1-3 私、結婚します

「お父さん、お母さん。

……あのね」


高校を卒業したら神様の元に嫁ぎます、なんて説明してわかってもらえるはずがない。

そんなこと言ったら、受験の現実逃避だと思われるのがオチだ。


「その。

高校卒業したら好きな人と結婚したいんだけど」


「ゆるさんぞ!」


見ていたタブレットをバン!と壊れるんじゃないかという勢いでテーブルに叩きつけ、父が立ちがある。


「結婚なんてまだ早い!

そんなの、許せるはずがないだろ!」


顔を真っ赤にして怒っている父とは違い、母と祖母はのんびりとお茶を啜っていた。


「受験がそんなに嫌か?

進学したいと言ったのはお前だろ」


予想通りの答えが返ってくる。

わかっていたけれど、どうしていいのか悩む。


「事情が変わったの。

大学へは行かない。

結婚する」


「ゆるさん、ゆるさんぞ!」


「あの、ね。

その人、春に……遠くに、行っちゃうんだ。

だから私も、着いていきたい」


「なんだそれは!

そいつを、ここに連れてこい!!」


父が怪獣バリに吠える。

これってもしかして、娘は嫁にやらんぞって奴なのかな。


「えっと、ね。

事情があってその人、お父さんとお母さんに会わせられないんだ。

でもほんとにいい人で、心配いらないから」


「そんなの、信用できるわけないだろうが!

連れてこい、いますぐここに連れてこい!!」


父の気持ちはわかる。

が、できないものはできないのだ。

あと三ヶ月しかないのにどうしよう……。


「……昭史あきふみ

あきらめんしゃい」


それまで黙っていた祖母が唐突に、ぼそっと呟いた。


「心桜ちゃんにはお狐様の印がついとる」


ぎくり、と背中が揺れる。

おそるおそる、祖母を振り返った。


「おばあ、ちゃん……?」


「心桜ちゃんはお狐様に気に入られたんじゃ。

なら、仕方ない」


じっと祖母が私を見つめる。

それはまるで、なにもかも知っているかのようだった。


「狐だとか非科学的だ!

馬鹿馬鹿しい」


「……失礼いたします」


音もなく突然、宜生さんが父の背後に立っていた。

ただし、いつもの神主姿ではなく、紋付き袴姿で。

狐の半面は相変わらずだったけれど。


「ど、どこから入ってきたぁ!?」


父は動揺しているのか、声が完全に裏返っている。

母も目を思いっきり見開いたまま、固まっていた。


「心桜様との婚姻の許可をいただきたく、主より書状をお持ちいたしました」


「あ、ああ」


差し出された手紙を、父が無意識に受け取る。


「確かに、お渡しいたしました」


父が受け取ったことを確認し、宜生さんはまるで霧の中へでも入っていったみたいに……消えた。


「な、なんだ、いまの」


すとん、と父は腰が抜けたかのようにその場へ座り込んだ。


「好きな人の、お家の人」


父へ新しいお茶を注いでいる母の手も震えている。

あんなもの、目の当たりにしたって信じられるわけがない。

まあ私は、小さいときから見慣れていたからか、自然と受け入れていたけれど。


「だから言っただろ、心桜ちゃんはお狐様に気に入られたんだって」


祖母はひとり、冷静にお茶を飲んでいる。


「そんなの信じられるわけ……」


父はそれっきり、黙ってしまった。

微妙な沈黙が家の中を支配する。


「……手紙」


なにかを思い出したかのように、父が顔を上げた。

手に掴んだままだった手紙を慌てて開く。


「……信じるしかないのか」


読み終わった父はがっくりと項垂れてしまった。

渡された手紙を母も読んでいる。

母が読み終わると今度は私も、読んだ。

そこには二度と両親に会えない遠い世界へ私を連れていってしまう詫びと、絶対に私を幸せにすると約束するから信じてほしい旨が書いてあった。

あとは、自分は神様だとちゃんと。


「心桜は本当にそれでいいのか」


「うん。

親不孝な娘でごめんなさい」


「お前がそれでいいのなら、仕方ない」


父も母も魂が抜けたかのようにお茶を飲んでいる。


本当にごめんなさい。

でも私は、朔哉と一緒にいるって決めたから。


お祖母ちゃんからあとで、首筋にできた朔哉の噛み痕を確認された。

昔もやっぱり、同じような痣ができた子がお稲荷様に攫われていったんだって。

朔哉がそんなことをしていたのかとムッとしたけれど、あとで確認したらほかの神様だった。




婚礼の支度は順調に進んでいく。

たびたび起こる不思議なことに、父は完全に諦めてしまった。


昔からのしきたりだって、私の輿入れは白無垢なのらしい。

神様は人間のように式を挙げたりしないが、私のために神前式形式で特別に式をやろうねって朔哉が言ってくれた。



そして、輿入れの日がやってきた。


「お父さん、お母さん。

いままでお世話になりました。

育ててくれてありがとう」


私が白無垢姿で三つ指をつくと、あたまの上ですんと鼻を啜る音がした。


「……別にお前に、感謝されるようなことはしとらん」


今日は、父は紋付き袴、母と祖母は黒留め袖だ。

朔哉の元へ行くのは私ひとりだが、形式は大事だと準備してくれた。


「でもこれで最後だから。

もうお父さんとお母さんに感謝の言葉すら伝えられなくなる。

だからこれから先の感謝をいま、伝えたいんだ」


「心桜……」


私に縋って母は嗚咽を漏らしていて、申し訳ない気持ちになってくる。


通常の結婚とは違うのだ。

たとえ遠く離れた異国の地へ行ってしまうとしても、生きていればまた会えるチャンスはある。

でも私は本当に、もう二度と両親には会えない。


いや、正確には会おうと思えば会えるらしい。

ただしそのときには、周りの人間はもちろん、両親の記憶からは私の存在はきれいさっぱり消えてしまっている。


「……そろそろよろしいですか」


「はい」


宜生さんに声をかけられ、立ち上がる。


「元気でね。

もう私たちにはなにもできないんだから」


「うん、お母さんも元気でね」


「ふん。

お前などいなくなって清々する」


私の手を心配そうに掴む母の目も、強がって憎まれ口を叩く父の目も、涙で赤くなっていた。


「いなくなったら淋しがるくせに」


「……うるさい」

出てきた涙を拭い、無理矢理でも笑ってみせる。


「じゃあ、行くね」


「ああ、元気で」


お父さん、お母さん。

最後のわがままを聞いてくれてありがとう。

私、絶対に幸せになるから。

だから、心配しないで。


最後に、いままでの感謝を込めて、両親へ深くあたまを下げた。


「あら、雨ね」


空を見上げた母の声つられて私も見上げる。

眩しいくらいの晴天なのに、しとしとと雨が降っていた。


「本当に狐の嫁入りだな」


苦笑いの父に私も苦笑いしかできない。


「幸せになれよ」


「はい」


空元気でもいいので精一杯明るく笑う。

父も母も笑ってくれた。


介添えの女性に手を取られ、狐面の人たちの列に入る。

最後にもう一度、両親を振り返った。

目のあった父が促すように短く頷く。

私も頷き返して一歩踏み出した。


これでもう二度と、両親に会うことはない。


狐の半面を着けた、和装の花嫁行列は雨の中、粛々と進んでいく。

不思議と濡れなかったがそういうのものなのだろう。

日の光に雨粒がキラキラと踊り輝く。

空には虹まで出ていた。

まるで私のこの先を、祝福するかのように。


いつもは森を抜けなければならないのに、今日は一本道だった。

これも神の力なのだろうか。


「心桜」


案内された神殿では、紋付き袴姿の朔哉が待っていた。


「本当にありがとう」


私の手を朔哉がぎゅっと握る。

おかげで恐怖は少し、薄らいだ。

彼に伴われて祭壇の前に並んで立つ。

私に注がれる好奇と嫌悪の視線。

この中で狐面を着けていないのは私ただひとり。

完全にアウェイだが、ここでやっていくと決めたのだ。


「緊張してる?」


小さく頷いたら、朔哉がまた手をぎゅっと握ってくれた。


「私は心桜を幸せにするよ。

これは、心桜に誓うから」


朔哉が私から手を離し、厳かに式がはじまる。


ずっと朔哉と一緒にいると誓った。

どんな困難だって打ち勝ってみせる。


私は今日――お稲荷様の妻になる。

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