119話 部隊移動


 部隊をまとめ上げ自陣に帰還したローゼンは、手持ちの全部隊を遠征軍右翼へと投入する。

右翼部隊は依然として馬出しと弓合戦にの真っ最中だった。

右翼部隊の主力である、孫のウルフシュタットが指揮する部隊の真後ろに自部隊を移動させると、自身もウルフシュタットの元へと足を運んだ。


「爺さま、どうされました?本陣近くがいやに騒がしい様でしたが」


「こちらの左翼部隊が崩壊して敵が本陣近くまで迫ってきたのだ」


「なんと!!それは危機一髪でしたね。どうやって押し返したのですか?」


「なにもしとらん。敵が勝手に引き返していったのだ」


「それは不可解ですね‥‥」


「それよりウルフシュタット、敵の突出部と距離を取って敵城の方へと兵を進めるぞ」


「そんな事をしては敵に側面を突かれませんか?」


「お前は知らんかも知れんが先程、敵の騎兵こちらの側面を攻撃してきた」


 ローゼンは大禍国おおまがこくの100騎程の騎兵が暴筒を斉射した後に、すぐに城に撤退していったことをウルフシュタットに話した。


「そんなことが‥‥全く気づきませんでした」


「お前が気づかんのも無理もない。敵は一斉射してすぐに城に下がった。攻撃を受けたのも他家の兵だし被害も極わずかだろう」


「それにしても妙ですね」


「恐らく敵は我らを誘っておるのだ」


「何事か企てがあると?」


「わからんが、これは私の完全な勘だ。長年戦場にいると自然とわかってくるものだが、誘い方があからさま過ぎるのも気になる」


「それではとにかく兵を下げましょう」


 ローゼンの提案に同意したウルフシュタットは部隊を下がらせ馬出しと距離を取る。

右翼部隊の他家もこれにならった。すると馬出しからの攻撃は弱まり城に楽に接近できるようになった。ある程度まで城に接近すると城から一斉に矢が放たれた。しかし、距離がまだ遠くヴォルクス家の部隊に矢が到達する頃には、大半の矢が威力を失っていた。


「これ以上近づくなということらしい。敵はどうやらある程度まで城に近寄らせたいらしいが狙いがわからんな」


ローゼンの言葉にウルフシュタットは疑いの言葉を放つ。


「先程の左翼部隊が殺られた様に我らを城に接近させ、あの轟音と共に飛んでくる弾で仕留めるつもりかもしれません」


「それはないだろう。敵がそのつもりなら、敵の吐出部と弓合戦をしている時にそうしたはずだ。何か我らを城付近に留まらせたい理由がありそうだが、これは見当がつかんぞ」


 ローゼンが大禍国の狙いを読みかねている内に後方では動きがあった。

なんと右翼予備部隊、中央部隊、中央予備部隊の一部が本陣に無断で移動し始めたのだ。

 移動する部隊は戦場までの行軍中に、先遣隊か前衛部隊に所属する領主が指揮をとる部隊だった。彼らは極小あるいは小領主であり本陣に詰める領主とは格が違う。従える兵も少ないため本陣に詰める必要がないのだ。


 本陣での騒ぎを聞きつけた彼らの一部は元々信用していなかった本陣の指揮を離れ、ヴォルクス家の指揮下に入るべく移動を開始したのだ。これに近くに在陣する元先遣隊、前衛部隊出身の貴族が加わる。そして本陣でのローゼンの振る舞いに疑問を感じた中規模貴族の一部が、この動きを皮切りに独断で部隊を移動させてしまう。中には本陣に主である貴族を残したまま、現地部隊が勝手に移動してヴォルクス家の指揮下に入った例もあった。


 遠征軍は左翼部隊の崩壊という混乱が収束するのを待つことなく、独断での部隊移動の横行というさらなる混乱に直面することとなってしまった。

 そして極大級の混乱である巡礼者がすぐそこまで迫っていることを、彼らは知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る