404話 勇者と魔王

「カナデ君──どうしたのカナデ君!?」


 血のように深紅に染められる視界、白く映し出される数字と文字はいつもの鑑定とは違い、情報の他に数式の羅列が並び次々と解かれていく。


 そして、それだけではなく──。


「か、体が……動かない……」


 自分の意思に反して、左手が鞘を腰から引き抜く。

 まるで、自分が操り人形にでもなったみたいだ……。


〈神ノ目起動。最適解、判明〉

 

 頭の中で響く声……これは前に聞いた鑑定眼の!!

 

 しかし俺の問いかけには返答はなく、必死の抵抗も虚しく体は完全に操られる……。


〈適材人物ヲトレース、帯刀響。駆逐──開始〉


「帯刀響って!? ──くっ!」


「──カナデ君!!」


 利き脚に痛みが走った。

 地面を蹴ると砂ぼこりが舞い、体はそれを優に追い越していく。

 そして踏み出す度に走る激痛──。 


「ああぁぁぁ!!」


 痛い……痛い!


 今まで体感したことのない、人間場馴れをした速度で体が動かされる。

 そして俺は、一瞬で鎮に詰め寄った──。

 

「なんだカナデ、良い動きをするじゃないか──!」


 しかし、そんな馬鹿げた速度にも、鎮はついてきた。

 意思に反して魔王の懐に飛び込むことになった俺に合わせ、折れたカラドボルグを振り下ろしたのだ。


「──なんだと!?」


 鎮から驚きの声が上がる。


 俺の体からは筋肉が千切れる、そんな音が響いた。

 そしてギアが一段上がったかのように、体は機械的に速度を上げたのだ──。


 力を込めて折れた聖剣を振り下ろした鎮の剣は、俺が後出しで出した鞘の上を滑り、鳥の叫び声の様なものを上げる。


【帯刀流剣術 鞘鳴り】


 これが、完成された本来の姿。


 いつしか抜かれていた無銘を切り上げ、鎮の体を容赦なく切り裂いた。

 一瞬の間に鎮も一歩引きはしたものの、右腹部から真っ直ぐ、左の肩まで、深い、深い傷を負わせる。


「あぁぁ! いてぇ、いてぇぞ!!」


 パクリと開いた傷口からは、常人の致死量に匹敵するだろう血が流れ出す。


 距離を取った鎮は、身に纏っていた外套を破り捨て、首のすぐ下あたりに埋め込まれている魔石に左手で触れた。


「き、傷が埋まっていく……」


 俺の言葉の通り、魔石の気味が悪い赤い発行とともに、鎮の傷はみるみるうちに塞がったのだ。


 これはまずい……。

 ただでさえ意味もわからず、体はボロボロなのに。相手は再生までするのか?

 何より、人を斬る感覚はしっかりと手に感じる。気が滅入りそうだ……実の父相手なら、なおさら。


「……鞘鳴り、教わっててもおかしくはないが今の動き……あの糞ジジイの全盛期のころに瓜二つじゃねぇか」


 俺の体は、一度休憩を取るようにふらふらとその場にしゃがみこむ。

 

 体の至るところが肉離れを起こしているようだ。

 骨が軋む音をあげている気がする。

 こっちはしっかりとダメージが残ってるのに、向こうはあれほどの傷を負ったのに今や無傷……。


「はぁはぁ……くっ。それは、精霊の森にあった魔石」


「あぁ……コイツか? 流石に今のも、こいつが無かったらアウトだったぜ」


 やはりあれの力で回復を……。


「じいちゃんも壊せなかった、魔王の核……」


 何とかしないと!

 でも、体が動かせないことにはなんとも。いや、動かせた所で……。


「カナデ君、大丈夫なの!! 無理しないで」


 そんな中だ、トゥナが心配そうな面持ちでこちらに駆け寄ってきた。 


「──トゥナ離れてろ!! 体が何かに動かされてる、巻き込まないとは限らないから」


 それにきっと、足手まといになってしまう……。

 これが本当に、全盛期の勇者と魔王の力ならば、正直完全に見誤っていた。


 でも、彼女にとっては関係ない。傷ついた人が目の前に居る、それだけで居ても立っても居られないのだから。


「でも!」っとトゥナは、歩み寄ろうとする。


〈パターン変更。再攻撃、開始〉


 しかし、彼女が伸ばす手は届くことは無かった。


「くそ、言ったそばから!?」


 俺の体は、瞬く間にその場から居なくなったからだ。


「──速い、ジジイと完全に同等だと!!」


 距離を詰めれば斬り、またも距離を詰めれば斬る。

 目にも止まらぬ鋼の乱舞が、幾度となく鎮を襲う。


 ただ、魔王も人智を越えし存在。

 巧みに避け、折れた聖剣で器用に刃を捌く。

 決して、致命傷を受けはしないのだ。


 しかし、その攻防も長くは続かなかった。

 無銘の斬れ味に、折れた聖剣はどんどんと長さを短くしていく。


「その刀はヤバイな……。それにその薄気味悪い赤い目──思い出した! 当時、お前は目を抉り出されたはず!」


 そして、もう少しで刃が鎮に届くと思われた時だった。


「──離れやがれ!」


 鎮は斬られても致命傷にならない斬撃を見極め、刃が体に食い込むことを覚悟で前に出たのだ。


「ごふっ!?」


 無銘は、鎮の胴体を大きく割るほどに、深く傷つけた。

 しかし同時に、彼の体当たりが俺を宙へと舞い上げる。

 

 い、息が出来ない──!?


 長い滞空時間、何メートルも飛ばされた俺は、勢いが止まるまで地面に転げ回った。


「いてててて……。そうか、糞ジジイに何か仕込まれたな?」


 俺は、痛みで意識を失いそうになる。でも、痛みがそれを許しはしない。


「ガハッ──はぁはぁ……」


 息が苦しい……さっきので肋骨辺りでも折れたのかもしれない……。


「カナデ、随分体に無理が来てるな? もう良いだろ、大人しく俺のもとへ……」


〈各部、ダメージ上昇。最終手段に移行〉


 そして俺はまた、鑑定眼に強制的に立たされた。

 半身に立たされ、無銘を後方下段に構え姿勢を低くする。すると……。


「なっ──!?」


 鎮は表情を強張らせ、回復しながらも慌てる様に俺から大きく距離を取ったのだった……。


 


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