173話 シュタインベックの功績
黒母衣衆の再武装を済ませると、アルターはさっそく配下を率いて近衛師団の説得へと向かった。
近衛師団の主だった指揮者は戦死するか逃走しており、責任者を探すのに難儀した。
やっと見つけた副将格と思わしき人物も負傷していた。
アルターは、これ以上の戦いは無益であること、三つ首竜を身動きが取れない様にしたのは大禍国であることなどを説明した。
そうして、近衛師団とはやむなく戦うことになったが、これは大禍国としては本意ではないので停戦したい旨も伝えた。
近衛師団の一部はこの停戦に反発した。
しかし、副将はもはや組織だって動けていない近衛師団が、今更抵抗したところで死者が増えるだけだと停戦を受け入れた。
加えて、義清が頼んで一筆書かせた宰相代理ヒンネルク・シュタインベックの和解斡旋の一筆が効果を発揮した。
三つ首竜が埋もれた郭は封鎖され、大禍国の一部の戦士が残った。
ベアトリスも残ったが酒のせいで倒れる寸前となっており、三つ首竜との対話は夜が明けるのを待つしかない。
大禍国と近衛師団は再度の交戦を防止するため、三つ首竜が埋もれた郭から見て上段を大禍国が、下段に近衛師団が陣取ることとなった。
お互い接触避けてることで交戦の危険を減らしたのだ。
こうして、単なるケンカ騒ぎから生じた小合戦は終わりを迎えた。
義清はこのことをシュタインベックへ報告するために王宮へと戻った。
王宮では晩餐会はまだ行われていた。
王宮入り口の大ホールは崩れ、屋根の一部は落下しベランダを叩き落としている。
それにも関わらず呑気に晩餐会が行われているということは、シュタインベックは余程うまく貴族たちを言いくるめたのだろう。
義清がそっとシュタインベックに寄って事の次第を報告した。
もっとも、義清は外見が特殊でありに背も高い。
そんな人物が背を折ってシュタインベックの耳元に口を寄せれば嫌でも目立ってしまう。
シュタインベックは義清から報告を聞くと、グラスを鳴らして注目を集めると言った。
「諸侯よしばし耳を拝借したい。先程、大ホールで起こった騒ぎが無事に収束した。詳細は配下の義清公が行うゆえお聞き願いたい」
義清は手短に報告を済ませた。
不慮の事態で竜が召喚されたこと。
その竜をシュタインベックの指示により鎮圧するために、大禍国が兵を動かしたこと。
鎮圧の過程で不意に近衛師団と遭遇、交戦に陥ったがシュタインベックが和解斡旋を行い事なきを得たこと。
竜は鎮圧され近衛師団とは和解が成立し城内に安全が戻ったこと。
これらを報告したが報告を聞いている内にシュタインベックは、事あるごとに自分の名前が出ることに驚いた。
ほとんどどれも自分が指示した覚えがないことばかりだった。
そもそも、シュタインベックは義清から竜を鎮めるとは聞いたが、ここまで多くの兵を動員するとは聞いていない。
近衛師団との和解斡旋も行ったが、近衛師団の指揮官級の将が倒れるほどの合戦を行ったなどは今知ったことだ。
しかし、義清が事あるごとに、
「それにしても宰相代理殿の素晴らしきこと。事あるごとに適切に指示を飛ばし、味方を鼓舞しては見事に事態を収束へと導いた。私めのような田舎貴族には到底できない離れ業でござった」
といった具合にシュタインベックを褒めて、まるでシュタインベックが総指揮を取っていたかのように言うので話に割って入ることができなかった。
義清の報告が終わる頃には、さすがは宰相代理と周囲から割れんばかりの拍手が起こった。
シュタインベックは荒くれ者の田舎貴族を指揮して竜を見事に鎮圧して、被害も最小限に収めたと貴族たちにそう印象付けた。
シュタインベックも今更否定するようなことはせず、素直に称賛を受けた。
これにより近衛師団は翌朝早々にシュタインベックに事態の説明を求めて詰めかけている。
報告を終えた義清は部屋の端でほっと一息ついた。
あと何時間かここで過ごせば面倒な晩餐会は終わる。
あとは裏門から兵を連れて郊外の屋敷建設予定地である、駐屯地へと帰ればいいだけだ。
王宮で大規模な行事があるときは、ほとんどの貴族は王宮に宿泊する。
帰るのは行儀の良い行為とはいえず貴族の品格を問う行為だが、そんなこと義清の知ったことではない。
義清にしてみればこれ以上兵を遊ばせていると、第2第3の近衛師団のような連中が現れて一戦も二戦もはじめまりかねない。
そうならないためにもさっさと兵を引き上げさせたかった。
そんなことを考えながら義清が顔をあげると、目の端に何か映った気がした。
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