第342話 涙

「なんて奴だ……まだ起き上がるなんて」


 こっちは、ほとんど魔力もつきかけてるって言うのに。


 でも言わずとも分かる……あれは無理をしてるなんてレベルの話じゃない。

 それでもバルログは足を引きずりながらも、俺と一定の距離を保ち歩き回る──。


「これ以上苦しませる気はない。今……止めを刺してやる!」


 通り道に下たる血が、奴が長くない事を物語っている。

 あの様子だと、きっと既に痛みすらないのかもしれない……。


 俺は警戒しながらも、距離を詰めて行く。


「ダレモ、ワレハコロセナイ……シカシ、イマノハ……ワルクハナカッタ」


 体力も魔力も残っていないはず……それなのに何故、奴は笑ってるんだ?

 もしかして、まだ何か隠し玉があるのか!?


「キサマ、タベラレナカッタ……ソレガ、ココロノコリ」


「──お、おい。お前……まさか!?」


 バルログが、火山の火口に背を向けて立っていた。

 いつ崩れてもおかしくない地面、フラフラしている体は、いつ後ろに倒れてもおかしくない。 


「サッキモイッタ……カトウシュニ、ワレヲコロセナイ……ト」


「──なっ!?」


 バルログはその言葉を残し、そのまま背後に倒れた。

 裏には壁も地面も無く、ただマグマが流れているだけの場所──そこに、一切の躊躇ちゅうちょも無く……。


「……バルログ」


 俺が火口に近づきその下を覗くと、すでにバルログの姿はなかった。


 呆気なくも感じる巻く引きに、頭の整理が追い付かない。


「終わった……んだよな? なんて奴だ、プライドの為、自ら命を絶つなんて……」


 勝った気がしなかった……いや、むしろミスリンがやられた時点で、俺の負け──。


「──そうだ、ミスリン!?」


 周囲を見渡し、傷を負ったミスリンを探した。

 そして俺は、急いで友のもとに駆け寄る。


 ミスリルスライム達の隙間を縫うように、俺は横たわるミスリンを抱き締めた。


「──ミスリン大丈夫か!? 今ポーションを!!」


 手持ちのポーションを、ミスリンの口に突っ込む。

 しかし、しばらくしても彼から返事は、帰ってはこなかった……。


 目に光が無い……全身は焦げており、よく見ると体にヒビまで入って──。


「すまないミスリン……俺が……俺が不甲斐ないばかりに!!」


 人目をはばからず、俺は泣いた。


 自信が未熟なために動かなくなってしまった友が腕の中に居る。

 罪悪感に、悲愴感……多くの感情が俺の胸を締め付る。


「何が俺を信用しろだよ。ごめんな……ごめん……」


 謝った所で、死んでしまったミスリンが目を開けることはない。

 それでも俺は、繰り返し「ごめん」と言い続けた。


 俺達を囲むミスリルスライム達からも、何度も何度も「ピギィーピギィー!」っと、悲鳴のような声が上がった。


 ボロボロ流れる涙は、ミスリンに落ち、彼を抱える俺の腕にも伝う。

 その感覚が、今も──にゅるんって……。


「ん、なんで……にゅるん?」


 涙を拭い良く見ると、ミスリンひび割れた体、そこから青いゲル上の液体が溢れ出る。


「──な、なんだ!?」


 それは地面に落ちると、徐々に涙型に姿を変えて行った──。


「ミ……ミスリンなのか?」


 夢でも見ているかの様だ。

 死んだと思ったミスリンが、今目の前に普通のスライムとして復活したのだから……。


「人間……僕を思ってそんなに泣かれると、照れるスラよ」


「ミスリン!?」


 先程まで抱き締めていたミスリルの体を置き、俺は改めて青いミスリンを抱き締める。

 これが外皮を脱ぎ捨てた、彼ら本来の姿だったわけだ──。


「強いスラ!? 今はやわらかボディースラ……優しく頼むスラよ!!」


「──良かった……生きてて本当に良かった」


 俺は周りの目を気にせずに泣いてしまった……言うまでもない、嬉し泣きだ。


 おかしいよな? 出会いも最悪で、少しの間一緒にいただけの関係なのに。

 こんな感情……自分でも不思議でならない。


 ただ、これだけは断言できる──ミスリンが無事だったことに、俺の心が喜んでいると。

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