2-2 神様の住まい

朝食が終わって朔哉は屋敷の中を案内してくれた。


「ここが書庫。

といってもこっちには、最近の書物ばかり入れてある。

心桜も欲しいものがあったら言ってね。

買ってこさせるから。

でも希望通りにいくかはわからないけど」


ははっ、朔哉の口から乾いた笑いが落ちる。

だから私に、お遣い頼んでいたくらいだもんね。


書棚の中には大手週刊少年まんがから出ているコミックスなんかも並んでいる。

巻数がときどき飛んでいるのが惜しいけど。


「ここが電気の部屋ってみんな呼ぶけど。

AVルームだね。

オンデマンドも整備したから、映画もドラマも観られるよ」


どうやって持ち込んだのか、家電店の店頭でくらいしか見ないような大型テレビが置いてあった。

スピーカーも立派なものが備え付けてある。


「それでここが、魔の部屋と呼ばれている、パソコンルーム。

私の書斎も兼ねているけど。

もちろん、インターネットも繋がっているし、心桜も使っていいよ」


そこのパソコンは、マニアのように複数モニターになっていた。

いや、さっきから思っていたけどさ。

人間の世界を捨てろなんていっていた割に、俗世にまみれていないかい?


「なんか凄い、人間っぽいんだね……」


「今時の神様はこれくらい、標準だよ?

なんていったって人間のお願いを聞くのが仕事なんだから。

人間のことを知らなければならない」


「そうなんだ……」


知らなかった。

神様がこんなに、最先端をいっているなんて。


「あ、でも、うちの者たちは理解が薄くてさー。

いまでも昔ながらに拘っているんだよね」


どおりで、電気部屋だとか魔の部屋だとか。

それでもってそういう具合だから、お遣いが上手くいかないんだ。


「で。

心桜が自由に動き回っていいのはここまで」


「……はい?」


たぶん、広大な屋敷の、四分の一くらいしか案内してもらっていないと思う。

なのにここまで、とは?


「突然、心桜が現れたらみんな困るだろ。

だから、悪いけど心桜の行動範囲を制限させてもらう」


「ああ、そういう……」


ようするに、この鈴と同じなのだ。

私がどこにいるか、明確にしておかないとみんなが困る。

なら、仕方がないのだ。


「なにかあったら宜生か環生を呼んで。

すぐに行くから」


「わかった」


「それで今日は特別に、お社の方も案内するよ」


朔哉に伴われて屋敷を出る。

少しだけ歩いて、式を挙げた神社の前に来た。


「元々はこっちが、母屋なんだ。

でも使い勝手が悪いだろ。

だから、離れを建てたんだ」


部屋ってものがあまりないこっちの建物は、暮らしにくそうだった。

格式は高そうだったけど。


「仕事はもちろん、祭事もこっちでやってる。

祈りが届くのはここだからね」


いわゆる拝殿の場所には机が並べてあり、多くの人がなにかを記載していた。


「あれってなにをやってるの?」


「ああ、あれ?

神社に来てお願いをするだろ?

その声があそこに届くの。

それを、書き留める仕事」


「それって私にもできないかな」


聞いた内容を書き留めるだけだったら、私にだってできるかもしれない。

ちょっと期待したものの。


「心桜には無理。

お願いを聞くには能力が必要なんだ。

だから、選ばれた眷属にしかできない」


「そうなんだ……」


せっかく、私にもできそうなものがあったと思ったのに、がっかり。

やっぱり私が人間だから、できないことの方が多いのかな……。


「なんでそんなに落ち込むの?

心桜はいてくれるだけでいいんだって」


「でも……」


「なにもしないのは罪悪感とかあるのかい?」


「……うん」


外で仕事をしない専業主婦だって、家事や子育てをするから認められるのだ。

なにもしないでだらだらニート生活なんて、いいわけがない。


「心桜は本当にいい子だね。

人間なんて働かずにだらだら暮らしたいって願いばかりなのに」


「そんなの、よくないよ。

みんな働いてるのに、ひとりだけだらだら過ごすとか」


「本当に心桜は可愛いな」


ぎゅーっと、朔哉が抱きしめてくる。

背後で仕事をしている人たちが見ていないか気になるが……忙しすぎて誰もこちらを気に留めていないようだ。


「わかった。

じゃあ、心桜にできることを探しておくよ」


朔哉の手が私のあたまをぽんぽんする。

それは、初めて会ったあの日と同じで優しかった。


「そうだ。

心桜にひとつだけ、術が使えるようにしてあげる」


「術……?」


って、神様が使う、超能力みたいな奴のことかな。


「そう。

手を出して」


「うん」


言われて、右手を出す。

朔哉はその手のひらの上に指で文字を書いていった。


「くすぐったいよ」


「もう終わる」


最後に彼はちゅっと、そこに口付けを落とした。

途端に、ビリビリと弱電流のようなものが身体中に駆け巡る。


「これで完了」


「なに、したの……?」


手のひらを見ていたけれど、なにか代わりがあるわけでもない。

身体も、さっき一瞬感じたあれ以外、なにもないし。


「んー?

これから私は心桜からうんと離れるから、百数えたら呼んでくれるかい?」


「朔哉?」


「ここは滅多に来るモノがいないところだから大丈夫。

ほら、いーち……」


数えながら朔哉が離れていく。

不安はあったけど目を閉じ、言われたとおりに数を数えた。


「にぃー、さーん、しぃー……」


周りからは物音はしない。

本当に誰もいないのは安心した。


「……九十八、九十九、百!」


一応、辺りの気配をうかがう。

もし誰かがいて顔を見てしまってはいけないから。

けれど誰もいなさそうで、そーっと目を開けた。


「……朔哉?」


どれくらい離れたかわからないが、百数える間なんてかなり遠くに行ってしまっているだろう。

呼んだところで聞こえるはずがない。

そう思いながら呼んでみたんだけど……。


「心桜」


「うわっ!」


呼んだ途端、朔哉が目の前に現れて、心臓が肋骨突き破って飛び出たかと思った。


「びっくりした?」


「……したよ、びっくり」


まだ心臓は口から出てきそうなほどばくばくいっている。

それほどまでに唐突に、朔哉は現れたのだ。


「これが心桜に授けた術。

どんなに遠くにいても、心桜が呼べば私は一瞬で傍に行くよ」


これは便利……なのか?

私は屋敷の一角から出られないのに。


「例外もあるけどね。

禁域にいれば使えない」


「禁域って?」


「んー、古い神様しか入れない、神聖な場所とか。

あとは黄泉だね」


黄泉はわかる。

黄泉比良坂よもつひらさかを下った先、――死者の、国。


「黄泉には絶対に行ってはいけないよ。

私たちでも無事ではいられないし、人間の心桜なんて入った途端に死んでしまうからね」


「わかった」


そんなところ、行きたいわけがない。

それに、朔哉と一緒じゃないと限られた範囲でしか行動できないんだから、関係ないだろう。


「こっちでの生活はまた追々教えていくけど。

あと知っててほしいのは、……あれ」


朔哉の指さした先には、ネモフィラのような花が帯になってずっと先から遙か遠くまで咲いていた。


「導き草っていうんだ。

その名の通り、迷った者を導いてくれる花。

こちらではどこでも咲いている。

心桜も迷ったときはこれを探すといいよ。

といってもさっきの術で、私がすぐに駆けつけるけど」


「覚えておく」


でもやっぱり……以下同文。

でもこの花は綺麗だから、私の見える範囲でも咲いていてくれたらいいんだけど。

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