98話 顔


「約束手形てがたを確認しよう」


 ヴァラヴォルフ族の戦士の言葉に男はむっつりとした顔で懐から手形を取り出す。

男の取り出したコインを戦士は自分の持っていたコインと重ねてグッと手に力を込める。するとコインはひとりでに立ち上がり、別れて二枚のコインの間に狼の紋章が現れた。戦士はその紋章を二度三度指で触る。紋章がかすれないことを確認すると戦士は男にコインを返した。


「角の部屋だ」


戦士は男に目的の部屋を告げる。男は眉一つ動かさずに戦士に背中を見せると部屋へと歩きだした。


「待った」


戦士の言葉に男が振り向くと、戦士は刀を抜いていた。


「‥‥何かあるのかい」


男は相変わらずムッツリとした顔で戦士を見ている。


「前の潜戸くぐりどで済んでると思うが念の為だ。体を改めさせてもらおう」


戦士の言葉に男は文句も言わずに手を上げた。脇に控えたもう一人の戦士が男の体を調べる。男はこの間もむっつりとした顔でいた。戦士ははじめ男が身体検査にうんざりしているのかと思ったが、どうやら男は生まれつきこういう顔らしい。


「いや、手間を取らせて済まなかった。もう行って大丈夫だ」


「いえ、お役目でしょうから」


この時にはじめて男は愛想笑いしたが、笑うと途端に人の良さそうな人相になる。


(ははあ、これも一種の才能か。この顔なら話をするにはもってこいの顔になるな。あれが仕事の時の顔か)


戦士は男の人相に感心して、男の背中を見送った。

 男の正体は盗賊ギルドの使いだ。築城作業に紛れ込んで人夫をやっていたが昨晩になって、急に築城指南役のヴァラヴォルフ族に接触してきた。義清へのツナギをつけてほしいという。

 義清は盗賊ギルドの東部支部に莫大な金を支払っている。ラビンス王国の内情はギルドのおかげで随分とわかるようになってきた。しかし、信用第一を看板に掲げて仕事をしているギルドとしては支払いと仕事量が見合っていない。

このままでは大事があった時に、今まで払った分だと言われて厄介な仕事を押し付けられかねない。ギルドとしては大きな仕事は個別に金を払ってもらいたいのだ。

 一度に多額の金をギルドに収められるのは具合が悪い。信用第一はギルドの為であって決して客のためではないのだ。

 おまけに義清がギルドの東部支部のみに金を払っているのがなおさら悪かった。

普通は収める金額が一定額を超えるとギルド本部経由で担当方面支部へ金がいく。

しかし義清は地理的に遠く、長期間敵国経由で金が移動するのを嫌い近場の東部支部へ直接金を支払っているのだ。そのため盗賊ギルド東部支部は、今や他の支部全ての合計額よりも保有する銀の量が多い。これと同等の銀を保有するのは本部だけだ。

 このことは盗賊ギルドの内部分裂に繋がり兼ねない。

一つの組織で金が一箇所に集中しすぎると、そこだけで独立できてしまうのだ。本部に大金がある分には何の問題もないが、一支部に過ぎない東部支部に金が集まりすぎた今となっては東部支部が離反・独立しかねない。そうなればラビンス王国東部での活動は丸々東部支部の儲けになってしまい、盗賊ギルドには一銭の金も入ってこない。そして一つの地域に似た仕事をする組織が二つ以上ある場合は必ず対立する。すると盗賊ギルドは弱体化しかねないのだ。

 余談だが義清と関わる有能な組織は決まってこういう目に合う。

なまじ義清が動かす金額が大きいだけに、受け取った組織や個人は否が応にも功名心をくすぐられるのだ。

 また、義清自身がそういうふうに仕向けているフシもある。

大きな組織はある程度市場や地域を牛耳ると発展を止めて安定へと動き出す。義清は特にこれを嫌いいつまでも組織に発展を求めるのだ。

 そのためには大金をくれてやればいいというのが義清の答えだ。

組織が大きくなれば必ず不遇な者や有能無能に関わらずその地位に相応ふさわしくない者がいる。そういう者を出世させたり蹴落としたりするには、外部から金を投入すればよいのだ。そしてこの時に必ず一支部に大金を投入するのだ。

有能な者はもっと金を得ようと働く。本部はそれを面白く思わない。

 そしてその組織は義清によって運命の分かれ道に立たされてしまう。

もしその支部を潰そうと本部が動けば、支部は義清との繋がりを強めやがては独立し本部と争う。逆に本部がこれまで通り支部を運営しようとすれば組織改革を行わなければならない。

 おまけとしてその組織と似た仕事をしているが、規模が小さい組織にも義清は金を流す。こうなると組織は内部問題に加えて急な商売敵の出現にも対処しなければいけなくなる。

こうして安定するために停滞していた組織は義清によって強制的に動かされるのだ。 

 おかげで盗賊ギルドは頼みもしないのに人を派遣しては何か欲しいものはないか、知りたいことはないかと矢の催促だ。

 幸いなことに東部支部支部長と盗賊ギルド本部の関係はかなり良好なものだった。支部長は事の次第をじっくりと本部に説明し組織改革を求め、本部はこれを了承した。盗賊ギルドは動き出すことを選んだのだ。

 こういった経緯から盗賊ギルドが義清に面会を求めたのは、使いの人は違えど今度の事がはじめてというわけではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る