第4章 仲良くなりたいな

4-1 恋のライバル

うか様に意地悪を言われて途中で帰った翌日も、ちゃんと仕事に行った。

朔哉はもう行かなくていいよって怒っていたけど。


「でも。

あれちゃんとやってしまって、うか様を見返したいので」


彼女にいろいろ言われて仕事も放り出し、泣いて朔哉に慰められているだけだとか思われたくない。


……いや、泣いて朔哉に慰められたのは本当だけど。


でももうこの件で、ぐちぐち悩むのはやめたのだ。

そんな暇があるならその時間、朔哉のために使いたい。


「心桜は本当に可愛いなー!」


どうでもいいけど、抱きついて頬を擦りつけないで!

面がごりごり当たって痛いから。


でも不思議なんだよね。

いくらこんなことをしても面はズレたりしない。

寝ていてもそうだ。

留めておく紐なんか付いていないんだけど、どうなっているんだろうね?


「でも無理はしないこと。

なにかあったら私を呼ぶこと。

絶対に約束だよ?」


「うん」


私の髪を一房取って、朔哉はそこに口付けを落とした。

前から思っていたけど、これって普通にキスするよりずっと恥ずかしくない?

だって口付けする間、じっと朔哉は私の目を見て逸らさないんだよ?

毎回、全力疾走したみたいに心臓がドキドキしてしまう。


「じゃあ、いってきます」


「いってらっしゃい」


朔哉に見送られて鳥居をくぐる。

出口ではいつものように陽華さんが待っていた。


「おはようございます」


「今日はもう、いらっしゃらないのかと思いました」


それはそうですよね。

だって昨日、あんなにうか様に虐められたんだもん。


「これくらいでいろいろ投げ出したなんて思われたくないので」


「それはそれは……」


くっくっくっ、と陽華さんは喉の奥でおかしそうに笑った。


「昨日のうか様はたいそうお怒りでしてね。

自分に断りなく心桜様を帰してしまうなどと、叱られてしまいました」


「……すみません」


陽華さんは私がここにいる間の世話係を任されている。

余裕がなかったからとはいえ、せめてうか様には一言断ってから帰るべきだった。


「いえ、いいのですよ。

おかげでうか様がいつもよりも酷く当たってくださって、感謝したいくらいです」


思い出しているのか、陽華さんの呼吸がはぁはぁと荒くなる。

そうだ、この人は変態さんだった。


「その。

陽華さんは自分が死んだ後のこととか考えないのですか」


私は考えて、つらくなった。

本当は私なんか、いない方がいいんじゃないかって。


――朔哉が否定してくれたけど。


「僕が死んだ後ですか?

そうですね、うか様がそのときだけでも悲しんでくれたら嬉しいかな」


そのとき、それがなんだか引っかかった。


「陽華さんがいなくなって、うか様が酷く悲しむとか考えないんですか」


「うか様が?

ありえないですね。

前にも言いましたけど、僕はうか様のペットです。

ペットが死んでもそのときは悲しむかもしれませんが、すぐに忘れてしまうでしょう?

そういうものです」


そんなはずがない、そう言いたいけれどあのうか様の態度からは陽華さんが死んで悲しんでいるなど想像できない。

彼の言うとおり、なんだろうか。


「着きました。

今日も頑張ってください」


なにも返せないまま、私に与えられた仕事部屋に着いていた。

もやもやしながらドアを開ける。


「逃げ帰ってもう、来ないと思ってたのにー」


開けた途端、盛大なため息と共にうか様の声が響いてきた。


「なんで戻ってきたの?

もしかして私の言いたいことがわかんないほど、鈍感?」


積まれた箱に座って足を組み、うか様はぶらぶらとつま先を揺らしている。


「命じられた仕事は、ちゃんとやり遂げないといけないと思ったからです」


「へー、責任感強いんだ?

じゃあ、これが終わったら朔哉の元からいなくなるんでしょうね」


ニヤリ、と半面のせいでそこしか見えていない朱い唇を歪めて笑う。


「いなくなったりしません。

一緒にいられる時間いっぱい、朔哉を愛するって約束しましたから」


うか様の目を真っ直ぐに見て、静かに答えた。

彼女の足の揺れが止まり、ダン!と音を立てて箱から飛び降りる。


「だから!

あんたがいるせいで朔哉が泣くの。

いない方がいいってなんでわかんないの!?」


飛ぶ唾がかかりそうな距離で、うか様が一気に捲したてた。

けれどいくら彼女に責められようと、私はもう朔哉と約束したのだ。

神と約束と違えるなどできるはずがない。


「朔哉からそれでもいいので傍にいてほしいと言われました。

だから私は、朔哉の傍を離れません」


「そんなの知らない!

私は!

朔哉が泣くのが嫌なの!」


ヒステリックにうか様が叫ぶ。


「そういううか様はどうなんですか。

陽華さんを傍に置いて。

陽華さんは私と同じく人間だから、一緒にいられる時間は短いですよ」


「陽華はただのペットだからいいの!

私は朔哉が……!」


自分がなにを言おうとしているのか気づいたのか、急にうか様は口を閉じた。


「とにかく。

さっさと出ていきなさいね!」


耳どころか、面から出ている口もとから首まで赤く染め、ビシッ!と私に指を突きつけてうか様は部屋を出ていった。

ドアが閉まってなにかを蹴るような鈍い音と「ああん」とか気色悪い声が聞こえたけど、気にしないことにしよう。


「朔哉が、か」


パソコンを立ち上げて仕事をはじめる。

きっとその先に続くのは「好き」だろう。

女上司と部下の恋愛とか禁断っぽい。

が、もしかして神様同士は恋愛できなくてほんとに禁断とか?

いやいや、神話の時代は神様同士で結婚していたわけだし。

どっちにしても、うか様にとって私は恋のライバルという奴なのだ。

それが、自分とはずっと格下の人間風情なんてプライドが許さないだろう。


「だからきっと、これなんだよね」


見渡した部屋の中にはまだまだ箱が積んである。

こんなことをして自分の好きな人の妻に嫌がらせをしたい、うか様が可愛く見えた。

そんなところは見た目と同じで、私と同じ年くらいの女の子だ。


「でも、負けてなんかあげませんよ」


できるだけハイスピードでキーを打つ。

毎日やっているせいか、かなりスピードアップした。

早く終わらせて、うか様を認めさせないと。

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