125話 条文
和平交渉の場自体は意外にも早く実現した。
最大の要因は巡礼者であった。遠征軍は巡礼者に対する知識が皆無であったため、巡礼者は
交渉の過程でこのことを知った大禍国の外交官は交渉が行き詰ると、事あるごとに再度巡礼者を召喚するぞと遠征軍を
また、遠征軍が交渉のテーブルについたのは兵力不足もある。
遠征軍は先の大禍国の攻撃と巡礼者からの打撃で兵力が半減しており、交渉の間にラビンス王国から追加の兵力を補充できないかと考えていた。
それからもはや遠征軍とは切っても切れない権力闘争だ。
遠征軍はこの期に及んでもダウレンガ派とヴォルクス家派で権力闘争を繰り広げている。両者とも自分が優位になるまで次の戦いに挑みたくはなかった。
交渉の場自体は整ったが交渉は難航した。
ラビンス王国の主張は、大禍国の占領している王国の全領土の明け渡し、賠償金の支払い、などである。彼らからすれば西で戦争に敗けて東の地にその補填を求めて入植してみれば、ある日突然現れた無法者に領土をかすめ取られたのだから土地の明け渡しは当然だった。
賠償金にしても王国は今回の遠征で、ファナシム聖光国から資金援助を受けているとはいえ遠征で莫大な資金を使っている。それを取り返したかったのだ。
交渉の決定権は遠征軍総司令官であるダウレンガが握っている。遠征軍内で権力が衰えたといえど彼はいまだ遠征軍内ではトップであり、本国である聖光国の意向もある。聖光国はこの遠征で適度に王国に出血してもらいたがっている。
しかし、ヴォルクス家派の連中はそんなこと知ったことではない。
彼らは兎にも角にもはやく遠征を終わらせたかった。彼らは東の領土の完全回復はもはや不能と考えていた。領土の一部を取り返し、それによって王国の威信を保つ。賠償金にしても巨額でなければ大禍国は交渉にのってくるかもしれない。ヴォルクス家派は事あるごとに交渉に口出しし交渉の早期終結を図った。
ヴォルクス家派が特に重視したのが、義清達がこの世界に転移してきた時に住んでいた城を中心とした大禍国本国の領地を
彼らは大禍国の目的は国家建設で、王国に対する侵略はその手段に過ぎないと考えていた。だから王国の領土のほんの一部を明け渡し、あとは返還してもらえれば大禍国は国家建設という目的を達成し引き下がると考えたのだ。大禍国がいま占領している領土も王国の領土になって日が浅い。今回の一連の出来事は、入植先で土着勢力と衝突したととらえれば、領土拡張の末に新しい国家と接触しただけと考えることもできなくもないとしたのだ。
ダウレンガ派はこれに激しく反発した。
特に領地安堵は大禍国の正当性と建国を認めることになる。彼らも、彼らの上層部である王国も大禍国を国ではなくただの無法者の集団とみなしていた。特に王国を影から侵食しつつある聖光国はモンスターが主体の国家など、彼らが至上とする宗教からみて絶対に認めることのできないものだった。
しかし、交渉は意外なところから出た話で長引く事となる。
大禍国がラビンス王国の属国となることを提案してきたのだ。
彼らは現在占領している土地を正式に大禍国とし、本国を含む全ての領土を安堵してくれるならラビンス王国の同盟国ではなく、格下にあたる属国となってもいいと申し出た。
もちろん大禍国は各種さまざまな細かい条件を指定してきた。
例えば、建国間もないことを理由に大禍国からラビンス王国に対する納税を10年後から開始するというもの。納税は銀鉱山が枯渇するなどの問題が発生した場合は減額や免除するというもの。
外交は公にするが大禍国は独自の外交を行う権利を有し、ラビンス王国に報告の義務を有しても許可は必要としないというもの。
大禍国はラビンス王国の求めに応じ他の諸侯と同様に、出兵の義務を負うが最低兵力人数には応じても、最大兵力人数の指定は受け付けないこと。
この他にも様々な条件が付いてきたが、話の内容が大きくなりすぎたため遠征軍は本国と協議しなければならなくなった。特に王国が驚いたのが大禍国が銀鉱山を有しているということだった。うまくいけば今回の遠征で生じた支出を含めて安定した税収を10年後から得る事ができるかもしれない。国家単位でみれば10年など短期間でしかなかった。
しかし、この納税は正確には10年後から開始されなかった。
大禍国は銀鉱山が停止している件を王国に話していなかった。また条文が曖昧である点を突いて解釈を捻じ曲げ、鉱山が停止していた期間や再開して採掘が起動に乗るまでにかかった期間として5年間延長されてしまっている。後世の歴史家は大禍国が条文作成の段階から意図的にこれらの事を行っていたとしか思えないと評している。正解だが大禍国は決してこの事実を認めなかった。
また、兵力人数の指定も後々まで尾を引いた。
条文が作成された当時は王国はこの兵力に対する記述がどういうものか、理解が浅かったというほかない。というのも普通は最低兵力を大きく上回ることはない。
例えば王国がどこかの国家を侵略するために諸侯に動員をかけたとする。
このときある領主が、その領土からみて兵1000を率いて参陣するように求められたとしよう。この場合は兵1000を戦場に連れてくるのが普通である。自分の忠誠心をアピールしたかったとしても兵1200を率いて来ることが普通である。兵を多く率いることはそれだけ金がかかる。余計な出費を出さないためにも、普通は指定された人数きっちりか、多少少ないくらいで役人に金を渡して兵数をごまかすのが常である。だから王国も最低人数を守るのであれば兵力が多い分にはなんの問題もないとおもったのだった。
問題は多ありだった。
大禍国は出兵のたびに指定人数の倍近い兵力を率いて参陣してきた。
そして事あるごとに好き勝手動き出すのだ。攻撃の順番に途中から割り込んだり、他家の手柄を横取りするために他家の攻撃前面に割り込んだりというような行為を平気で行った。ひどいときには配置通り陣取りした他家の陣地を、兵力に物を言わせて立ち退かせ自分がそこに陣取るのだ。彼らは他家に平然と、立ち退かねば攻め落とすと宣言したという。
大禍国は王国が思うような多少荒くれ者が多いが長い目で見れば金を生み出すという都合のいい存在ではなかった。
大禍国の外交官は和平交渉のテーブルについて少しして思ったという。
これはたかれる、と。大禍国が国家としてラビンス王国に金をたかれると思ったのだ。
彼ら大禍国に住む者は出世することを、あまり好意的にとらえていない。
上に立つ者はその地位にある間、配下の事を満足させなければならない、彼らはこう考えるのだ。そのため配下は事あるごとに、法や慣習に照らし合わせて上役に不満を突き上げる。それでも不満が解消されない場合はその上役をその地位から引きずりおろすのだ。それで配下の誰かがその地位に座るかといえばそうではない。彼らは上役のそのまた上役に責任を持っていくのだ。上役を任命したのはその上役なのだから、そもそも不的確な人物を任命した上役の責任だとするのだ。
配下の者に言わせれば、最初からできもしない事を地位と金に目がくらんで、その座に着いた当然の報いというわけだ。これはどの組織でも平然と行われていることだ。だから、彼らは法が変わるとよくそれを学ぶ。それらを組み合わせて上役にさらに金や待遇を要求するのだ。
彼らは権力者はスキを見せれば配下から金を
これを大禍国は国家としてラビンス王国に行えると考えたのだ。
今はとりあえず領地安堵に加えて多少領地を得ただけで満足しておく。そのうちラビンス王国が不当な事を言ってくるか、しでかす決まっている。その時こそチャンスだ。それを口実にまた戦争をする構えを見せればいい。それでいくらかの金か領土をかすめ取ればいい。取れなければ戦争をして分捕ればいいのだ。
不当な事が起きなけば戦場で手柄を上げればいい。
そしてその手柄を正当に評価してもらえない時は、大禍国はラビンス王国にたかるチャンスができたというわけだ。そして彼らのたちが悪いのが自分がたかられないように、仕事はきっちりこなすと言う点だ。たかりができる者は自分はきっちり仕事をこなし、相手の非だけつける立場にいなければならないのだ。そうでなければ逆に相手から非をつかれてしまう。もっとも国家として非を行わないことはできないので、程々のところでやめるか、いざとなれば開き直れるだけだ。兵力は開き直ってなお相手を脅す為にあるのだ。
少し長くなったが、遠征軍はラビンス王国本国と協議した結果、大禍国の属国化を認めた。
これにより遠征軍は撤収準備に入り、義清は応急に召還されることとなった。大禍国は新たなる国家として動き始めたのだ。
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