127話 金を稼ぐということ
「こんなはずじゃ、なかったんだけどなー」
マシューは大きなため息をしながら、王宮の4階の窓にもたれかかり青空を見上げて独り言を言った。
午後の暖かな日差しとは対照的にマシューの心は暗かった。
「金さえあればこんな仕事、今すぐにでもやめるんだけどなあ」
マシューの仕事は呼び声役といわれる、いわゆる
催し物などが行われ領主が場に登場する際に、大声で領主の位や役職と名前などを言うのがマシューの仕事だ。
「王国宰相にしてランドール家当主、ロジェ・エル・ブシャール様ぁー!!」
などと大声で大げさに言うのがマシューの仕事である。
王宮にいる貴族や騎士と違い、使用人や侍女と同じく一般人が行う仕事だ。こういった身分が低く、高位な者からみれば卑しい存在を卑賤な者といい、そのような人達が付く職は卑賤役と呼ばれ
マシューは演劇役者を志していたのでこの仕事に付いた。
舞台で大声を出すために喉を鍛えるにはピッタリの仕事だし王宮で仕事をするので給金もいい。大勢の領主が集う場でしか仕事がないので、暇なときは遊んでいるか舞台の稽古でもしていれいい。学校の先輩からこう聞いてマシューは先輩から呼び声役の仕事を引き継いだ。
しかし、実際に勤めてみて先輩から聞いた話がどれも嘘っぱちだと知った。
大勢の領主が集う場でしか仕事がないので、そもそも給金が少ない。暇な時は使用人がする仕事を割り振られ掃除に洗濯、挙げ句の果てには庭仕事の雑務まで舞い込んでくる始末だった。とても給金と仕事の量の釣り合いがとれているとはいい難かった。
「それでな、そいつらが5人ほどでスケルトンをいじめてるので、俺達は10人で袋叩きにしてやったのよ!!ガーハッハッハッハッハッハッ」
窓から下を見ると通用門付近でに4,5人のボア族とヴァラヴォルフ族が、どこかの家のお付きの騎士3人と話している。
「いいよなー気楽な連中は。ああして無駄話していれば金が入るんだから」
マシューはだらしなく大笑いする兵隊達を見て言った。
今から思えば呼び声役の仕事を紹介した学校の先輩も、この仕事をやめたかったに違いない。後任が見つからないとやめさせてもらえなかったか、はたまた後任を見つければ次の仕事を紹介してもらえるのか。当たらずしも遠からずといったところであろう。
ふと肉の焼けるいい臭いがした。臭いにに釣られて下を見るとさっきの兵隊たちが焚き火をしながら肉を焼いている。中流階級下層出身のマシューからみればだらしないが、城に勤めてみてああした人間の方が生命力が強いと思い知った。マシューにもう少し、そうした力と腕っぷしがあれば、給金が不当に中抜きされて少なくなっているのに文句を言えたかもしれない。
「金か力があれば、ああやってだらしなく気楽に生きられのになあ」
「案外と気楽ではないかもしれんぞ」
突然後ろから声をかけられマシューは慌てて振り向いた。
掃除をサボっているのがバレたかと思ったが、振り向いた先にいたのはやや年老いた男のヴァラヴォルフ族だった。
「ここは水の間の廊下で間違いなかろうか?」
突然はじまった会話にマシューが戸惑っていると、老ヴァラヴォルフは言った。
「これは突然に失礼を、
大禍国、最近ロヴェーネに押し寄せ城下街の端に住処を構えている連中だ。
無法者の集団と言われ、街のあちこちで冒険者が襲われていると聞く。一方で金払いがよく、頼まれた仕事をきっちりこなすと給金はいいとも聞いた。手を抜くと殺されるとも聞いたことがある
マシューがそんなことを思いを頭で巡らせているとアルターが言葉をつづけた。
「呼び声役のマシューという者の所在をご存知なかろうか?入口の者に水の間の廊下にいるかもしれないと言われたが、どうにも王宮内は不慣れなものでしてな」
王宮を訪ねてきたものには、普通は案内の使用人が付く。
アルターはモンスターということで使用人からも格下に見られ案内を付けてもらえなかったのだろう。マシューからみればくだらないことだが、王宮に務める平民は給金もろくにもらえないくせに、一般人を下にみる癖が付く。まるで無駄なプライドでも持たなければ、理不尽な仕事をしている自分が惨めに思えてくるといわんばかりだ。
「たかが肉を焼くくらいなんだと言うのだっ!!」
突然の大声にマシューが窓から下を見ると、先程肉を焼いていた大禍国の兵隊が衛兵と言い争っている。
衛兵が言う。
「だから、王宮内で火を使えるのは指定された場所だけだ。火事防止の為だ」
「じゃあ、お前達があそこで焚いている火はなんだ?俺達と変わらない場所でやっているではないかっ!!」
大禍国のヴァラヴォルフ族の1人が衛兵の詰め所の近くを指差して言った。
確かにそこでは火が焚かれている。大禍国の兵隊が火を焚いている場所とかわりない。
「俺達は衛兵だからな。特別だ」
「それなら俺達が肉を焼くのも見逃せ」
「はっきり言わんとわからんらしいな。見逃してやるから金をだせ。モンスターごときが王宮に入れてもらえるだけでもありがたいと‥‥‥」
「よう言うた。死にさらせや!!」
大禍国の兵隊が短気なのかそれともあれが普通なのか。
会話していたヴァラヴォルフの兵士は激怒して腰の大太刀を抜いた。周りの大禍国の兵隊も止めるどころか、面白そうに参戦しようとしている。この場を穏便に収めようとしているのは、先程まで大禍国の兵隊と話していたどこかの家のお付きの騎士だけだ。
「やめんかっ!!」
いつのまにマシューの横に来たのか、アルターが大声で制止の声を上げる。
大声過ぎてマシューが思わず耳を塞いだほどだ。アルターはなおも階下に向かって大声を出す。
「金を持っとらんのか?」
ヴァラヴォルフ族の1人が答える。
「こんなやつらに渡す金なんて持ってねえ」
「違う!!そっちに渡すんじゃあない。そっちの騎士様達に渡す金だ」
場を丸く抑えようと必死に衛兵と大禍国の兵隊の間を取り持っている騎士達を、アルターはアゴでしゃくって示した。ニヤニヤしながらヴァラヴォルフ族の兵士が答える。
「そういうことなら持ってるが、少し足りません」
「ごうつくばりが、ほれ」
アルターは懐から銀貨が入った布袋を出すと、ヴァラヴォルフ族の兵隊に投げてよこした。続けてまた大声で言う。
「騎士様方、悪いがそれを受け取って後ろを向いててくださらんか。ついでに門の外の者らも呼んでもらえるとありがたいが」
騎士達はヴァラヴォルフの戦士から銀貨の入った袋を受け取った。1ヶ月は遊んで暮らせる量だ。騎士達は不思議に思いながらも通用門を出て、外で待機していた大禍国の兵士達を王宮内に呼んだ。門から10人ほどの兵隊達が入ってくる。
最後にアルターがまた大声で叫んだ。
「王宮内で剣を抜くことは禁止されてる。どうせ法に触れるなら1触れるも10触れるも同じことよ!!さっさと殺って死体もうまく始末しろ!!金をたかる相手を間違えたと教えてやれ!!」
アルターの声を合図に大禍国の兵隊たちが一斉に衛兵達に襲いかかった。
衛兵など、人数も技量も優る大禍国の兵士の敵ではなかった。衛兵達は王宮内で剣を抜いていいのは騎士と衛兵のみという法の権威を盾にしていたに過ぎない。あっという間に衛兵達は大禍国の兵士達に囲まれ袋叩きにされてしまった。
階下で起こる惨劇に圧倒されているマシューの横からアルターが再び質問する。
「失礼だが、呼び声役のマシューという者の所在をご存知なかろうか?」
今自分の目の前で起こる惨劇の頭目を前に、恐怖したマシューは思わず本当の事を口走ってしまった。
「マシューは私ですが。なにか?」
「おお!!貴殿がマシュー殿だったか!!いやいや、これは重ね重ね失礼を」
歩きながら話そうとアルターはマシューと連れ立って歩みだした。
「実は貴殿に仕事をお願いしたく参った次第」
そう言うとアルターは先程騎士に投げた布袋の倍以上の大きさの布袋をマシューに渡した。
もちろん中には銀貨がたっぷりはいっている。先程の騎士に投げた銀貨袋は口止め料だ。荒事を知らないマシューでもそれくらいはわかる。この銀貨袋を受け取った以上は何を見ても黙っていろという無言の圧力がそこにはあるのだ。騎士達は大禍国の兵士達と話してもいないし、ましてや衛兵が惨殺されるところなど見てもいない。後日行方不明の衛兵達の捜索が行われても騎士はそう言うだろう。
人が殺されるのを見過ごす代金であれ程の大きさの銀貨袋なのだ。今マシューの手の中にはそれの倍以上の袋がある。いったい何の仕事を要求してくるのか想像もつかないが、合法的な仕事なはずはなかった。
「なあに、難しい仕事ではござらん。少し声を張り上げる時間が伸びるだけのことで‥‥‥」
アルターの言葉を他所に、とんでもないことに巻き込まれてしまったとマシューは頭を抱えた。
そして、先程大禍国の兵士達を見て気軽に生きて金を稼いでいると言った自分を深く後悔した。
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