118話 帰陣1-2


「無論意味はわかっていますよ。もはや付き合いきれんと言っているだけです」


ローゼンの言葉にダウレンガは激怒する。


「貴様っ!!私は遠征軍の最高司令官であるぞ。その私に向かってなんたる口の聞き方かっ!!」


「最高司令官であるなら適切な判断をくだされるか、せめて部下に物事を任せるだけの度量を持っていただきたいものですな。孫が前線にいるので失礼させていただく」


「衛兵、衛兵っ!!ヴォルクス家のローゼンが反乱を起こしたぞ!!捕らえよ!!」


 ダウレンガの声に遠征軍司令部のテントに衛兵が入ってくる。

しかし、直後に後ろから侵入してきたローゼンの配下に押し倒された。


 歴戦のローゼンの配下は遠征軍左翼の崩壊に迅速に対応していた。

彼らは味方危うしと見るや敵勢を迎え撃つために、ローゼンの指示を仰ぐことなく、速やかに部隊を本陣前に展開させようと移動し始めた。幸いに大禍国おおまがこくの逆襲部隊が引き返したのでこれは未遂に終わったが、遠征軍司令部からみれば明らかな独断行動だった。


 それでもローゼン配下の者達は戦場の異変に疑問を覚えた。彼らは遠征軍司令部が大禍国の逆襲部隊の不可解な行動で混乱するどさくさに紛れ、部隊の一部を本陣付近へと勝手に移動させた。

 そして事後の判断をローゼンに仰ぐ為に素知らぬ顔をして本陣の中への入って来ていたのだ。ローゼンに聞こえるように遠征軍司令部テントの間近で衛兵と談笑もしている。

 これがなければローゼンも急に自陣に帰るとは言い出さなかっただろう。


 ローゼンのこの行動はいわば周りに対する警告でもあった。

言葉では言い表しずらい何かが戦場で起こっている。それは数々の戦いを潜り抜けてきたローゼンには感じ取れているが周りには伝わっていない。それを知らせるためにあえて騒ぎを大きくしているのだ。これを言葉にしたところで、そんなあやふやな事は伝わるはずがないし、周りに不安を与えるだけである。


 同じ不安を与えるなら、少しでも異常な事が起こっていると身を挺して示したほうが良い。ローゼンなりの優しさの様なものだった。

 それが伝わるかどうかは、受ける側にその才能があるかどうかだ。ローゼンはできる限りのことをしたし、本来は領主一人一人が感じ入らなければならないことをローゼンがしてやったにすぎない。


「わかっているのかローゼン、これは王国に対する反乱だぞ!!」


ダウレンガ大声でローゼンに叫ぶ。


「同じ事を何度も言われても困りますな。私は帷幕いばくに乞われて戦術助言役を引き受けただけのこと。最高司令官である、あなたが私の言を必要としていないので自陣に下がるだけのこと」


「なら、私はお前を必要としておる。ここにいろ!!」


「左様ですか。しかし、見ての通り我が配下がいささか勝手に動いている次第。ここは指揮官である私が指揮を取り、部隊をまとめ上げねばなりますまい。しばらく本陣を離れ、部隊を整えた後に戻りましょう。これは貴族である私の当然の権利ですので」


 戦場だけでは交渉の場でもその腕を奮ってきたローゼンにかかればダウレンガごときの言を、のらりくらりとかわすくらい訳のないことだった。

 騒ぎを聞きつけた衛兵が駆けつけてくるが、ローゼン配下の者が円陣を組んでローゼンを守り、テントを退出していくのを止める事ができない。彼らが鎧と兜の下から覗かせる殺気と、なにより本陣であるにもかかわらず抜き放っている剣が衛兵を圧倒していた。

 その内に連絡がいったのか騒ぎを聞きつけたのか、勝手に本陣近くに移動していたローゼンの部隊からも続々と人が来るようになった。

 こうしてローゼンは配下の者に守られながら威風堂々と自陣へと引き上げて行った。

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