163話 撤退


「追い首してる者ら、戻らせい」


 近衛師団を打ち破ったボア族が長、ラインハルトは騎乗して大声で言った。


 突撃前に敵の首取りは無用と指示をだした。

しかし、敵の名のある者の首を前にして、それを取らない者などそうそういはしない。

位が上がれば鎧の装飾も豪華になる。

それで味方にも敵にも位が高いとわかるのだ。


 首取り無用の指示をだしても、そういう豪華な鎧を着た者の首を、そのまま放おって置くものは少ない。


自然と退却する近衛師団に追いすがって、更に手柄を上げようとする者が大勢でてくる。


「遅れたやつらは置いていくよ!!竜が迫ってるんだ、死にたきゃ勝手にしな。引き上げ時だ」


 ゼノビアも同じく近衛師団に向かうヴァラヴォルフ族に引き上げの命令をだした。

こちらはラインハルトのボア族よりもやさしくない。

ラインハルトは兵の収容が終わるまで隊列を待たせている。

対してゼノビアはさっさと引き上げ始めている。


 ラインハルトの兵は落ち着いて集まろうといているが、追い首を止めない者も中にいて、兵の収容に時間がかかっている。


 ゼノビアの方はバラバラに城の奥へと引き上げていく。

何人かの兵が一塊になり、いくつかの集団になって走っていく。

こちらはみんな遅れては大変と、慌てている者がおおい。


 ラインハルトの兵の収容の仕方は落ち着いているが遅い。

ゼノビアの方は早いが落伍者を出しかねないほど慌てている。


 兵の収容1つとってもそれぞれの特徴がでていて面白い。

ボア族はこうしてまとまって動かないと、勝手に動き出す者を止めるのに難儀する。

だから、まとまって動いた方が一見遅く見えて、結局はこちらの方が早く動き出せるのだ。


 対してヴァラヴォルフ族はさっさと大将自ら引き上げて兵に、置いていかれて孤立するかもという恐怖心を煽るやり方だ。


 敵中で孤立した時に追い詰めれて蛮勇になり玉砕してしまうボア族。

同じような状況で生き残ろうと逃げ出すヴァラヴォルフ族。

両者の心理をうまく突いた撤退の仕方といえよう。


 ラインハルトもゼノビアも伊達に族長をやっているわけではないのだ。


 こうして両部族の撤退は成功した。

近衛師団は負傷者収容と再編のために一時後退した。

すぐに代わりの部隊が進んで来るだろう。


 しかし、近衛師団が前線部隊を入れ替えている間に両部族は城の奥へと撤退。

義清たち黒母衣衆が待つ郭まで撤退が完了した。


竜はその足音である、地響きが聞こえるほどまで迫っている。

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