150話 守門隊長


「おい、どうしたんだ、なにかあったか?」


 守門隊長が聞くと部下は困った顔をして、門のところで言い争っている一団を指差した。

時刻は日が暮れて間もなくのこと。

封土祭も無事終わり、王宮では晩餐会が催されていた。


 そんな王国でも最上の行事が行われている時に、城を兼ねた王宮の一番最初の入り口で、何やら言い争う門番と騎士たちの声を守門隊長は部下から聞いたのだ。


「どこの田舎貴族だ。しょうがないな、今は王宮への立ち入りは禁止だ。裏門からなら多少おひねりをもらえりゃ貴族様だけ入れてやることもできるのに、よりによって正門から入ろうとするなんてよほどの田舎者だぞ」


「それが、近衛師団だから入れろって言ってるんですよ、隊長」


「なんだと!!」


 守門隊長は思わず言い争っている一団を見た。

日もくれてそこかしこで松明と篝火が焚かれている。

門でれろはいるなの押し問答を繰り返している門番も松明を持っている。

もう一方の騎士たちは松明を持っていない。

日が暮れる前に用事を頼まれてここまで来たのだろう。


 時々松明に反射する鎧の胸元に、確かに黒い馬の近衛師団の印があった。

近衛師団は音に聞こえた精鋭の部隊だ。

王直轄の部隊で先々代の国王のときから強化され、貴族粛清と王の権力強化と果ては西方侵攻までなんでもやってのけ、そのたびに組織を大きくしている。


 近頃は組織が大きくなりすぎて王国で幅を利かせ過ぎていると噂されていた。


(……まずいな)


 そんな、飛ぶ鳥を落とす勢いで少貴族なら道を譲るような近衛師団を前に守門隊長は思った。


(金を貰っちまってるからなあ)


守門隊長は思わず胸にしまった、金が入った袋を鎧の外から抑えた。


 この場にいる全員が、大なり小なり不正に金を貰ってる。

金をくれた人物はみんな別々だが、元をたどれば1つに行き当たる。

大禍国だ。


 特に守門隊長などは何か異変があったら近くの大禍国の人間に知らせろ、と先程も鎧の隙間から押し込むように胸に金を入れられている。


 大禍国の人間は門番のような半農半兵で農民をやっている兵士を見かけると、どういうわけか寄ってきてみな同じように言う。


「何か面白い噂はないかな?困っていることでもかまわん。なにか話はないかな?これはお近づきの印に……」


そう言って1日のご飯代くらいにはなる金をくれる。


 みんな最初はかわったやつらだ、モンスターだからそういう習慣があるのかと思っていたがそうではなかった。


 大禍国の人間はあちこちで同じようなことをやって情報収集をしてまわっていた。

それである日突然、守門隊長のような半農でもある程度の地位にある者のところに尋ねて来て願いを言う。


「人伝に聞いたのだが貴殿が守門隊長殿かな?此度はお願いごとをしたくて参った。これは近づきの印に……」


と言って金の入った袋を渡す。


 ここで話だけを聞いて金だけ貰って帰ってもらっても、別に後でどうなるというわけでもない。

しかし、人間は不思議ともっと金がもらえるかもしれないと思うと、思わずその願いを叶えてやって更に報酬をもらおうとしてしまうものだ。


 正門を守る守門隊長の場合は晩餐会がある間は誰も王宮に入れないよう、大禍国の人間から言われている。


 先程も、守門隊長が万事滞りなく誰も通していないと大禍国の人間に報告に行くと、上機嫌で金をくれた。

別に金をねだりに行ったのではなかったが、くれるものは貰おうと守門隊長は受け取った。


 人間不思議なもので仕事に対して過剰に報酬をもらうと、頼んできた人に申し訳ないという気持ちが生まれてしまう。

そうして、せめてこれくらいはしてやろうと、妙な親切心がでてきて仕事をバカ丁寧にやったりしてしまうものだ。


 大禍国の人間はこれを知っていて守門隊長に必要以上に金を渡しているのだ。

これは一度限りの仕事の請け合いであれば、仕事をする人間がまともであればあるほどうまくいく。

守門隊長は見事にこの大禍国の人間の術中にハマってしまったのだ。


 もっとも、守門隊長もこれで1月分の給金以上の金をもらっているので文句はない。

守門隊長の部下も、守門隊長からおごってもらえるので万々歳だ。


 そしてここでも、妙な親切心が守門隊長を動かした。


(とにかく、大禍国の人に報告に行こう)


 守門隊長の見立てでは近衛師団はいずれ門を突破する。

門番といっても所詮しょせんは半農の農民。

貴族の次男や三男、傭兵からの成り上がり者の近衛師団を止めるのは無理がある。


 今は門番という権力を傘に着て近衛師団の騎士を止めていられるが、いつまでもつかわからない。

近衛師団の騎士が伝令なのか何なのか知らないが、少人数で来ている今がチャンスだ。


 元々貴族でございと威張っている近衛師団を好いている連中なんていない。

その反骨精神も手伝って門番たちは数に物を言わせて、近衛師団の騎士たちを追い返そうとしているのだ。


 しかし、近衛師団の騎士が仲間を引き連れて来たらどうしようもない。

ひょっとしたら、門番たちと守門隊長は何かの罪に問われるかもしれない。

事実、金を受け取っているのだ。

あまり、いいこととはいえないだろう。

そうなる前に、守門隊長は大禍国の人間に知らせようと思った。


 大禍国の人間からは会うたびに、金をもらうたびに飽きるほど言われていることがある。


「何か、少しでもいい、異変を感じたら知らせろ。決して怒ったりはしないから」


 守門隊長は急いで一番近い篝火の周りでたむろする大禍国の人間を呼びに行った。

事の次第を報告すると、大禍国の人間は殊の外喜んで守門隊長に小遣いをくれた。

守門隊長に近衛師団と門番が揉めている場所まで案内させると、あとはこっちで引き受けるからと門番たちの前へと出ていった。


 ヴァラヴォルフ族の一人が出ていって近衛師団の騎士を怒鳴りつけた。


「何事か騒々しい!!ここをどこと心得るか、只今王宮への立ち入りはこれを全面的に禁じている。誰であろうとお引取り願おう」


「なんだ、貴様は!?モンスターがなぜ王宮にいる。不敬だぞ!!」


近衛師団の騎士の一人が突然現れたヴァラヴォルフの戦士に驚いて言った。


「ふん、その耳は飾りか。聞こえなかったのか、王宮への立ち入りは禁止だ。我らは大禍国の者だ。ちょっと考えれば我らが主の護衛のために王宮に来ているとわかるだろう。耳だけじゃなく頭も飾りらしいな」


「な、なんだと貴様、無礼にも程があるぞ!!」


「おおっ!!口は飾りではなかったか。これは驚いた。どれ、目はどうか確かめてやろう。この指は何本に見える?」


 ヴァラヴォルフの戦士は近衛師団の騎士の反応にわざとらしく驚くと、指を出して折り曲げて見せた。

これを見ていた守門隊長は肝を冷やしながら言った。


「ああ、何もあんなふうに騎士様たちをからかわなくても……」


「まあ、通れて当然の門であそこまで言われたら、キレるのは時間の問題だろうな」


横にいたボア族の言葉に守門隊長は驚いた。


「近衛師団は通してよかったのですか!?」


「通していいもなにも、今日に限って言えばお前たち門番は、通行人を問いただしても追い返すなんてことはふつうせんだろう。あんなどう見ても貴族上がりでございといった青二才の坊っちゃんは、お前達農民には触らぬ神に祟りなしだろうしな」


「しかし、封土祭が始まったら王宮には立ち入り禁止だと言われたではありませんか?」


「それは、俺たちが勝手に言ってることで別にお前の上役から指示があったわけではあるまい?」

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