430話 目覚めのシンシ

「今から焼き入れを始める。シンシ、必ず──必ず起こしてやるからな‼」


 火炉には火が灯って、湯舟ゆぶねには急冷用の水が入っている。


 湯船の水またはお湯の温度管理は特に重要だ、多くの鍛冶師はそれを門外不出としている。

 逸話では、湯舟に手を入れて温度を知ろうとした弟子が師匠にその手を切り落とされた……。なんて話があるほどに。


 地鉄にあった火加減や水加減、水質等を確保し、初めて名刀が生まれるのだ。


「とうとうこの時がきたのじゃな……。小僧、気張っていけ!」


「あぁ、言われるまでもない!!」


 今まで鍛えてきた刀を火炉に入れ、じっくりと沸かす。

 全体を均一に、まんべんなく温度を上げていく……。これも熟練した刀匠でなければ、中々に難しい。


 五感を研ぎ澄まし、焼けた鋼の色味、空気に伝わる熱を感じる。

 高すぎても駄目だし、低すぎても駄目だ。

 失敗すれば、今までの行程がすべて水の泡だ──。


「よし、行ける!!」


 緊張の余り心臓が張り裂けそうだ。

 零か百かの二極の結果だ、何時経験しても慣れるものじゃない。


「頼む、上手く行ってくれ!!」

 

 俺は祈りながらも、湯舟に沸いた刀をつけこんだ──その時だった!


「うっ! 眩しい……」


 一瞬のうちの出来事だ。

 焼けた刀を湯舟の水面につけると同時に、ボコボコ湯気が上がり、さらにその後すぐ、辺り一面が光に飲み込まれたのだ。


 俺は片手を顔の前に出し、光を手で遮る。

 なんせ、引き上げタイミングを測るため、一瞬たりとも目が離せないのだ。

 そしてその輝きは、急冷している刀へと飲み込まれていった……。


「これは……成功したのか?」


 急冷を終え、刀を引き上げた。

 すると湯舟の水は先程の透明なものではなく、深い深い黒色へと姿を変えていたのだ。


「シンシ……。居るのか、シンシ?」


 焼き入れを入れたばかりの刀を目の前に立て、話をかけた。

 ヒビも、割れもなく、綺麗に反りが入っている。刀自体は申し分ない出来だ。


 しかしいくら問いかけても、シンシからの返事を得る事は出来なかった。


「嘘だろ……失敗なのか?」


 シンシの声を聞くためなのか、

 誰も口は開かない。

 いくら耳を傾けようと、聞きたかった彼の声は聞くことは出来ない……。


「起きろよ──起きてくれよ‼」


 失敗、その言葉が脳裏を過り膝をつく。

 後ろから、俺の肩を、ガイアのおっさんが叩く。


「光り輝く色を見る限り、わしの見立てじゃシンシと呼ばれる精霊は宿ってはおる……。しかしじゃ、当時もそうじゃったがすぐ目覚める保証はない、数日か……。何十日か……。もしくはずっとこのままの可能性もあるのじゃ」


「そんな……」


 言われてみれば、過去に打たれた時は起きるまでにかなりの時間を有している。じゃぁ、今回も……。


「今は仕上げてやるがよい。例え精霊が起きないとしても、その刀とやらは必要になるのじゃろ?」


「あぁ……そうだな」


 頭を切り替えろ、いつ戦争は待ってはくれない。

 この刀が良い品な事には違いない。

 完成させれば、魔王への対抗手段としては申し分ないはずだ!


 焼き入れ後の刀を、火炉から少し離した位置で炙る。

 合い取り(焼き戻し)と呼ばれる作業だ。


 大体百五十度前後を維持し、じっくりと加熱する。

 こうする事により、焼き入れで変化しきれなかった金属組織を変化させる事が出来る。

 つまり今以上に硬く、粘りのある刀になるのだ。 


「それに宿っているなら、起きるのは待てばいい。ミコを助け出して、一緒に待てば……」


『──ミコ姉ちゃん……? ミコ姉ちゃんに何かあったの?』


「い、今の声は!?」


 頭の中に、小さな少年の声が響く。

 そして手に持つ刀が光ったと思うと、目の前には年端もいかない少年が立っていた。


「シンシ‼」


 間違いない。間違いなくシンシだ。


 彼の目覚めに、鍛冶場ここにいる皆が手放しで喜んだ。

 ただ目覚めたばかりの、事情を知らない彼は違った。


「ねぇ、カナデ兄ちゃん。ミコ姉ちゃんに何があったの‼」


 っと、不安そうな顔を俺に向けているのであった……。

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