第254話 刀匠の孫日記─街頭販売 当日談─
──突然だが、時間を
ララの薬売りで行った街頭販売、本来は実際のガマの油売りを真似て行いたかったのだが、何故あの形に収まったのかをこのノートに書いて置こうと思った次第だ──。
「よし、今回の出来事の冒頭はこんなものか?」
実のところ、俺はこの世界に来て時々、日記を付けていたのだ。
それは、ノート……っと呼べるほど上質な紙では無く、
しかし、複数枚の羊皮紙の片方が
「最近色々あって、ずっとサボっていたからな……週一回も書けていないし、日記とは言えないかもな?」
ふとした切っ掛けで無地の本を見つけた俺は、皆にワガママを言って、エルピスの活動記録もつけたいと、何とか購入に漕ぎ着けたのだが……。
「こんな中身がスカスカじゃ、いつか怒られるからな……」
──っと言うわけで、今日は久しぶりに日記をつけることにしたのだ。
これは、ララの薬を売る前日の話だ──。
俺達は翌日に使う小道具の材料の買い出しを終え、宿内で製作を行い、その後リハーサルを行っていた。
「さあさ、お立ち会い! 御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで。遠目山越し笠のうち、物の
「──カナデ様、少し待ってください!」
リハーサルの冒頭、早速ティアからの待ったの声が掛かった。何やら難しい顔をしているようだが。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ……カナデ様の言葉の意味が、所々分からなかったのです。加護を
な、なるほど。加護の通訳の効果が、十分に発揮できていないわけだ?
元よりこの世界に存在しない言葉などは、今までも通じない事もあった。何かしらの法則はあるのかもしれないが……検証してる場合でもないしな?
「う~ん、これは俺の世界の、俺の国の伝統芸能の一つなんだよ。文化が違えど、言葉が通じれば販売促進に繋がると思ったんだけどな……」
しまったな。これありきで考えたから、他の手段を今から模索する時間は無いぞ?
「──では、それをカナデ様流にアレンジされてはいかがですか? 重要なのは言い回しでは無く、中身だと思うのですが」
なるほど。伝統を守ることも重要だが、相手に意味が伝わらなければ本末転倒か?
今回の相手は特にこの伝統芸能を見るために来る訳じゃないしな?
「分かった……なんとか俺なりに演じてみるよ」
「はい、その方がよろしいかと」
試行錯誤の末、実演販売した時の形に収まってきた……訳なのだが。
「さぁさぁ、この薬。本来1200Gの代物だ! しかし、今日のお客様はノリがイイ! 嬉しいから、奮発して二個買っていただいた方は、セット価格って事で2000Gにしちゃうよ! 数量限定だ。どうだ、買っていかないか?」
今回は、ティアからの待ったの声がかからない。なんとか内容も伝わっているようだな?
俺はその様子を見て、とどめの売り文句に移ることにした。
「さあこの通り、たたいて斬れない。押して斬れない。引いて斬れない!」
そう言いながら、俺は事前に刃を落とし切れない部分を作っておいたロングソードを、言葉通りに手に当てて見せたのだ。
本来ならば、ここで観客は驚きの声を上げるはず……。
「──カナデ君、ちょっと待って!」
今度はトゥナから待ったの声が掛かった。何かわからない言葉でもあったのだろうか?
「どうしたんだよ? また何か分からなかったか?」
俺の質問に対して、トゥナは俺が薬を塗り込んである手を指差した。
「その薬、塗ると本当に斬れなくなるの? それが気になって……」
「いや、油だからな? 塗れば実際に滑りやすくはなるが、いくらなんでも刃で斬れなくなる事は無いよ」
誇張表現だろうな。
同じような成分のワセリンも、潤滑剤として使われることはある。でも刃が通らないなんて言うのは流石に……。
「──カナデ君、嘘は良くないと思うの!」
…………えっ?
「いや、大袈裟に言ってるだけで、実際に物が滑る効果が……」
「──でも斬れちゃうのよね? 嘘は良くないと思うの!」
た、確かに真似をされて怪我でもしようものなら、ララの信用に関わってくるもんな……。
でも、トゥナの場合はそんなことを考えてるようには見えないな? 単純に真っ直ぐなだけか……。
「わ、わかった、ここは無しにするよ……」
「うん! 分かってもらえてよかったわ」
──そんなこんなで、見せ場が一つ無くなった今日みたいな形に収まったんだったな? 結果的に成功したから、何も問題ないけど。
俺はクスリと笑いながら、書き終えた日記を閉じガラスペンを置いた。
テーブルの上を、ヨダレで水溜まりにしているミコの頭撫でる。
「今更ながら、うちの連中は個性的すぎるだろ……」
そんなことを口にしながら、ミコに手拭いをかけた。
そして俺も、睡眠を取るためにベットへと向かうのだった。
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