117話 帰陣1-1


(おかしい、絶好の機会であったはずだ)


 ヴォルクス・ローゼンは遠征軍本陣から、戦場を離脱しつつある大禍国おおままがこくの兵を見ながら思った。先程までの攻勢が嘘の様に大禍国は兵をひいていく。撤退の合図と思わしき鐘の音が戦場に響いている。


(こちらの左翼は壊滅、中央部隊も左翼から来る逃亡兵の人波で身動きが取れない。それにあの音‥‥‥)


 ローゼンの周りでは遠征軍総司令官イルドガルド・ラインバウト・ダウレンガを始め、人々が混乱しながら右往左往している。ローゼンは大禍国の兵が撤退直前に放った鏑矢かぶらやの音を思い起こした。


(あの音は明らかにこちらの本陣を発見した合図のはずだ。あの音の後に敵は一直線でこちらを目指していた)


ローゼンは腕組みして思案する。


(どう考えてもおかしい。敵があれ程の好機を逃す理由が見当たらん)


 大禍国が遠征軍の本陣を襲撃する絶好の機会をわざわざ逃したことにローゼンはどうしても納得がいかなかった。すると、退却する大禍国の兵の先頭が城の大手門に来るよりも早く門が開いた。騎乗した兵士達が100騎程出てきた。一旦は馬出しに入った彼らは、少しして出てくると遠征軍の右翼へと向かっていく。


(あの程度の騎兵で何をしようというのだ?)


 不審に思いながらローゼンが見ていると、騎兵は右翼部隊に接近しつつ部隊を横に一直線に広げていく。そうしてある程度接近すると暴筒を一斉射した。数発が遠征軍の兵士に当たったが射程が足りていない様で、ほとんどの弾が兵士に当たる前に地面に落ちて土埃を巻き上げている。

 遠征軍の右翼部隊でも敵の騎兵の接近には気づいてたようで弓で応戦している。しかし、騎兵は2斉射目を行わず土埃にまぎれて城へと撤退していく。


 ローゼンは混乱する本陣の中からダウレンガを探しだすと忠告する。


「敵の動きが妙です。ここは兵を一旦引き、態勢を立て直すのがよろしいと思われます」


「なにを言う!!敵は退却しているではないかっ!!退く者を追わずしてなんとする」


「では攻城を再開すると?あまりに無謀に思えます。私は反対ですな」


「田舎貴族の意見など聞いとらん!!お前達は黙って私の指揮に従っていればいいのだ!!」


「‥‥悪いが自陣に帰らせていただく」


「なんだと!?意味がわかって言っているのかっ?」


 遠征軍の本陣には主だった貴族が詰めている。軍議に参加する意味もあるがそれよりも監視の方が大きい。貴族たちが勝手な動きをしないように見張るために、わざわざ自部隊と指揮官である貴族とを離して配置しているのだ。貴族は軍勢を動かす時は本陣から伝令をだすか、本陣から許可を取って自部隊に戻って指揮を取るのだ。寄り合い所帯である遠征軍では攻勢の時はまだしも、撤退となると我先に逃げ出すことが多い。そういった事を防ぐためにも指揮官である貴族は本陣周りに置かれるのだ。

 ローゼンの自陣への帰還はいわば本陣の指揮を離れる事を意味する。

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