスマスに手編みマフラーを渡すシーンで、私もああいうの欲しいなー、なんてぼそっと呟いていた。

なら、叶えてあげましょうと決めたものの、できれば内緒にしといて朔哉を驚かせたい。


「色は……朔哉って、黒とか白とか、モノトーンしか着ないよね」


私にはいろいろ着せたがるくせに、いつも朔哉は白シャツに黒パンツ。

別に不満があるわけじゃないけど、たまには他のものも着せてみたい。


「んー、あ、紺だと右目とお揃いでいいかも」


あの、深い深い、海の底のような、朔哉の右目の色が好きだ。

左目の、満月のような金色も好きだけど。


色は紺で、素材はアルパカかウール、かぎ針はそれに合った号数の。

メモには書いてみたけれど、これが無事に届くかは怪しい。


「あとは宜生さんやみんなと、仲良くなる方法だよねー」


よくある手としてはプレゼント大作戦だけど、彼らがなにを喜ぶのかわからない。


「……そうだ」


いつもの彼らを思い浮かべて、ひとつ気づいた。

着物の袖が邪魔だから、よくたすきを掛けている。

あれ、なら手縫いで作れるし、布なら簡単に手に入るはず。


「全員分、作るか」


メモにさらに書き足す。

白と赤の布、それに裁縫道具。


「頑張ってみますか」


いまだにここに何人いるか知らないけど、かなりの人数がいるのは確か。

大変だと思うけれど仲良くなるためだったら、苦労は惜しまない。




うか様の屋敷の仕事部屋でパソコンの前に座り、周りに誰もいないか見渡す。


……よし。


朔哉からもらったそれをパソコンに繋ぎ、準備OK。

閉じたまま和綴じ本をその上に置き、読み取らせる。


「うわっ、早い、早い」


ものの五分もかからずに、一冊分が取り込み終了。

あとは文字化けしていたり、間違っているのだけを訂正してやればいい。


こんな便利な道具を作ってくれた朔哉には感謝しかない。

私の仕事内容を聞いてから、秘密で作っていたらしい。

ちなみに、家電と神の力を融合したものなんだって。


「これでかなり、スピードアップだよ」


いつもと違い、ルンルンで作業する。

ちょっとずるをしている気もするが、これはただ単に効率化なのだ。

効率化するのはずるだとして、いちいち昔ながらの手間のかかる方法の方が偉いというはよくない風習だとお父さんはよく怒っていた。

だからいいのだ、これで。


「ねえ。

いつになったら朔哉のとこから出ていくのー」


次の本を読み込んでいたところへうか様が勢いよくドアを開け、手が止まる。


「なに、やってるの?」


つーっと、うか様の視線が私の手の上で止まった。


「なに、その機械?」


「えーっと、ですね……」


暑くもないのにじっとりと脇が汗を掻く。

ずる、とか言われたらどうしよう。

せっかくこれでスピードアップだと思ったもに、ダメだって取り上げられちゃったら。


「朔哉が作ってくれた、お願い帳を丸々取り込める機械で。

読み込んだものを微修正するだけでいいという、優れものでして……」


「いいわね、それ!」


うか様の顔の周りでキラキラと星が飛ぶ。

うん、言葉の綾じゃなくて本当に星が飛んだ。


「朔哉に量産させよう!

あ、いや、作り方を訊いてこっちで量産した方が早いかも」


話ながらもどこからともなく携帯を取りだし、さっそくうか様はどこかにかけはじめた。


「朔哉?

あの、心桜が持ってる機械。

うちで量産したいから、作り方教えて?

……え、心桜専用だから教えない?

……そんなこと言っていいの?

心桜、このまま帰さないわよ。

……最初から、素直にそう言えばいいのよ。

……いまから来る?

わかった、待ってるから」


朔哉がなんと言っているのかは聞こえないが、電話の向こうで盛大にため息をついているのだけは想像できた。


「さて。

そんな便利なものがあるんだから、さくさくやっちゃって」


いつも通り私の前に座り、うか様はマニキュアを塗る準備をしている。


「その。

……ずる、とか言わないんですか」


「なんで?

私は合理的な方が好きよ。

あの、人間のわけわかんない苦労主義、嫌い」


顔をしかめ、彼女は吐き捨てるように言った。

ちょっとだけ、悪しき習慣にとらわれている人間の皆様に聞かせてやりたい。


「それで。

これでかなり楽になった上にスピードアップできるよね。

ならあと百年分、追加してもいい?」


マニキュアを塗りながら、今日の晩ごはんはオムライスが食べたいんだけど、くらいの気軽さで訊いてくる。

一瞬、尊敬したけれど、うか様はやっぱりうか様だった。


「あれは心桜専用だから、量産なんてできませんよ!」


ばん!とドアが開くと同時に、朔哉の声が響いてくる。

うか様が電話を切ってから、五分もたっていない。


「えー、だって欲しいんだもん、あれ」


うか様は朔哉へ視線を向けることなく、塗った爪へふーっと息を吹きかけた。

その様子に、額へ手を当てて二、三度あたまを振り、朔哉は私の隣に腰掛けた。


「心桜の気が入って初めて、これは動くんです。

心桜は本当に、いい気を持っているから」


それは初耳です。

パソコンに繋いでスイッチ入れて、本を載せたら完了、としか聞いていない。


「じゃあ誰でも使えるようにして」


「できません」


「できないじゃない、やれっていってるの」


有無を言わせず、うか様がにっこりと笑う。

どうみても無理難題を押しつける、わがまま女社長にしか見えない。


「……わかりましたよ」


そして嫌々でも従っちゃう朔哉は、振り回される気の毒な部下だ。

でもうか様の気持ちを知っちゃったいま、これは朔哉に対しての絶対的な信頼があってこそなんだと思う。

あとツンデレ。


「よし。

じゃあご褒美先渡しじゃないけど」


うか様が合図し、ワゴンでお茶が運ばれてくる。

置かれたのはお皿の上で山盛りになった――シュークリーム。


「さ、朔哉が好きだって聞いたから」


面から僅かに見える頬をバラ色に染めているうか様は、恋する乙女そのものだ。


「誰に聞いたんですか。

ああ、心桜から?」


朔哉は平静を装っているけど、さっきから周りで小花がピコンピコンと咲いていて隠しきれていない。


「朔哉のところは道の司が厳しくてこんなもの食べられないでしょう?

うちに来てくれたらいつでも食べさせてあげるわよ」


「嬉しいな」


うか様の視線が、ちらっとこちらを向く。

目のあった彼女は、唇の端を僅かに持ち上げた。

悔しくて、ギリギリと奥歯を噛みしめる。

私が、朔哉にシュークリームを食べさせてあげたいと思っていたのだ。

なのに、先を越されるなんて。


「でも食べ物につられてこちらに来たりしませんよ。

私はシュークリームより甘い、心桜と過ごす時間の方が好きですから」


面の下で、朔哉が濃紺の目を閉じてみせる。

おかげでぼふんと顔から火を噴いた。


シュークリームを食べながら打ち合わせをしているうか様と朔哉の横で、私も引き続き入力作業をする。

いつもはよくて一日に二箱いかない程度だが、今日はあっという間に六箱終わった。


「心桜、そろそろ帰るよ」


「うん」


帰るのはいいけれど、朔哉が私を抱き抱えてくる。


「目隠し、ないから」


「私がそうしたいんだけど。

ダメ、かい?」


どうでもいいけれど、さっきからうか様が親指の爪をがりがり噛んで見ているんですが……。


「でも」


「文句がある奴には言わせておけばいいよ」


そう言って、私の頬にすりっと自分の頬を擦りつける。

さらにはうか様をちらり。

もしかして、わざわざ見せつけている?


「さ、帰ろう。

帰ったら昼餉より心桜を食べたいなー」


少し俯き、上目遣いでこちらを見ているうか様を残し、私を抱き抱えたまま朔哉は部屋を出ていく。

いいのかな、とは思ったけれど、さっきのあの、勝ち誇っていたうか様に仕返しできたようでちょっと気分がいい。

なんて思っている私は性格悪い?


「朔哉、だーいすき」


「ん?

私も心桜が大好きだよ」


ぎゅーっと朔哉に抱きつく。

朔哉の周りでは大輪の牡丹の花が咲き乱れている。

なんだかご機嫌みたいで、私も嬉しかった。

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