112話 素人と職人


 ここで時を戻す。

轟音がなる少し前馬出しでは、いくつかのガシャ髑髏の小隊がヴァラヴォルフ族を組頭に据えて忙しげに走り回っていた。

彼らの手には3メートルほどの棒が握られている。

棒部分は全体の3分の2程で、残りは筒状の金属が付いていた。

ガッシリとした棒に比べ金属部分はやや歪な形をしている。金属の根本は球体になっており先端にいくにつれて細くなっていく。細くなるといっても、筒の先は人の拳が楽に通る程の大きさだ。

 暴筒と呼ばれるこの棒はれっきとした武器だ。

この武器が開発されたのはごく最近のことである。


 始まりは新城築上の折、整理も兼ねた本城での大掃除にある。この日エカテリーナとベアトリスは部屋の清掃に大忙しだった。それぞれの部屋にあるものは魔道具やスクロールと特殊な物が多く、余人が掃除を手伝うことはできない。中には誤って捨てると二度と手に入らないとさえいわれる者さえある。


 いらない物を箱に入れ、城のいくつかの場所で焚かれる、大掃除のゴミ焼却用の焚き火にそれらを加えた時にそれは起こった。

2人が偶然同じ焚き火に焼却物を投入して少しすると、焚き火が爆発したのだ。幸いけが人はおらず、焚き火の番をしていたヴァラヴォルフ族の1人が尻尾を焦がした程度で済んだ。

2人は直ちに原因究明に乗り出した。というのも2人は可燃物は捨てても爆発が起こるほどの物を捨てた覚えはなかったからだ。


 程なくして原因が2人が捨てた結晶鉱物にあるということがわかった。

結晶は普段は不燃物だが特定の魔力を込めると、むしろ燃えやすくなる。本来は土に還すか川に流して魔力を抜いたほうがいいのだが、2人は面倒になり焚き火に投じたのだ。

2人はこの結晶にあらかじめ魔力を付与し必要に応じて取り出していたのだ。作業によっては何かに魔力を込め、いったん抵抗となるものを挟んで少量づつ魔力を取り出す。それほど珍しい手法といったわけではない。


 問題となったのは転移前の世界で魔力を込めていた結晶では爆発が起きなかったいう点だ。

この世界で結晶に魔力をこめて、火で熱すると爆発が起こる。


 余談だが、そもそも魔導師が魔力をるのは、大部分が自分の外の空間に依存する。体内に宿した魔力では大抵の魔法でそれを使い切ってしまうため、自分の魔力も織り交ぜつつ外部からの魔力を取り込むのだ。


 さらに余談となるが、魔導師の言う魔力切れとは自身の体内にある魔力を使い切り、外部の魔力を取り込む原動力を失った状態を言う。その状態でもさらに魔導を使うのであれば自らの体を触媒とするのが常だ。触媒は軽いものであれば髪や爪や皮膚、重いものであれば腕や脚や眼球、歯といった多岐にわたる。

 それ故に彼ら魔導師は体を大事にする。無闇に前線へと突出せず、なるべく被弾を避けるのはこのためだ。彼らにとって自らの肉体は触媒であると同時に資産なのだ。どうせ傷つくならその傷の分で魔導を発動させればよかった彼らは考える。


 仲間が目の前で倒れようと動じず、冷徹に切り捨てる。そうするのはいざとなった時に、戦況を好転させる一発逆転の鍵を握るのは自分だからだ。その時がくれば例え我が身を犠牲にしようと乾坤一擲けんこんいってきの大博打技をひねり出す。


 前線で戦う戦士達が魔導師を軽んじないのはここにある。

刀槍吹き荒れる凄まじい前線から離れた安全な後方にいようとも、戦いの勝敗を分けるかもしれない技を有し、戦いが不利になれば自分達と同じ様に五体満足では帰れないいかもしれない者。

決して後方の安全圏から魔術を放つだけの存在ではないことを、前線に立つものは知っているのだ。それ故に魔術師は軽んじられる。


 余談が続く。

 魔導師が外部から魔力を取り込む。これはイメージとしてはフィルターを通して外気を取り込む様を思い浮かべるといいだろう。

彼ら魔導師は魔導を練る時に、ほとんど無意識に外から魔力を取り込む。この取り込む波動で外部に魔導を使うことが露見するため、相手は対抗魔導や妨害術式を組むのだ。

一流の魔導師と言えどこの波動を小さくすることはできても消し去ることはできない。おまけにこの波動は魔導を組む後半になればなるほど大きくなり、相手にそれと知られてしまうのだ。魔導を組むのに体内の魔力を使い、それを補うために外部から取り込んでいるので、当然と言えば当然だが隠密に適さないのは確かだ。


 余談を終える。


 エカテリーナとベアトリスは調査の結果、複数の手法で結晶に魔力を込め、それらを組み合わせて火に加えると爆発することがわかった。

 同時に前世界で同じ事をしても、同じ現象にならない理由も判明した。

簡単に言ってしまえば魔導師が魔力を取り込む外気が、前世界と今世界では異なるのだ。同様の魔力を取り込む行為でも、取り込む物そのものが違えば別の現象が生じるのだ。


 一見簡単な原理だがこの事実がわかった時エカテリーナとベアトリスは絶望した。今まで築いてきた魔導が今世界では全く違う反応を示すかもしれないからだ。

特にベアトリスの絶望は凄まじかった。

彼女には魔導を一つ一つ実験して、今世界ではどういった反応をするか調べる実験を、膨大な数行わなければならない未来が待っているからだ。


 ともあれ2人は直ちにこれを広く知らせた。結晶は日常生活でもある程度は使われる。魔力を込めやすく自然に漏れ出る量が他の鉱石に比べ少ないためだ。

 特にドワーフが管理する鉱山で同様の爆発が起き、落盤にでもつながれば取り返しのつかない自体となうる。人命に関わるとあってこれらの始末は大禍国おおままがこくではちょっとした騒ぎとなった。


 当然、この騒ぎは義清の耳にもはいった。

彼は嬉々として前世の知識が役に立つと思い、早速鉄砲の開発へと動き出した。

ドワーフと議論を交わし、訝しげに思う彼らを説得して遂に彼はその筒を完成させた。ドワーフが提案した素材は、今世界に転移した時に見つかった黒壇こくだんの石だ。他の金属では長期的な使用を想定すると強度に不安があるというのがその理由だ。


 義清はこの時に得意げに筒の構造について講釈を垂れている。


螺旋らせんをな、筒の中に掘るのだ。わしの世界ではこれをライフリングと読んだが、どうでもいいか。ともかく、これで弾の命中率が飛躍的に上がる!!筒の後方部分の機関はネジ止めしよう。強度も増すはずだ。いやはやこの世界に既にネジの技術があってよかった」


 後にドワーフを束ねるガルムは、義清が最初に鉄砲なるものを開発しようと言った時に不安を感じたがこの発言で納得がいったと言っている。


 やがてガルムは義清の要望に答え試作品を完成させた。

試作品というだけあって、小さな大砲のような筒を台座に固定しただけの極簡単な構造のものだ。ちなみにこの試作品は後の完成品と比べれば大きな筒だった。

 義清はこの試作品を見て筒後方の機関がないことに不満を漏らしたが、ガルムは試作品だからとなだめた。


 そしていよいよ試射が行われる。

エカテリーナとベアトリスの魔力が籠もった結晶を砕いた物を込めて、その後に鉄球を押し込む。現世にある大砲を撃つ動作とそっくりだ。

 ワクワクしながらこれを見守る義清はラインハルトとゼノビア、大主教とスケルトン総指揮官まで呼んで盛大に試射を行うように言っている。エカテリーナとベアトリスも半分は原理がわかるのでどうなるかと興味津々きょうみしんしんだ。

義清は得意げに言う。


「皆よぉうく見ておけ!!今日から戦の有り様がかわるぞ!!」


 やがてガルムが長棒の先に点火棒をつけて、それを点火口へ一気に押し込む。

予備動作なしに凄まじい轟音がなって火花が散った。

弾はあらぬ方向に飛ぶと、的を大きくハズレて壁に当たると跳ね返り、危うく脇に控えていた黒母衣衆に当たりそうになった。

皆が驚く中、土埃が晴れて試作品の姿があらわとなった。

試作品は大きくひしゃげていた。特に先端部分の損所は凄まじく、まるで金属のオブジェで花びらを作っているかのように根本に向かって大きくめくれている。


皆が呆気にとられるいる中ガルムが1人で大笑いする。


「ガッハハハハハハハ、やっぱりな、最初からおかしいと思っていたが、やっぱりつまらんかったな。何が螺旋だ。これで命中率が6割を超えると言っていたが、やはりそんなうまい話はあるわけがない」


驚き冷めやまぬ皆を気にせずガルムは試作品の破損状態を確認して、どうして失敗したのかを説明した。


 原因は義清が得意げに講釈垂れた螺旋にあった。

結晶の粉が火によって爆発する。ここでガスが発生し、それによって弾である鉄球が前に押し出される。言われてみれば原理は誰でも理解できるが、問題は正確には順番が異なるということだ。

爆発によって生じたガスは弾の後方から発生するが、弾と筒の間に隙間があるので少量だがガスが弾より先にいく。

 筒の先端から数えると少量のガス、弾、大量のガスという順に筒から出るのだ。


 筒が損傷した原因がこの少量のガスだ。

このガスは螺旋にそって筒の中を通る。そして螺旋に沿って筒を損傷させていたのだ。どんな魔力も物質と交わると多少は干渉するが、今回の場合は黒壇の鉱石に結晶の魔力が過干渉を起こしたのだ。

 その結果、少量のガスは螺旋に沿ってゴリゴリと筒を削り、螺旋は弾を導く事ができないほど損傷してしまった。まだ終わっていない。弾の後には大量のガスが控えている。少量のガスで螺旋がえぐり取られたのだ。その量が増せばどうなるか想像に難くない。この大量のガスが筒を金属のオブジェと見紛うほどに損傷させ、筒が花びらを開くようにめくれ上がらせたのだ。


「細かいところは間違っとるかもしれんが、大筋はこんなもんだろう」


ガルムは説明を終えると一同を見回していった。


「でかい筒でこの有様だ。人の手で持てるほどに小さくすると、下手をすれば手元で爆発するだろう。今回は爆発の力が前方に逃げたが、小さな筒では後方を突き破る恐れがある。筒の後方の機関強度も考えると、とてもではないが使い物にならん」


「‥‥‥‥」


「大殿、何かあるかの?」


「‥‥もち餅屋もちやに任す」


そう言うと義清はプイと後ろを向いて落胆しながらそそくさと退散した。


 要するには素人の生兵法なのだ。

技術者は日々血反吐を吐く思いで物品に創意工夫を凝らしている。それらは一朝一夕で身につくものではない。経験が増せば新しい物事が始まってもそれらを応用することができる。

 確かに素人や畑違いの人間の意外な思いつきから技術が大きく進歩することもある。しかし、それはその畑違いの分野などで培った確かな下地となる知識があってこそだ。極稀に素人の意外な思いつきもあるが、その人がそれを連発することはない。天才でも大抵はその道のプロになることはあっても、多分野で天才であることは極々稀だ。


 今回の義清の場合で言えば、義清は魔導は扱えてもプロではない。まして鍛冶ともなると畑違いもいいところだ。せいぜい完成品の良し悪しを見分けるのが関の山といったところだろう。そんなもの、その辺の鍛冶の親方は誰でもできる。

 前世で鉄砲を実際に作ったことがあるか、あるいはその道の権威と言えるほどに知識を持っているなら別だ。義清はそのどちらでもない。

 たかだか前世で聞きかじった程度の知識で物事がうまくいくほど、世の中は甘くないのだ。


 鉱石と結晶の相性はどうか、強度の過不足はないか。人が携える程に小さく作ったとして危険はないか。大量に作るつもりとは言え、採算の取れる程の物が出来上がるのか。これら様々な事を考えてやるのがその道の職人だ。彼らはこれらを考えて試行錯誤をこなしてやっと完成品をこしらえる。

 新しい実品を見せられてそれをコピーするか改良するならいざ知らず、一から物を作るというのはそういうものなのだ。


 今回であれば義清は一言、ガルムに螺旋の知識を言うだけでよかった。それを現場にしゃしゃり出てきて形や構造までいちいち口を出す必要はない。素人の思いつきは知識に止め、あとは職人に任せれば少なくともそれなりの物ができる。それから改良を施せばいいのだ。いちいち他人の領域に土足で踏み込んで引っかき回す必要などない。


 義清はこれらガルムの言葉の外にある言葉を察して、専門家に任せるべく餅は餅屋と言ったのだ。


(儂も国主としてはまだまだだの)


義清は恥ずかしいやら情けないやらで額を撫でつつ試射場を後にした。


 そうは言ってもガルムと義清は確かな信頼関係で結ばれいる。今回の事がガルムの意地悪というわけではない。いわば行動で理屈を説いたのだ。

その証拠にガルムは後日、試行錯誤を重ねちゃんと完成品を持ってきた。螺旋もないため名手で4割、普通は2割の命中率だがそれでも安全に扱え各種の調整はなされている。


 長くなってしまったがこれが冒頭で述べた、ガシャ髑髏の手の内にあったものだ。

試射で筒が暴れる程であったため、名が「暴筒」となった。


 更に義清の苦難は続く。

後日になって黒母衣衆より、試射場での弾の跳ね返りで傷を負ったという者が何名か訴え出て治療費と休養のため非番の日の増加を要求した。

 また、ボア族、ヴァラヴォルフ族より試射の轟音でそれぞれラハブとアセナが逃げ出し、捜索に苦労したとも訴えられた。

 義清は勉強料と思い、各自に見舞金をだした。


 物語は少し長くなったが苦労を経て大禍国おおままがこくは新兵器となる、暴筒を手にすることができた。

 初の大量投入となるのが遠征軍との戦いというわけだ。

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