151話 ケンカの仕方
一瞬守門隊長はボア族の戦士が何を言っているかわからなかった。
しかし、とんでもないことを言っているというのは理解できた。
慌てて戦士に尋ねる。
「待ってください。どういうことです。晩餐会の間に人を通しちゃいけないというのはでたらめだったのですか?」
「いやいや、だからな、俺たちはお前に金をやって人を通すなとお願いした。これは間違いない。お前はそのことに関してはよくやってくれている。だけどな、それはお前の上役から言われた、正式な命令ではあるまい?」
「私はてっきり私の上役とも話がついているものとばかり‥‥。これはいけない!!急いで上役の命令を確認しないと」
「無駄だと思うがなあ」
急いで上役の部屋へ向かおうと走り出す守門隊長の背で戦士はつぶやいた。
「‥‥どういうことですか?」
「ここ数日、お前の上役の総守門番殿は欠勤が目立っているのではないかな?」
「なんでそのことを知っているのですか?」
守門隊長はだんだん恐ろしくなりながらも、聞き返さずにはいられなかった。
自分がなにか恐ろしい企みに加担した気がしてきたのだ。
守門隊長の質問に答える戦士の顔が黒く歪んだ気がした。
ひどく人相が悪くなり顔に闇さえ携えたようだった。
その戦士が言う。
「さあなあ、俺は知らんぞ。総守門番殿が最近欠勤が目立つ理由が、よく娼館に入りびたっているせいだとか、その金を俺たちがだしてやってるだとか、総守門番殿が欠勤がひどいせいでお前たちの命令系統が混乱気味だとかいうことを、俺は知ってたりはせんぞ」
守門隊長の顔がみるみる青くなっていく。
やはり守門隊長ははめられたのだ。
こんな簡単な仕事で金をあれほど多くもらえるなんて話ができすぎていたのだ。
家族を養う立場の守門隊長が不正の罪で投獄されれば、一家は露頭に迷うだろう。
母親は物乞いになり、妻と娘は娼婦になるかもしれない。
一瞬のうちに守門隊長の頭に最悪な未来がよぎった。
「ワッハッハ、すまんすまん。意地悪が過ぎた。大丈夫だお前たちのことは俺たちが守ってやる。ほれ、見てみろ。もうすぐ始まるぞ」
ボア族の戦士が門で揉めているヴァラヴォルフ族と近衛師団の騎士を指差して言った。
「きさま、無礼にも程があるぞっ!!」
度重なるヴァラヴォルフ族の戦士の挑発に耐えかねて、騎士の一人が拳を握りしめて戦士に殴りかかった。
ヴァラヴォルフの戦士はそれを見てニヤリと笑いながら腰を落として、騎士の拳を器用に自身の耳先に当てた。
勢いよく繰り出された騎士の拳が、戦士の毛が一番薄い耳へと当たったことで皮膚が裂けて血が飛んだ。
それほど多く血が出たわけではなかったが、戦士がすぐに勢いよく後ろに倒れたことで、血が余計に飛び散って、さも大量に出血しているように見えた。
すぐに脇にいた違うヴァラヴォルフの戦士が大声を上げた。
「あっ!!血だ、血が飛んだぞ!!者共、出会え出会え。近衛師団が刃傷沙汰起こしたぞ!!」
その声を聞いて周辺にいた大禍国の人間が続々と集まってきた。
これを見て殴った近衛師団の騎士は慌てて言った。
「おい、俺は殴っただけだぞ!!剣を抜いてなど‥‥」
その足元で殴られた戦士が素早く立ち上がりながら、小刀を抜いて言う。
「下郎、剣を抜いたからには覚悟があろうな。死に晒せや!!」
そう言うと勢いよく騎士の首元の鎧の隙間に小刀を捩じ込み、肉を引き裂いた。
そして、倒れる騎士の腰から器用に剣を抜く。
周りには、さも騎士が剣を持って倒れたかのように見えただろう。
「それ仲間を助けろ、かかれ、かかれ!!」
集まってきた大禍国の戦士たちは次々に手槍を抜くと近衛師団の騎士めがけて殺到した。
何人かの騎士は果敢に抵抗したがあっという間に刺殺されてしまった。
それを見た残りの騎士たちは逃げ出してしまった。
「近衛師団の騎士になんてことをっ!!」
一連の騒動を見た守門隊長は悲鳴にも似た言葉を発した。
「ハッハッハ、面白くなるぞ。守門隊長、もう下がっていいぞ。あとは俺たちでやるから。お前たちは大事な証人だ。厚く優遇するぞ」
この言葉にびっくりして守門隊長青くなって戦士に聞いた。
「いったい私がなんの証人になるんですか!?」
「見ただろう。最初に仕掛けてきたのは近衛師団だ。血を流したの俺たちの仲間で、やむなく俺たちは近衛師団を追い返したのだ」
「そういう風に見えんなくもないですが、でも、挑発したのはあなた達ですよ?」
「そんなこと知るもんか。何されようと手を出した方の負けだ。1発殴ったら100発殴り返されても文句は言えん」
「それじゃあ、私は今あったことを後日証言すればいいのですか?」
「求められればな。求められなければ、何も言わんことだ」
「‥‥」
守門隊長はこれからのことを思うと胸が重くなった。
「そんなにしょげるな。これから当分の間、お前と門番たちは俺たちの陣でたらふく食って寝て、偶には娼館にもいけるんだぞ。証言してもしなくて金はくれてやるし、事が終われば職の斡旋もしてやる。門番なんてチンケな職とはおさらばだ」
「‥‥そこまでしてくれるんですか?」
「おうとも。働きに見合う報酬を払ってやるのが我らのやり方だ。一歩間違えればお前たちはあの騎士たちに斬り殺されていたかもしれんのだぞ。もっと厚かましくなっていいんだ」
「こんなことしてあなた方になんの得があるんですか?」
ボア族の戦士は先程守門隊長に意地悪したときとは比べものにならないほど、意地悪く笑いながら言った。
「そりゃあ、おめえ、近衛師団にたかるために決まってるだろ。こっちは近衛師団に仲間を傷つけられてるんだ。お前たち証人をセットにすれば俺たちは金のなる木を手に入れたも同然だ。骨の髄までしゃぶってやるぞ」
守門隊長は頭が痛くなってきた。
近衛師団か金をむしり取ろうなどと考える人間がどこにいるだろう。
近衛師団は王国でも屈指の兵士たちであり、なにより王直轄の軍団だ。
王の権威をそのまま具現化したような存在だ。
彼らから金をむしり取ろうとするのは、王国からひいては王から金を取ろうとしているに等しい。
「よしよし、わかったら、もう王宮の上の俺たちの陣に下がっとれ。もうすぐ近衛師団が大挙して押し寄せてくるぞ。流れ弾にあたったらことだ。はよう行け」
このボア族の戦士は近衛師団が何なのかわかっているのか、と守門隊長はしみじみと戦士の顔を見て思った。
やがて守門隊長は歩きだすと部下を連れて大禍国の陣へとむかった。
その守門隊長の背で誰かが言った。
「おい、聞くところによるとエカテリーナ様を始めゼノビア様にライオン様も王宮に留まっているらしいぞ」
「たぶん大殿に付き合わされているのだろう。退屈してるんじゃないか?」
「このことを知ったら、いい退屈しのぎとお喜びになるかもな。早速知らせよう」
こうして義清が不思議に思っていた近衛師団と大禍国の争いは、些細な門番と近衛師団のケンカからはじまり、やがてはそれぞれの族長をも巻き込んだ一大事へとかわっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます