第352話 都合のいい勇者様

 そこには目を合わせてくれず、もじもじとするハーモニーの姿があった。


「カ、カナデさん、お久しぶりです~。実はですね、その……来てました!」


 申し訳なさそうにするハーモニー。

 察するに、知らなかったのは俺だけのようだが──。


「やられた……完璧にはめられた」


 嬉しい、ハーモニーに出会えた。それは間違いなく嬉しいんだけど……。


「「──いぇーい!!」」


 この二人!!


 ティアとキサラギさんのこの二人の喜びようが、感動の再会に水を指す。


「みたか? ティアとやら。あやつのあの驚く様を!」


「はい、見ました! 少々手違いはあったものの、大成功ですね。どう言う事でしょうか、尊さと嫉妬が入り交じり、とても複雑な気持ちです! でもそれもまた御褒美!?」


「──御褒美ちゃうわ!! やっぱりか……これは二人で仕組んだことなんだな?」


 考えてもみれば、エルフィリア側がハーモニーを意図して連れてここに来るには、俺がここに居る事を誰かがキサラギに話さなければありえない。


 つまり、俺がこの村に居る事を知っている者に、共犯者が居ると言うこと……一番怪しいのは、連絡係!


 ティアの言っていた俺への御褒美、それは物資の方じゃない。ハーモニーが来ることを知っていたと言う事なのだろう。


 でも、ハーモニーを目の前にしてしまえば、はめられた事など大したことでは……。


「──それにしてもカナデ様……人前で『俺はハーモニーを愛している!!』っだなんて、私を萌え殺す気ですか!?」


 いや、大問題だった……。

 

 しかし嘘を言ったわけじゃないし、思いを伝える事にも成功した。

 ただなんだ、この腑に落ちない展開は。


「いやぁ、こやつも響に似て奥手じゃからのぅ。としては見てられんくてな。少々はからせてもらったわ」


「これぐらいしないと、私共の関係も進展しないかと思いまして。まさかキサラギ様があそこまでけしかけるとは……私もまだ言って貰ってないのに!!」


 おい、自分で仕掛けておいてむくれるな!


 もじもじと指先を擦らせているハーモニーと目が合う。

 頬を朱色に染め、上目使いで見つめてくる彼女から俺は視線をそらし、首の後ろをかく。


 こんな彼女が近くに居るのに、突然の再会でうまく言葉が出てこない。

 

 千の言葉でも、万の言葉でも足りぬほど、沢山の伝えたいことがあるはずなのに……。


「あ~……まさかこんな形になるなんて。すまない、もっと格好良く会いに行きたかったんだけど……」


 俺の言葉に、左右に首を振るハーモニー。


 本当なら、必死に手段を探して彼女を迎えに行く……そのつもりだったのに──。


「──ふむ。確かにこの状況は、主の意図するところではないのやも知れんな」


 先程のおちゃらけた態度ではない。

 凛々しい姿のキサラギさんが、そこには居た。


「しかしな、奏でよ。これは主が導いた結果なのじゃ」


「俺が……導いた結果?」


 導いたとはなんの事だろう。

 ただ俺は、流されるまま我武者羅がむしゃらに生きてきただけで……。


「例えばこの村もそうじゃ。土地があれば村は立つか? いな、適した環境、必要な資材。適当な技術者、そして皆の中心に立つ指導者が居なければ成り立たん。……なにより、そこに住まう者がらねば村とは呼ばんじゃろうな」


「で、でもそれは、じいちゃんの孫だから与えられただけで……」


「──バカ者が!! 一度振り返って見てからものを言え」


 振り替えると、普段は滅多なことでは仕事の手を止めない村人達と目があった。

 すると慌てるように、彼等は仕事を再開する。


「皆、先ほどからこちらを気にかけておる。心配でもしとるのではないか?──慕うべき長に、何か問題でもあったのではないか、と」


 ……参ったな。

 皆には心配ばかりかけちゃって。


「主よ。レクスバジリスクの討伐、の魔王復活の予兆の発見。果てにはなんじゃ? 昨日までバルログの討伐に出とったと聞いたぞ。どこまで名を上げれば気が済むのじゃ」


「……」


「正直の、奏。ここまでの結果を出されては、いくら混血を嫌うエルフとて看過は出来んのじゃ。リベラティオの用意した物資と人材、ライオネルの精霊の森……すぐに差し出せるもので、それに並ぶ報酬など用意できたものではない──精々この場を用意してやることしかな」


「でも……全部偶然の結果論で──」


「奏よ、主はいつからそんなに謙虚になったのじゃ。因果応報。自信のもたらした結果に自信を持て」


 またこの人は、いつも俺を諭してくれる。

 まるで、じいちゃんみたいに……。


「ほれ、なにをしておる。このちんちくりんな娘はくれてやるから、二度と離すではないぞ。わっちの気はそう長くないからの」


「──ちょっ!?」


 キサラギさんは俺に向かい、ハーモニーの背中を勢い良く押した。

 体の軽い彼女は転倒しそうになり、俺は慌てて彼女を抱き抱えた──。


「ハーモニー……」


「カナデさん……」


 彼女はこんなにも軽かったのか……。

 そんな少女が、自分を犠牲に多くを抱え込んで……。


 ハーモニーが愛おしい。愛おしくて、抱き締める手に自然と力が加わる。


「信じてました。またカナデさんと会えるって……。信じてたのに、心の何処かで二度と会えないんじゃないのかって思っちゃってて……ごめんなさい、ごめんなさい」


 彼女の涙が、胸元を濡らす。

 温かな……温かな涙が……。


 俺はハーモニーを安心させる言葉を探す。

 そんな時、この世界でも特別な意味のある言葉を思い浮かんだ。


「もう離さない、約束する。頼りないけど、俺はお前達だけのだからな……。お前達を離さない為なら──例え魔王と対峙する事になっても、打ち滅ぼしてやる!」


 自分でも大きく出たと思う。


 ただ、胸の中で泣いている少女を泣き止ませたい……その一心で口を突いた言葉だった。


 そして──。


「おかえり、ハーモニー」


 俺は彼女が落ち着くまで、頭を撫で続けた。

 きっとこの先も時間はある……。今後は会えなかった分まで、沢山話そう。


 今後は彼女の手を、いつでも握ることが出来るのだから。

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