155話 ベアトリス


 ベアトリスの配下は城の地下にいる。

竜人を頂点として末端は蟲までいるが、数はボア族やヴァラヴォルフ族より劣る。

彼らは転移前から城の地下で眠りについている。


 彼らが眠りについている理由、ベアトリスが幼い頃に蟲やモンスターと会話できるということから迫害を受けたことに由来する。


 小さな村で孤児として育った彼女は友達もおらず、蟲や動物相手に友達を作った。

それを周りは異常だとして忌み嫌った。

子供が同じ子供のベアトリスをいじめるならまだよかったが、大人までそれに加わり差別を生んでそれが次第に迫害にかわった。


 村で生活することが困難になったベアトリスは、森の大狼の元に身を寄せて暮らすことになった。

 大狼の元にやってくるのは人間だけではない。

飢饉に陥った土地の妖精、植物が死滅しそうな土地神、乾いた土地に水を送る手立てを知りたい水神などあらゆる者が分刻みでやってくる。


大狼はそれらの者にいちいち丁寧に言葉を尽くし、それぞれの力を適切な場で使って土地が回復するよう

助言して回っていた。


 仮に大狼が亡くなれば飢饉が起きた時に、土地復興の司令塔がいなくなってしまう。

そうなればこの地域一帯は、ある地域では土地が干上がるほど水が不足する。

ある地域では水が溢れ植物、生き物見境なく押し流し、ある地域では植物は生えながら腐るといった混沌が生まれるだろう。 


 そのような状況で人間が大狼に歯向かうはずがないと大狼は信じ切っていた。

彼は知らなかったのだ。

長い時の中で人間とそれ以外の生き物の交流が薄れていることを。

かつての人間ならば、大狼がこの地域でどういった役割を果たしていたか知っていた。

しかし、今の人間は地域一帯がどのような力関係で回っているのかも理解できていない。


 森の妖精が必死に木々を回って育てていることも、水神が力を振り絞って川を作っていることも、土地神が適切に種を運ばせ作物を実らせていることも。


 そして、それらの司令塔として大狼が各所で起こることに日夜助言しているとも、人間たちは知らない。


 ベアトリスが物心ついて間もなくのこと、飢饉が続き、それが村の異端児であるベアトリスのせいだと村人は信じるようになった。


 村人は最初は物腰引く大狼にベアトリスを村に返すようお願いした。

大狼がそれを拒否すると次第にお願いが要求へとかわっていった。

異端児を殺さねば村が滅びると信じ切っている村人は、自分たちを守る存在である森の賢者である大狼も、異端児を匿う魔物として討伐しようとしたのだ。


 間の悪いことに大狼は飢饉に陥った土地一帯を回復させるために力を使っており、村人を迎え撃つ力が残っていなかった。


 そこでやむなく大狼はベアトリスを使者にして、村の復興を優先するので村人に冷静になるよう説得させようとした。


 しかし、ベアトリスが言う大狼からの伝言も聞かぬ間に、村人は幼いベアトリスを顔が晴れるほど袋叩きにした。


 これを知った大狼は激怒した。

当然であろう。

大狼はこの地域の生き物を平等に世話している。

その平等を崩してまでベアトリスのいる村の復興を優先させると大狼は言っている。


 それにも関わらず大狼からの正式な使者のベアトリスに危害を加えるということは、大狼に対して挑戦しているということだ。

いわば村人が、これ以上は大狼の世話にはならず自分たちで好き勝手やっていくと、大狼の庇護を離れることを宣言したようなものだ。

少なくとも大狼はそう受け取った。


 大狼はすぐさま地域一帯の飢饉で飢えている肉食動物を集めた。

そして森からベアトリスのいる村を指差していった。


「当面の間はあの村を食料源とせよ。あの村にベアトリスという娘がいる。その娘を救い出した後はあの村の人間をどれだけ食べようと勝手である。村を囲んで村人を外に出すな」


 その日の夜には熊がベアトリスが捕らえられた小屋を崩して、ベアトリスを救出した。

飢饉が終わったときには村の人口は5分の1ほどになっていた。


 このような生い立ちからベアトリスは独特な博愛精神を持つようになった。

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