第244話 モテ期
少し前の俺なら、素直に喜んでいただろう……。
彼女は綺麗だし、何事に対しても一生懸命で、少し世間とのズレはあるものの、この世界で出会ってきた人達の中ではマトモな分類だ。
しかし、今は素直に喜べないでいた……。
「もう、カナデ君、そんな困った顔しないでよ?」
どうやら俺の心情は顔に出ていたようだ。ハーモニーとあんなことがあった以上、彼女と再会するまでは誰かと付き合ったりとか、そんな事は考える気にもならなかった。
それにきっと再開したら……俺はやっぱり、ハーモニーを選ぶのだろうか?
「私……きっと遅すぎるよね? それでも言わずには居られなかった。人を好きになるって、もっと綺麗で素敵な物だと思ってたのに……」
トゥナが手を出したので、俺は無言で彼女の手を握る。そして、引っ張りあげるように立ち上がらせた。
「ありがとう、カナデ君」
そう言った彼女は俺との距離を詰める、息づかいが聞こえるほどに……。
「確かに今のままではハーモニーの好きには、遠く及ばないかもしれないけど……それでもね、私は彼女に負けたくないと思ってるわ」
トゥナらしいと思った。
今までの様子を見るに、それは彼女の初恋なのかもしれない……。
それなのに、俺から目を背けようとせず、こんなにも堂々としていられる……そんな彼女に、素直に感心させられた。
「──だからカナデ君。ハーモニーを必ず迎えに行きましょうね? それまでは、何もしない、フェアじゃないもの……。でもね? その時になったら、彼女と貴方を奪い合うから覚悟してよね!」
突拍子のない宣戦布告だった。そもそもそれは、俺じゃなくハーモニーに言うべきだろうに。
「トゥナ……」
俺は思い悩んだ。こんな情けなく、大したこともない俺がこんな素敵な女性達に思いを寄せられていいのだろうか……っと。
目を閉じ、その未来を思い浮かべる……俺は彼女達の気持ちに、どんな風に答えるのだろうか?
想像は出来ないが──これだけは分かる!
「で、でもそれって。結局俺、ハーモニーに怒られないか? 誰かれ構わずその気にさせて~!! っとか言われてさ……」
いつもの誤魔化す悪い癖が出た『だから俺はダメなんだ!』っと、自己嫌悪に陥る。
しかしトゥナは、そんな俺を見て優しく微笑んだのだ。
「ふっふっふ。そうね、カナデ君刺されちゃうかもね」と、物騒な台詞を残して……。
まったく、笑えない冗談だ。しかし……。
「なんだろうな? その未来だけは、鮮明に見える気がするよ」
俺の台詞に、トゥナはクスクスと笑い声をあげる。彼女も俺の意見に同意の様だ。
「カナデ君には、迷惑を掛けてばかりね」
さ、刺されるのが決定事項の見たいに言うのは、止めてもらおうか!?
物事が上手く進んでも、その先で波乱が確定してるって、どうかしてるぜ……。
そんな事を考え、空を見上げた。すると、目の前に見えていた朝日は、いつしか呼び名を変えなるほど、高く登っていた。
「さて、皆が心配するといけないし……帰るか?」
来た道を、俺達はそのまま戻る。俺達の先を行くように影は延び、それは重なり歩いていた。
「──そういえばいい忘れてたわね?」
「な、何だよ? まだ俺を困らせる気か?」
トゥナは「困らせちゃうかな?」と下唇を指で触れ、悩む素振りを見せる。そして……。
「──助けてくれてありがとう……私の勇者様」
何処かで聞いたことのあるフレーズを言いながら、俺の頬に軽くキスをして頬を赤く染めて見せた。
一瞬何があったわからず俺の足が止まるものの、彼女は俺の手を引き、歩みを止めさせてはくれない。
「フェ、フェアじゃ無いんじゃなかったのか?」
完全に油断してた。彼女の性格からしても、こんな行動に出ようとは誰も思うまい。
「ハーモニーも、それぐらい多めに見てくれるわよ。私は出遅れてるしね……。もし、ダメだったらカナデ君が怒られてね?」
舌を出し「よろしくね」と、悪戯にトゥナは笑った。──今回の件は、良くも悪くも彼女を変えたようだ……。
その後、照れ臭いなんとも言えない空気の中、宿に帰った。トゥナ達の部屋に戻ると、流石に二人は起きていた。
「カナデ様、フォルトゥナ様お帰りなさい! 病み上がりでお疲れですよね? ベットにお掛けください」
ティアは心配するように、トゥナをベットへと誘導する。
二人は何やら笑顔で話ながらも、トゥナはベット腰を掛けた。
「それでは、私は皆様の朝食をお持ちしますね? フォルトゥナ様、くれぐれもおとなしくしていて下さいよ?」
まるで本当の姉妹のように、ティアは自然に気にかけ、トゥナもそれを受け入れている。前の様な緊張した空気は、彼女達には感じられなくなっていた。
ティアは立ち上がり、朝食を取りに行くため、部屋の外へと向かう。
そして目があったティアが、すれ違いざまに俺だけに聞こえる声で呟いたのだ──。
「──フォルトゥナ様は、上手くやられた様ですね? カナデ様、私は愛人でいいので、よろしくお願いしますね」
ティアはそう言いながら、部屋を後にしていった……。
開いた口が塞がらないとはこの事なのだろうか?
俺は、この後すぐ、人生初のモテ期に頭を抱えることになったのだ。
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