396話 冒険者

 町のほぼ中央に位置する建物。

 いつもなら、太陽の光で透けるステンドグラスが美しい、古びた教会にたどり着く。

 

「気のせいか? なんか少し、寂しく見えるな……」


 しかし今は、雲に遮られ日も届かなく、あの時心打たれた景観を残念ながら見ることが出来ない。


「そうだ、聖母様の安否も確認しないと」


 何かと余裕が無くて忘れていた。


 俺は庭への入口の重い二枚の門を開け、教会の敷地内へと足を踏み入れた。


 そして今度は建物の扉に手を伸ばす。すると中からは、何人もの苦しそうな呻き声や悲鳴、涙を流す声が聞こえた。


 覚悟を決め、扉を開くと──。


「こ、こんなにも沢山の怪我人が居るのか?」


 想像以上だった。


 教会の床にはいくつもの藁の敷物が引かれており、その上に寝かされた怪我人らしき人々が、軽く見積もっても五十人近く居る。


「……驚いてる場合じゃない。急がないと」


 気持ちを強く持て。

 命のやり取りをしてるんだ、怪我人は居て当然だろ?


 これだけの人数の怪我人、町の病院じゃ部屋におさまり切らない。

 聖母様はこうなると分かって残ったなら、きっと何処かで治療等に携わって居るはずだ。


 俺は、怪我人の間を縫うようにして歩いて行く。

 

 聖母様を探しながらも、勇者の石像のふもとまで来た。

 この辺りは特に、重傷者が多く感じるが……。


「──もしかして、ギルドで剣を研いでくれた兄ちゃんじゃないか?」


 聞いたことのある声に、俺は振り返った。


「貴方は……あの時の」


 忘れもしない。俺がこの世界に来て、初めて剣を研いだ客だ……。


 彼も怪我人達と同じように、何故か藁の敷物に寝かされていた。

 顔色は確かに良くない。でも別段、痛がっている様子は……。


「──っ!?」


 視線を彼の足元へと落とした。

 するとその途中で、彼の腹部に当てられている赤く染まった大量の布が目に入った。

 

 寝ている藁を、赤黒く染め上げる大量の出血……。

 人はこれ程まで血を流して、大丈夫なものなのか?


「情けない姿を見せたな。油断をしてしまって背後から食われかけてね」


 大丈夫なものか! この出血量、きっと医者すら匙を投げたに違いない!!


「──動かないで下さい! 今、ポーションを出しますから!」


「必要ない。それは他の怪我人に回してやってくれ」


「でも、その怪我は……」


「もう助からんよ……。それは俺が一番良く分かっている」


 目の前で知り合いの命が消えかけている。

 しかも彼は、この世界に来て初めて俺を認めてくれた人だ……。


「見殺しになんて、出来るわけないじゃないですか……」


 マジックバックを漁る。こんな時に限って、目的の物がすぐ出てきやしない……。


「──彼の意思を! 彼の意思を、尊重してやってはいただけませんか……?」


 また聞いたことのある、別の声だ。


「貴方は……ファーマのお父さん?」


 クルムの宿の亭主であり、ファーマの義理の父。

 彼は寝ている冒険者の隣に、浮かない表情でしゃがみ込んだ。


「彼の腹部には大きな穴が空いております。例えポーションでも、大きな欠損部位までは治りません……」


「そんな……」


 それ以上は言葉が出て来なかった。


 冒険家業をしていた二人が言うなら、間違い無いのだろう。

 ポーションで治らないのなら、俺はどうすることも出来ない。ただ、黙って見ていることしか……。


「兄ちゃん、そんな顔をするな。気にすることはない、元より天涯孤独の身だ……。死んで悲しむ者など、誰も……」


「──俺は! 俺は悲しいです。貴方に死なれると、とても」


「…………嬉しいことを言ってくれるな、死ぬのが怖くなっちまうだろ?」


 彼の唇は奮え、上げる声はか細く聞きづらい。

 自然と涙する俺の顔をみて、ほんの少しの涙と笑みを浮かべる。


「あぁ……寒いな。それに段々……目が見えなくなって来やがった……。もう長くなさそうだ」


 何も、俺に出来る事は無いのだろうか?

 命を助けることは無理だ。ならばせめて、心だけでも寄り添いたい。


「──名前、貴方の名前を教えてください。俺、絶対に忘れませんから!」


「俺の名前か? カドモスだ……はっは、兄ちゃんの記憶……中で……生きつづ。それも、悪く…………」


 言葉を言い終わる前に、カドモスと名乗った冒険者は目の前で突然、糸が切れたように動かなくなった。


「カドモスさんですね? ……カドモスさん!?」

 

 どれだけ声をかけようと、返事が帰って来ることは無かった。

 冷たくなってしまった彼の表情は、穏やかな笑みを浮かべていたのであった。


 

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