第336話 誠意

「人間の言う通りスラ──奴め、こんな巧妙な仕掛けを作って……ゆるせないスラよ!」


「巧妙な仕掛けって……」


 確かに、彼等からしたらこれは大きな障害になるだろう。

 しかし、目の前の物は一般的に見ても……。


「これって、誰がどう見てもただ地面に穴が掘られてるだけじゃないのか?」


 ミスリンが言う巧妙な仕掛け、それは唯一の通り道となる通路に、深さ二メートル、幅六メートル程の穴が掘られただけであった。

 そしてその先には、住みからしき横穴が見える。


「──何が問題スラか!? こんな事されたら、僕達のジャンプじゃ届かないに決まってるスラよ!!」


「悪かった、落ち着け……確かにミスリルスライムからしたら、この穴は驚異だよな?」


 俺からしたら、この固い地面をこれだけの面積掘り起こすバルログの力の方が驚異なのだが……。


「まぁ言ってても仕方ない、向こう側まで飛ぶぞ?」


 俺はひとっ飛びで穴の反対側へと飛び越えた。

 するとミスリンは俺の肩から飛び降り、一目散に横穴の中へと入って行く。


「おい、待てって──」


 後に着いて行くと、通路がエル字になっている。

 曲がってすぐのところには、三メートル四方の小部屋があり、バルログの巨体なら、入り口から手を伸ばせばギリギリ手の届きそうな程だ。


「──皆、大丈夫かスラァ! 助けを呼んできたスラよ!」


 その小部屋には、所狭しとミスリルスライムの群れが……。

 こちらを見ると、何かに怯えるかのよう壁側に張り付いている。


「どうしたスラか? ほら、早く逃げようスラ……」


 ミスリンの問いかけに対し、か細く震える声で「ピキィ……」っと鳴き声を上げる。


「人間も……怖いスラか?」


 震える彼等の姿が、ミスリンの言葉が事実だと物語っている。


 そうか……コイツらからしたら、何も恐怖の対象はバルログだけではない。

 人間もそのの対象に映るのは当たり前の事じゃないか。


「大丈夫スラ、この人間は悪い奴じゃないスラ!」


 ミスリンの説得にも、耳を貸さないミスリルスライム達。

 信じてくれと言っても、信頼は簡単に築ける物ではないよな?

 ましてやこれは、本能の様な物だ……それならばなおさら厳しい問題となる。


 でも約束したからな。

 こいつのここまでの頑張りのためにも、俺も出来ることをしよう──。


「──に、人間!?」


 俺は無銘を腰から抜き、地面に置いた。

 そして膝と手を着き、こうべを垂れる。


「──くっ!! 俺を怖れるのは分かる。ただ今だけは、友人のミスリンの頑張りのためにも、俺にお前達を助けさせてくれ!」


 熱い……まるで手足が焼かれているようだ。

 でも、信じて貰うためにはこれぐらいの誠意は不可欠。


 ミスリンと同じく心があるなら……。


 例え言葉が繋がらなかったとしても……例え相手が魔物だろうと、仲良く出来る相手は居ると──そう信じたい!!


「人間、分かった、分かったスラから起き上がってスラ! 焼けた臭いがするスラ、無理しないでほしいスラ!?」


 止める声も聞かず、頭を下げ続ける。

 ミスリンも命を張って俺に助けを求めてきたんだ、これぐらい我慢しなければ粋じゃないだろ!!


 さほど時は経っていないだろう……それでも痛みの為か、俺には途方もなく長い時間に感じた。


「ピ……ピキィー……」


「もしかして……信じてくれるのか?」


 逃げるように壁にへばりついていたミスリルスライム達は、いつしか俺の近くに集まっていた。


「人間……同胞の言葉が、分かるスラか?」


「いや、なんとなく……な?」


 ミスリンと違い、念話も言葉も話さないため、決して分かった訳じゃない。

 それでもコイツらの目を見ていたら、何となく分かった……信じてくれると!!


「よし、それじゃ脱出しよう! 今回に限りだが、俺が必ずお前達を助けてやるからな!」

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